新市街地ヴァレロンの東部に位置する、市内唯一の大型病院――――
 ヴァレロン・サントラル医院。
 ラファイエットと並び、ヴァレロンにおいて強い影響力を持っている
 傭兵ギルド【ウォレス】。
 勇者計画の主人公であり、勇者候補として運命に翻弄された少年――――
 リオグランテ。
 彼等を結ぶのは、流通の皇女スティレット=キュピリエに相違ないと
 フェイルは断定した。
 そしてそこには当然、ビューグラス=シュロスベリーも深く関わっている。
 更に、ヴァレロン・サントラル医院繋がりで、リオグランテの遺体を運んだとされる
 カラドボルグ=エーコードも同様。
 ウォレスの代表取締役であるクラウ=ソラスもまた然り。
 そして、各勢力に所属している面々もまた、花葬計画・二に対して何らかの支援を
 行っている可能性が極めて高い。
 中心にいるのは間違いなくスティレットだ。
「リオが敵なら、スティレットとも敵の筈。そう考えれば、辻褄は合うんだ」
「で、でもよ、だったらどうして……」
「簡単に言えば、あの女の調査を行っていた」
 困惑するハルへの説明は、フェイルではなくトライデント本人の口から語られた。
 その表情には一片の変化もなく、堅苦しささえ感じさせる。
 とても弁明する人間の顔とは思えないほど。
「自分の立場を明かそう。恐らくそこに付随する情報は、君達が知りたい幾つかのものと
 合致する筈だ。その代わり、君達に協力を仰ぎたい」
 そのままの表情で、フェイルとハルの二人へ交互に訴えかけた。
 協力体制の依頼――――それはフェイルにとっても想定外の事。
 だが、ここに来てわざわざトライデントの方から接触してきた時点で、
 彼が何かしらの理由でフェイルまたはハルを必要としていると考えるのは寧ろ自然だ。
 何より、最早スティレットに関して傍観する事は考えられない段階に来た以上、
 彼女の情報を持つ人間との交渉は最優先事項。
「わかりました。協力を前提に、情報の共有をお願いします」
 個人的感情は今、必要ない。
 ハルもまた、フェイルの返事に驚く素振りは全く見せず、険しい顔つきで
 トライデントの出方を窺っていた。
「感謝する。では早速だが、自分の現在の立場を明かそう」
 ベッドも椅子もある室内で、トライデントだけでなくフェイルもハルも
 腰を落ち着ける素振りは一切見せず、睨むようにして発言を待つ。
 そして次の瞬間、トライデントの口から発せられた言葉は――――
「自分は今、デュランダル様の指示で動いている」 
 フェイルにとって、信じ難い内容だった
「……僕が王宮にいた頃、貴方は確かガラディーンさん直属の部下だったよね?
 というより、右腕に近い立場だったように記憶してるけど」
「親父の?」
 ハルにとっても当然、他人事ではない。
 父親の部下、それも将来を有望視された優秀な部下となれば、
 見方も自然と変わってくる。
 そんな視線の変化に気付く素振りなど微塵も見せず、トライデントは
 咀嚼するかのようにゆっくりと小さく頷いた。
「その認識は誤りではない。実際、自分はガラディーン様に仕えていた。
 尊敬の念は当時も現在も何一つ変わりはない。だが、今の自分は
 デュランダル様の指示に従っているという事だ」
 デュランダルは王宮騎士団【銀朱】副師団長。
 師団長のガラディーンに仕えている一方で、デュランダルの指示に従う事自体は
 何も問題はない。
 ただ――――
「フェイル。デュランダルって確か、お前の師匠だよな。親父とは仲が悪かったのか?」
「逆だよ。二人の仲は良好だったし、師弟関係にあった。ガラディーンさんから聞いてない?」
「そういう話はしなかったな……って、俺の事は今はいいんだよ。じゃあなんで
 お前はそんな驚いてんだって話だ――――」
 その理由は至極単純。
 案の定、ハルも直ぐに理解したらしく、納得したように何度も頷いていた。
「ああ。派閥か」
「そう。二人を取り巻く連中が、それぞれ露骨に敵対してたんだ。
 彼はその急先鋒だったように思うんだけど」
 フェイルの指摘に間違いはない。
 トライデントもまた、否定する様子は特になかった。
「君も知っての通り、自分はもうとうの昔に王宮を去っている。派閥争いとは無関係だ」
「それなのに、王宮騎士団の副師団長と密接に関わっているのは何故?」
 これもまた、当然の指摘。
 元々心酔していたガラディーンなら、辞めた後でも懇意にするのは不思議な話ではない。
 だが、少なくとも王宮では敵対していた相手の大将に現在、従っているというのは奇妙な話だ。
 まだ王宮にいるのなら、騎士団の上司であるデュランダルに渋々でも従わなければならないが
 今のトライデントの立場なら、その必要はない筈だ。
「……詳しい理由は言えない。だが、これまでの言葉に偽りはない」
 この期に及んで――――そう叫びそうになったフェイルは、どうにか感情を制御し
 トライデントの説明を受け入れた。
 言わないのではなく、言えない。
 話せない理由が、制限がある以上、追求しても意味がない。
 何より、重要なのは彼の目的ではない。
「自分はデュランダル様の指示に従い、スティレットの下に付いていた。客人を演じてな」
「間者、か」
 ハルの言葉に、トライデントは即座に頷く。
 つまりデュランダルはスティレットを調査していた。
 それは、彼が指定有害人種を処理しているという事実とも符合する。
 流通の皇女の素性を知るには、独自の情報源が必要という判断だろう。
 実際、諜報ギルドは彼女によって抑えられている可能性が高い。
「その立場上、暫く彼女の味方を演じなければならなかった。光る柱の前での攻撃については
 謝罪しよう。あの時は済まなかった」
「いや、まあ……俺等が怪我した訳じゃねーし、俺等じゃなくてあの魔術士の嬢ちゃんに
 日を改めて謝れば、それでいいよ。フェイルもそうだろ?」
「うん。その事に関してはいいけど……そうか。あの光る柱の前での奇妙な儀式めいた行為は
 貴方を試す為のものでもあったのか」
 そこでマロウ=フローライトがやたら仰々しく契約らしき内容を口にしていたのも、
 本当に自分達の味方かどうかをここで試すという、スティレット側の意思表示だった――――
 フェイルはそう解釈した。
「そうだろう。自分もそう判断した。アランテス教の信者が、教会の中で過去の愚行を告白し
 懺悔する時のような、異様な雰囲気を作り上げていた。神の前で嘘を吐く事は許されない……
 といった風にな」
 トライデントの表現は、実際にあの場に出くわしたフェイル達にも納得の出来るものだった。
 不可解な出来事の一つはこれで片付いたが、これも特に重要度が高い情報ではない。
 フェイルが今回、単身でメトロ・ノームへ乗り込んだ目的――――
「トライデントさん、貴方に聞きたい事は沢山あるけど、今はまずスティレットの居場所を知りたい。
 彼女は何処にいるか、教えてくれませんか?」
 それを問う。
 それがトライデントにとって、開示出来る類の情報かどうか。
 ここが分水嶺だ。
 果たして――――
「恐らく、この真上にいる」
 トライデントは至極あっさりと、その回答を口にした。
「あの女の、ヴァレロンでの拠点は――――ヴァレロン・サントラル医院だ」






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