メトロ・ノーム内における数少ない施設の内の一つ、ヴァレロン・サントラル医院 地下支部。
 ハルの進言もあり、フェイルはそこへと向かい、怪我の治療を行う事にした。
 幸か不幸か、以前ここにいたカラドボルグ=エーコードやファオ=リレーの姿はなく、
 また他に人がいる気配もない。
 医者ではないが薬草士として一通りの応急処置が出来るフェイルは、
 まず室内に水を溜めた容れ物がないかを探した。
 治療を行う施設に水は必須。
 案の定、奥の部屋に大きな樽が幾つも並べられていて、その中には汚れても腐ってもいない
 水が溜めてあった。
 その水を洗浄に使用し、傷口を清潔にする。
 次に清潔な布で患部を拭き、自分の携帯している薬で治療。
 最後に長巻布で首を巻き、止血を行った。
 使用した薬は、以前エル・バタラ用にと開発した、即効性の高い【ナタル】。
 鎮痛効果が高く、程なくして首の痛みはかなり軽減された。
 最後に受けた頭部への殴打は、既に痛みも引いている。
 やはり相当加減されていたらしい。
 とはいえ、リオグランテの襲撃が完全に本意から外れた行為だったのかどうかはわからない。
 少なくとも、本能的に生命の危機を感じるほどの威圧感はあった。
 それは、普段のリオグランテがどれだけ強くなったとしても、敵意なしに発せられるものとは思い難い。
「大したものだな。随分と手慣れている」
 焦燥とやるせなさで沈みがちなフェイルの視線が、その一言で浮上する。
 視界には、ハルの隣でその細い目を鋭く尖らせるようにして周囲を見渡すトライデントの姿があった。
「……薬草士ですから。それより、どうして付いて来たんですか? 敵の敵は味方とは限らない。
 貴方が俺達と行動を共にする理由はないでしょう」
「そう睨むな。それともお前は――――」
 涼しく、そして挑発的に緩む目元は、王宮で見かけた彼と変わりない。
 無論、だからといって当時と何もかも同じという事にはならないが。
「――――俺を流通の皇女の手先とでも思っているのか?」
 故に、その挑発とも取れる問い掛けに対し、フェイルは即断でそれを否定する事が出来なかった。
 こう問う時点で、見かけ上の関係性とは異なると言いたいのはわかっている筈なのに。
「……王宮での君はもっと飄々としていたように記憶しているが」
「人生の荒波に揉まれて、真面目になったんですよ」
「ん、今のは当時の君だ。ウエストで会った時も感じたが、君はその多少生意気なくらいが丁度良い」
「そういう貴方も、もう少し堅物な方が"らしい"ですよ」
 双方睨み合い。
 その剣呑とした雰囲気に、両者の関係性を図りかねていたハルが敏感に反応した。
「おいおいフェイル、やけに口が悪いな。どうした? お前の嫌味や皮肉は普段もっと朗らかだろ?」
「この人には昔少しだけ、嫌な思い出があってね。朗らかって訳にはいかない」
 張り詰めている事はフェイル自身、自覚していた。
 そしてそれが余り良い傾向ではないのも。
 ただその一方で、自身の焦燥を焦燥だと自覚するだけの冷静さはある。
 なら感情を無理に押し込むより、別の事に神経を使おうという結論に至った。
 ――――視線の先にいる情報源に。
「それに、この人は前に僕達を攻撃して来たしね。ハルもその場にいたでしょ?」
「まあ……な。さっきも言ったが、この男がスティレットの仲間なのは間違いねー。
 だからお前がピリピリすんのはわかる。でもな――――」
 頭を無造作に掻き、ハルは視線をトライデントへと向けた。
 魔術と槍術を同時に操る魔槍士らしく長槍を背負っているが、威圧感は発していない。
 丸腰で強烈な圧力を放っていた先程のリオグランテとは対照的だ。
「俺、こういう空気苦手なんだよ。もうちっとサバサバした感じで有益な情報交換と行きてーな。
 そっちにもその意思があるから、俺達に付いてきたんだろ?」
「……その前に一つ訂正願いたい」
 ハルの言葉を払いのけるかのように、トライデントは腕組みをして身体を軽く揺すった。
「俺はあの女の仲間ではない。奴は敵だ」
「は?」
 信じられない、といった面持ちで声を発したハルとは対照的に、フェイルは表情一つ変えず
 その発言を受け止めていた。
「確かに自分は以前、光る柱の前であの女と対峙していた君達へ攻撃を仕掛けた。
 それについては弁明するつもりもないし、敵である証拠と言われても仕方がない。
 だがあれは、やむを得ない行動だった。自分にも自分のすべき事がある」
「そりゃそっちの言い分だろ? どんな目的があってもな、あんなハデに攻撃されて
 はいそうですかって納得出来るかよ。なあ? フェイル」
「納得は出来るよ」
 首に巻いた布を擦りつつ、フェイルは真顔でそう即答した。
「な……お前。振り上げた拳をいきなり下げんなよ」
「実際、辻褄は合うんだ。さっき僕達の前にリオと戦っていたのは、貴方ですよね。
 トライデントさん」
 声での返事はなかったが、小さく首肯。
 これはハルもフェイルとの会話から予測していた事なので、驚きはない。
「なら当然、リオは敵だ。そしてリオは、この剣が指し示す事実を考えれば……
 少なくともウォレスと関わりがある。いやそれだけじゃない。
 死後のリオの"移動"と合わせれば、勢力図がハッキリと見えてくる」
 リオグランテの襲撃は、フェイルに大きなダメージを与えた。
 肉体的なものより寧ろ、精神的なダメージの方が大きい。
 だが同時に、とてつもなく重大な情報もくれた。
 そういう"重さ"も含まれていた。
「リオはエル・バタラの決勝で師……デュランダル=カレイラに殺されて、暫く
 会場内に遺体は安置されていた。でもその後、リオの遺体はヴァレロン・サントラル医院に
 運ばれた。そして、そこから"消えた"。ラディさんがそう証言してくれた」
「あの女の情報ならほぼ間違いねーぜ。それは俺が保証する」
 ハルのその保証には、妙な説得力があった。
 実際、フェイルも彼女の情報の正確さは良く知っている。
 情報屋の中には、精度よりも娯楽性や伝達速度、範囲の広さを誇る人物もいる事はいるが、
 ラディはそれには当てはまらない。
 まして、街を去る直前に敢えて知らせてくれた情報が、信憑性の低いものとは考え辛い。
「そして、リオは再び僕の前に現れた。他国から大量に仕入れたという、
 ウォレスの訓練用の剣を持って」
 それが何を意味するのか――――
「ヴァレロン・サントラル医院。傭兵ギルド【ウォレス】。そしてリオ。
 これらは全て、流通の皇女スティレットと密接に繋がりを持っている。
 つまり――――花葬計画の渦中にいる」






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