響き渡る爆音の中、驚きを禁じ得ず窓から外の様子を眺めようとするフェイルに対し、
 ハルの反応は意外にも鈍重だった。
 まるでけたたましい鳥の鳴き声を聞き流すかのような朗らかな表情で、
 零した酒で湿りきった服を着替え始めていた。
「……ハル?」
「ああ。ちゃんと聞こえてるって。でも別に驚きゃしねーよ。チョイ前くらいから
 定期的に聞こえてっからな。ありゃ戦闘中の魔術の音だ」
 上着を脱いだハルは、大げさに肩を竦めつつ口を歪めて笑う。
 元々傭兵という事もあり、魔術による破壊音、爆発音には慣れているのだろう。
 普段は決して落ち着きのある人物ではないだけに、ハルがこうして熟練した
 剣士の佇まいを見せた場合、嫌な予感を覚えてしまう。
 フェイルはそんな奇妙な習性に頭を抱えたくなるが、同時に頼もしさも抱いていた。
 ハルといる事で、どうしても思い詰めてしまう現在の自分を若干ではあるが
 脱力した状態に持っていける。
 弓もそうだが、張り詰めすぎては良くない。
 力を発揮するには、ある程度のたわみが必要だ。
「ンだよ。その微妙なツラは」
「いや。僕って結構恵まれてるのかなって思って」
「なんだそりゃ。寧ろ運が悪いんじゃねーのか? こんな治安の悪い時期に
 ここに足を踏み入れてるんだからよ」
 ハルの言う"ここ"は、メトロ・ノームだけを指している訳ではない。
 ヴァレロン、或いはエチェベリア国をも含んでいる。
 そう判断したからこそ、フェイルは頷く代わりに自分なりの考えをハルに
 ぶつけてみる事にした。
「……今、ここで起こっている紛争は、内戦の代理戦争かもしれない」
 その仮説は、ある意味では妥当だ。
 国内最強の剣士二名、更には第一王子アルベロアが自らこのヴァレロンに
 足を踏み入れている事実を考慮すれば、それくらいの規模でないと現状の説明が付かない。
 幾ら勇者計画が国家にとっての重要なプロジェクトであったとしてもだ。
「ハル。今戦ってるのは誰と誰なのかわかる?」
「いや……親父に一服盛られてからはこの酒場を出てねーからな。魔術士が最低
 一人いるのは間違いねーが、それ以外は特定するだけの手がかりはねーな」
 新たな上着を身にまとい、無造作に壁へ立てかけていた剣を手に取る。
 鞘に収まっていたその剣は、ハルが愛用していた物とは別の剣だった。
 だが、同時に見覚えもあった。
「あれ? その剣は……ガラディーンさんのじゃ」
 剣聖の称号を長年守り続けた人物だけに、ガラディーンの剣は一目で特別製とわかる
 年季の入った鞘に収められている。
 装飾は質素だが、市販されている剣の鞘とは明らかに重厚感が違う。
 鞘の素材は通常、革や木が多く、高価な物になると獣の角を加工した物や
 軽めの金属が使用されるが、そのどれもが当てはまらない。
 鋼のような、剣の素材と同等の重金属が使用されている。
 鞘の方が剣より遥かに重いだろう。
「ああ。名前は知らねーけど、親父の愛用の剣だ。俺の剣の代わりに
 これを置いていったみてーだな。ったく……」
 ハルの使用する剣もまた、通常の剣ではない。
 魔術を無効化する特殊な技【魔崩剣】専用の剣だ。
 つまり、ガラディーンは自分が長年使ってきた"相棒"を息子へと渡し、
 その魔崩剣専用の剣を持ち去った事になる。

 ――――ハルに一服盛ったのは、その剣を手に入れる為?

 だがそれなら、自分の剣を引き替えにする必要はない。

 ――――息子に自分の武器を譲りたかった?
 
 なら今度はハルの剣を持ち去る理由がない。

 どちらかでは成立しない事実。
 だが、両方ならば十分に成り立つ。
「ガラディーンさんは魔崩剣の使い手……」
「多分な。俺は親父からそいつを教わった記憶はねーが、遺伝の可能性はあるのかもな。
 親父が何で魔崩剣を封印してたのかは知らねーが」
 実際、フェイルは王宮にいた時でも、ガラディーンが魔崩剣を使うという話は聞いた事がなかった。
 そもそも、剣聖がそのような特殊な技を使えば、話題にならない訳がない。
 封印しているというハルの推論は妥当だ。
 そして今、その封印を解く必要が出て来た。
「アルマさんの封術が弱まってる今、その封術を魔崩剣で解こうとしている……?」
 そう考えれば、辻褄が合う。
 そして、アルマが守っていた物はやはり指定有害人種に関する資料の可能性が濃厚。
 ガラディーンはその資料を手に入れようとしている。
 問題は、その理由だ。
 自分の意思で、自分の為に入手しようとしているのか。
 他に渡したくない相手がいて、その相手が手にする前に自分が手に入れて守ろうとしているのか。
 それとも――――誰かに頼まれたのか。
 理由は、現時点では特定出来ない。
 とはいえ、これでガラディーンが勇者計画の為だけに、もっと言えばデュランダルの引き立て役、
 剣聖の称号を引き継がせる役になる為だけにヴァレロンを訪れた訳ではない事が確定した。
「で、お前はこれからどうすんだ? フェイル」
 いつの間にか革製の鎧を身につけたハルが、稀有な真面目顔で問う。
 魔術という技術が発達した現代、俊敏性を奪う金属製の鎧は主流とは言い難く、
 ある程度の強度と軽量さを兼ね備えた革鎧が傭兵の間では人気が高い。
 一方、歴史を重んじる騎士は未だに金属製の鎧を身にまとう。
 当然ハルは前者だが、それだけにガラディーンの剣がやたら似合わず、無骨な鞘を下げる姿は
 本人の真剣さとは裏腹に、何処か滑稽だった。
「……僕が今、このメトロ・ノームに来たのは、スティレット=キュピリエを探して
 その真意を確かめる為。彼女が押し進める花葬計画を止める為だ」
「ああ、だからここに来たのか。その女の情報を得に」
「うん。マスターの姿が見えないんだけど、ハルは知らない?」
「俺が親父に一服盛られて意識失うまではいたんだ。だが、起きたら物抜けの殻だった。
 あの巨体で遠出するとも思えねーんだがな」
 謎は謎のまま、しかしそれでも先に進まなければならない。
 酒場での情報収集は諦め、フェイルは次の一手を考える事にした。
 スティレットの居場所を探るなら、やはり彼女に近しい人物に尋ねるのが確実。
 ヴァールは既に彼女から離れているし、ここにはいない。
 ならば――――
「まさか、土賊にでも殺られちまったんじゃねーだろな……」
 土賊。
 その懐かしい言葉に、フェイルは光明を見出した。
 彼等は皆スティレットの部下、或いは彼女に雇われた人間。
 だがスティレットとは行動を共にしていない。
 逆に言えば、スティレットよりは探し出すのは難しくないかもしれない。
「ハル。土賊か、彼等に敵対する勢力の中に魔術士っているのかな?」
「あん? 今戦ってる奴等が土賊かもしれない、って言いたいのか?」
「うん。彼等の役割上、定期的に派手に暴れなきゃいけない。
 なら音でそれを広範囲に知らしめられる魔術士は最適の人材だし、
 もしそうなら、彼等からスティレット=キュピリエの情報を得られるかも知れない」
 フェイルの知る土賊は、アドゥリス=クライドールとカバジェロ=トマーシュ。
 どちらも魔術は使わない。
 そもそも土賊は、シナウトの敵役として生み出された連中であり、
『シナウトがまだメトロ・ノームで活動していると思わせる為』の存在。
 敵対する勢力と言っても、実体はないに等しいのだが――――
「いるぜ。土賊かどうか正確にはわからねーが、ほぼ同じような立場の奴だ」
 それだけに、殆ど期待していなかったフェイルは、そのハルの意外な回答に思わず目を見開く。
 そしてその答えは、その目を更に大きく見開かせるものだった。
「魔槍使い。名前は確か……トライデント」






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