――――宮廷弓兵時代の修練は、その多くが自己流だった。

 特に、弓を用いた接近戦については、手本になる相手などいる筈もなく、
 独自性を突き詰める以外の方法はなかった。
 とはいえ、自分という箱庭の中にある景観を短期間で変貌させるのは難しい。
 想像力も、決して無限大ではない。
 けれど、まだその限界を認識出来るほどの経験もなかった当時のフェイルは
 遮二無二模索していた。
 どうすれば、弓ならではの攻撃が出来るか。
 どのモーションなら敵が嫌がるのか。
 遠距離戦専用武器を接近戦で用いる時点で、ある意味ではそれ自体が『弓ならでは』が
 成立している。
 だがそこで発想を止めてしまっては、出足で仕留めきれなかった場合の次策がないに等しい。
 だからフェイルは考え続けた。
 そして一つの可能性を見出した。
 弦を利用した接近戦。
 この部位は、非常に繊細な調整をもって張力を決定している為、少しでもそれが緩めば
 精度が大きく落ち、遠距離戦への影響は計り知れない。
 弦に衝撃を与えるような攻撃を繰り出すという事は、弓としての価値を即失わせる行為。
 最終手段という他ない。
 だが――――それはまさに『弓ならでは』の一手。
 他の武器にはない攻撃手段となる。
 弓本体、胴の大きさで太さが決まるとはいえ、基本的に弓弦というものは細い。
 材質は植物から動物の腸まで様々で、弾力性の富んでいる為引っ張る力には強いが、
 直接的な衝撃には弱く、切れないまでも伸び易い。
 頭部や胴体への攻撃には使えない。
 有効なのは、脆弱な部分に限られる。
 それに加え、弓の独特な形状を考慮した場合、考えられる有効な攻撃方法は一つ――――

 首を折る。

 弓を振り、弦を剣の刃部に見立てて直接首を狙っても余り意味がない。
 腕でも防ぐ事が出来る、貧弱な攻撃手段だ。
 なら――――


『暗殺技能を身につける気はあるか』
  

 トライデントとの御前試合を終え、負傷した身体も言えた頃、デュランダルから
 そう打診された時の事を、フェイルは克明に覚えていた。
 デュランダルにはデュランダルの思惑があり、狙いがあり、思いがあっての発言なのだろう。
 ただそれとは別に、まるで自分が隠し持っていた、一度も話す事なく自分の中にだけ
 仕舞っておこうとしていた"弓ならではの一手"を、見透かされていたように
 思えてならなかった。
 その攻撃方法を思い付いた時、それがどれだけ残酷な攻撃かは想像に難くなかった。
 弦と銅の隙間に敵の頭部を入れ、胴を引く。
 弦は首に食い込み、血管を突き破り致命傷を与える。
 引く力が強ければ、首の骨を折る事も出来る。
 まさに暗殺技能そのものだ。

『……暗殺技能?』  

 デュランダルの言葉に動揺したフェイルは返答に詰まり、言われた言葉をそのまま返す事しか
 出来なかった。
 デュランダルから暗殺技能の話を持ちかけられた事への衝撃も大きかったが、それ以上に
 自分の本質を覘かれたような恐怖を抱いていた。

『それを身に付けたからと言って、暗殺者にならなければならない決まりなどない。
 単純に、群れたがらないお前には最適な技術と言うだけだ』

 そう説明を受ける事には、動揺も多少薄れてはいた。
 同時に、その薄れ方に対する不安もあった。
 こうも簡単に受け入れられるのは、自分の本質が"そちら側"なのではないか――――と。
 けれども最終的には、単に御前試合における茶番劇への失望や喪失感、
 燃え尽きたという思いがもたらす無力感がそうさせたのだと解釈し、
 それなら何でもいいから身体を動かして心に活力を与えよう、という結論に達した。

 デュランダルから教わった暗殺技能の中に、自ら思い付いたこの攻撃方法は含まれていなかった。
 けれど、"弦と胴の隙間に敵の頭部を差し込むように入れる"という特殊なモーションを
 必要とする攻撃を実用化させる為に必要な動きは、全く別の暗殺技能から応用可能だった。
 暗殺は基本、奇襲。
 その一手で全てを決めるのが必定。
 ただし、純粋な暗殺者でもない限り、その技術に特化するのは無謀であり、
 暗殺技能を基盤とした攻防動作の取得こそが真の目的だとデュランダルは何度も言っていた。
 

 

 そうして身につけた技術が、積み重ねた研磨が――――

 


「ぅ……おおおおおおああああああアァァァァァァ!」
 そしてリオグランテの突然の咆哮が。
 フェイルの決意と挙動を"鈍らせた"。
 右腕を振る動作に、決して小さくない躊躇が生まれてしまった。
 それは、今の常軌を逸した身体能力を発揮するリオグランテにその隙は、余りに大き過ぎた。
 首に食い込んだ弦を擦るように身体全体をスライドさせ、弓の胴と弦の隙間から逃れる。
 更に――――
「フェイル!」
 フェイルの攻撃の失敗をいち早く察知したハルが起き上がりながら叫ぶその最中、
 リオグランテの"左手"がフェイルの頭部を殴りつけた。
 単なる殴打。
 だがその威力は、ハルも身をもって知っている。
 直撃を受けたフェイルの姿に、ハルは直感的に意識を断ち切られたと判断し、
 フェイルを守る為、無理な体勢から特攻を試みるべく駆けようとする。
「……」
 けれども次の瞬間、その足を止めた。
 リオグランテに臆した――――訳では当然、ない。
 フェイルは立っていた。
 リオグランテの一撃を食らっても、吹き飛ぶ事なく、その場に立ち尽くしていた。
 ハルよりも遥かに細いその身体で。
「まさか……あの時の続きが……殺し合いになるとは思わなかったね」
 意識も保ったまま、フェイルはそう呟く。
 か細い声だったが、それでもハルには聞こえていた。
 当然、目の前のリオグランテにも届いている。
 聞いているのか、聞こえているのか――――それは定かではないが。
「リオ。君は……どうして僕を襲った? 僕が憎かった?」
 フェイルは、そう問いかけていた。
 最初に襲撃された時は、ハルにさえそうしないよう警告したにも拘わらず。
 当然、後方で立ち止まっているハルは困惑を隠せない。
「おい! 何悠長に話てんだよ! 死ぬぞ!」
 既にハルも、フェイルの最初の対応は誤りでなかったと確信している。
『何があったんだ? どうして攻撃してくるんだ? 止めるんだ!』などと、
 今のリオグランテに呼びかけて警戒を少しでも緩めれば、次の瞬間に
 致命傷を負う可能性が十分にあると体感したからだ。
 リオグランテとフェイルの間に何があったのか、ハルは知らない。
 リオグランテの身に何が起きているのか、どういう状態なのか、説得は可能なのか不可能なのか、
 それも全てわからないが、探りを入れる事自体が危険極まりないほど尋常でない様子なのは、
 長年の傭兵生活で身につけた嗅覚を頼るまでもなく、感じ取っていた。
 それだけに解せない。
 そんなハルの問い掛けに対し、フェイルは一瞬だけ視線を送った。
 それ自体、ほんの一瞬とはいえリオグランテから目を外すというハイリスクな行動だが、
 リオグランテに動きはない。
「よくわからねーが……任せろって事で良いんだな?」
 状況が呑み込めないハルは、警戒を解く気には到底なれなかったが、
 フェイルが一応は無事であると判断し、特攻の選択肢を消した。






  前へ                                                             次へ