無数の柱から放たれる光にはそれぞれ強弱があり、眩いばかりの煌めきを
 放つ柱もあれば、ごく普通の柱として薄らと佇む柱もある。
 光を帯びていない柱は、輝く柱の影となり、その存在感を完全に失ってる。
 冷静であれば、用心深く見るまでもなく光の強弱などわかる筈なのだが、
 フェイルは今ようやくその事実に気が付いた。
 同時に、これだけ異様な光景にも拘わらず、その原因について全くと言って
 いいほど考察しなかった自分への失望も抱く。
 平静でいるのは困難だったとしても、余りにも無防備過ぎた。
 もしハルと再会せずに、スティレットや彼女の味方、或いは――――
 デュランダルと遭遇していたら、一体どうなっていたのか。
 想像するだけ無駄だとは思いつつも、そのゾッとする仮定に頭を抱えざるを得ない。
「……僕はまだまだだな」
 ポツリとそう呟き、凝視しても問題ない程度の比較的光の弱い柱に目を向ける。
 光源は直ぐに判明した。
「永陽苔、って奴か。確かこれをアルマの嬢ちゃんが封印して、ここに夜を作ってたんだよな?」
 フェイルから少し離れた所で、ハルも同じように柱を観察している。
 戦闘が終了するのを待って外へ出た二人の視界に、人らしき物は今のところ映っていない。
 死体もなく、人の気配も感じられない。
 だが、魔術による破壊の痕跡は柱と地面にありありと残っており、
 抉れた箇所からは魔術によるものと思しき焦げた臭いも漂っている。
 爆発系の魔術はトライデントが得意としていた事から考えて、彼がここで先程まで
 何者かと戦っていた可能性は高い。
 そしてそのトライデントは以前――――このメトロ・ノームで再会した際、
 明らかに永陽苔の光を促進していると思しき行為に勤しんでいた。
「うん。でも、これまで柱に永陽苔が生えていた事実はなかった。少なくとも
 最初に僕達の目の前で柱が光るまでは」
 永陽苔はこれまで、メトロ・ノームの天井部や壁面に繁生していた。
 だが現在は、天井部は全く光ってはおらず、柱のみが光を放っている。
 状況だけを見れば、天井部の永陽苔が柱へ移動した――――ように見える。
 少なくとも外見上は。
 だが、植物がそのような移動を行う筈がない。
 考えられるのは――――
「何らかの方法で、柱に永陽苔が生える細工を施した。そして、天井部の苔は今もあって、
 でも光は封印されている」
「……確かにそれで一応の説明は付くんだろうけどよ、意味不明過ぎるだろ。
 誰が何の為にそんな事したんだ?」
 呆れ気味に問うハルに対する回答を、現時点ではフェイルも持ち合わせてはいない。
 実際、余りにも不可解だ。
 永陽苔は、地下街であるこのメトロ・ノームに光をもたらす為のもの。
 光源は高い所にある方が、視界を安定させる事が出来る。
 その光源をわざわざ断ち、幾ら幻想的で美しい光景とはいえ、今のように
 柱へと変更するのは馬鹿げている。
 天井吊りの照明を使わずに無数のランプを床や机の上に置くようなもの。
 自分一人が使う私室なら兎も角、これだけ広大な共有空間に採用すべき案ではない――――
「……」
 ヴァールはこう言っていた。
『スティレット様は、メトロ・ノームを我が物にしようとしている』
 もし彼女が、この地下空間を本当に"私室"にしようとしているとしたら?
 一瞬そんな考えが浮かんだものの、フェイルは直ぐその馬鹿らしい仮説を頭から消した。
 そんな事の為に、トライデントやビューグラスが協力する訳がない。
 とはいえ、その馬鹿らしい仮説は、フェイルに発想の転換をもたらした。
『我が物』が、必ずしも本人の物とは限らない。
 スティレットは経済学の権威。
 彼女の『我が物』とは、彼女の取引先の――――

 


 ――――それは偶然だった。

 本当に、大した意味のない行動だった。
 現状とスティレットの目的・思想との関連性を思案する最中に、ふと首を左へ傾け、視線を移動させた。
 新しい事を思い付いた際に、なんとなく身体を動かす。
 それだけの事に過ぎなかった。
 だから決して、その視線の移動は"何者かの気配を感じての行動"ではなく、少なくともフェイルも、
 そしてハルも、その"気配"に気付いてはいなかった。

「……!」

 無数の柱が放つ光の中に、"それ"はいた。
 柱の死角に潜んでいたらしい。
 けれども"それ"は既に隠れてはいなかった。
 フェイルが不意に顔を向けた、何の意味もなく向けたその瞬間、"それ"はもう"何か"を放っていた。
 皮肉だった。
 "それ"の行動は、柱の光を背に行ったもので、仮に事前に気付いたとしても逆光で
 反応が相当に遅れる。
 そういう狙いがあったかどうかは定かではないとして、少なくともそうなる筈だった。
 だがフェイルの左目が――――暗闇を見通す《梟の目》が、光の中に"何か"の存在を視認した。
 勿論それは《梟の目》の能力ではなく、単に柱を調べていた事で眩さに慣れていただけの事。
 その幾つかの幸運が重なり、"それ"による不意打ちをフェイルは直前で認識出来た。
「くあっ……!」
 奇声に近い声をあげ、放られた"何か"を躱そうと身体を捻る。
 だがそれだけの幸運が味方しても尚――――完全に避ける事は出来なかった。
「フェイル!?」
 ハルの叫声が、フェイルの耳にはやけに間延びして聞こえた。
 意識の混濁を確認するのと同時に、それを確認出来る自分の状態を即座に把握する。
 頭部――――左側頭部に衝撃。
 辛うじて致命傷は免れたが、まるで顔の半分が燃えさかるような錯覚に襲われ、
 本能的な不安と焦燥が分厚い鋼の塊となって心に降ってくる。
 身体的な痛みは瞬時に消え、精神的な苦痛――――即ち"死への恐怖"が大半を占める。
 それでもフェイルは、その刹那の衝撃に歯を食いしばり耐えた。
 極限まで顔面を、身体を強張らせ、かなり強引に耐えた。
 ここで死ぬ訳にはいかないという使命感。
 情けない自分を露呈した先程の失態に対する反抗心。
 それが半々だったのだが、少なくともこの瞬間にフェイルがそれを自覚する事はなかった。
 代わりに自覚したのは、自分が今"吹き飛ばされている"事実。
 流血も確認し、武器による攻撃が濃厚と理解したところで、地面へ叩き付けられた。
 同時に、背負っていた矢筒の蓋が開き、無数の矢が散らばる。
「おい! 大丈――――」
「来るよ!」
「な……あ、ああ!」
 一瞬絶句したハルだったが、フェイルの異常が敵の攻撃によるものだと理解し、
 その居場所を認識しないままに身構える。
 フェイルもまた即座に立ち上がり、背中に固定していた弓を取る。
 ほぼ同時に、足下に血が滴り落ちた。
 大量という程の出血ではないが、一滴二滴の微量という訳でもない。
 負傷箇所は――――左側頭部から左目の上にかけて。
 "何か"の正体は不明だが、魔術ではなく投擲による攻撃なのは間違いなかった。
 裂傷ではない為、何かの武器の側面が当たった可能性が高い。
 なら、毒の心配は不要。
 そう判断したフェイルの次の動作は迅速だった。
 まだ朦朧とした水準を脱しない意識をかなり強引に引き上げ、
 倒れ込んだ際に落とした矢を拾い、間髪入れず弓を引いた。






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