所属ギルド【ウォレス】の一員としての役割を果たす為、フェイル達と
 別行動をとっていた剣士、ハル。
 その別れ際には、兄貴分らしい言動でフェイルを鼓舞したものだったが――――
「ううう……情けねぇ。実の親と飲むってだけでちっとだけ緊張した自分が情けねぇが
 それ以上にあんな野郎を尊敬してた自分が情けねぇ……」
 今の彼はその時の面影は微塵もなく、一階にあったらしき酒を自棄飲みし
 すっかり出来上がった状態だ。
 部屋中に酒瓶が転がり、アルコールの臭いが充満するその空間に足を踏み入れた
 フェイルは、嗅覚と聴覚を蹂躙する強い刺激にどうにか耐えながら、
 ハルの愚痴に付き合っていた。
 酔っ払いの言葉なので話半分、というより十分の一くらいに聞くべきではあるが、
 その内容は確かに自棄酒をしたくなる気持ちも理解出来るもの。
 とはいえ、それ以上に解せない内容でもあった。
 少なくとも、フェイルの知るガラディーンという人物は相手が息子だろうと
 誰であろうと、飲み物に薬物を混入させ眠らせるような行為とは最も縁遠い人物だ。
「そもそも、ハルは僕達と別れた後は何をしてたの? 【ウォレス】を辞めたんだよね?」
「あーそうだよ! これで俺はもう晴れて無職、晴れて放浪の剣士って訳さバーロイ!
 ……なんで俺がギルド辞めたの知ってんだ? ん? つーかお前、フェイルか?」
「今……?」
 泥酔状態だったとはいえ、ハルの意識はかなり混濁している様子。
 この状況ではまともな話は出来ないと、諦めかけたフェイルだったが――――
「心配すんな。冗談だ。見た目ほど深くは酔えねーんだよ、俺」
 先程までとは明らかに異なる声のトーンに、ハルの理性はしっかりと残っていると確信し、
 溜息混じりにその場に腰を下ろした。
「正直、もっとベロベロになって何もかも忘れちまいたかったんだがな……
 ま、言ってもしゃーねえ。お前のその切羽詰まった顔見たら、なんかそんな気になっちまった」
「僕、そんなに切羽詰まってた?」
「猛獣にでも囲まれてるみてーな顔してたぜ。お前の真面目な所は長所だけどよ、
 そんなにガチガチになってちゃ出来る事も出来ねーんじゃねーの?」
 泥酔ではなく微酔いのハルが、苦笑混じりに先輩風を吹かせてくる。
 何処か懐かしささえ覚えたフェイルは、少し困惑しつつも肩の力が抜けた自分を自覚し、
 同じく苦笑を返した。
「そっちは、もう少し緊迫感を持った方が良いんじゃない? 酔っ払ってる場合じゃないでしょ」
「ンだよ、相変わらず生意気な人生の後輩だな。助言し甲斐がねー野郎だ」
 憎まれ口を叩き合いながらも、お互いの持つ空気を分け合うかのように、
 精神状態は良化していく。
 ただこの短時間、話をしただけで。
 フェイルにとって、ハルの存在はそういう場所になっていた。
「……で、さっきの質問だけど」
「その前にこっちの質問だ。何で俺がギルド辞めたのお前が知ってんだよ。そもそも知ってるのなんて
 俺以外には……」
 眉間に皺を寄せて怪訝さを表していたハルが、その理由に思い至り目を見開く。
「……クラウの旦那と会ったのか?」
「うん。一戦交えた」
「おいおい。嘘だろ? 旦那と戦り合って無傷なのか?」
 ハルにとって、クラウはただ上司というだけでなく、圧倒的実力を持つ戦士という認識。
 ただその驚きは、実力云々とは別のところにあるようだった。
「ハルもそう予想してると思うけど、向こうは多分本気じゃなかった。逆にこっちは三人がかり。
 正直、嫌な感じだった。試験を受けさせられたみたいな……ね」
 全身が焦げるような思いをしたあの戦闘を思い出し、フェイルは顔をしかめる。
 クラウは明らかに口数が多かった。
 そして、デュランダルにこだわっていた。
 彼がアルマの身柄を確保しようとしていたのは間違いないが、それより優先しているようにさえ思えた。
 デュランダルは指定有害人種を狩ろうとしていて、クラウはその指定有害人種。
 その関係性から、こだわる事自体には妥当性がある。
 あるが―――― 
「ハル。クラウ=ソラスについて、【ウォレス】について、知ってる事を教えて欲しい。
 話せる範囲で構わない。今、このヴァレロンとメトロ・ノームに起こっている事と、
 彼等がどう繋がっているのか」
 フェイルには時間がない。
 けれど、それを最大限考慮しても、この情報は必要だと判断した。
「……さっきまで、お前と別れた後の俺の行動を聞いてなかったか?」
「それはもういいから」
「いやいやいやいやいやいやいや、そこはお前、聞いて貰わねーと困るってなモンだぜオイ。
 俺がどんな思いでギルドを辞めたのか、そしてその後に俺がとった涙なしには語れない行動。
 お前は知る義務があるんだぜ」
「ないから」
「聞けって! じゃあその流れでお前の知りたい事話すから! 頼むから誰か一人だけでも
 俺に興味を持ってくれよ! 俺が結構頑張ってるって知ってくれよ!」
 半泣きで訴えてくるハルに、フェイルはまだ平和な頃の日常を思い出し、
 同時に平和な時期だからといって全てを美化する事も出来ないなと嘆いた。
「……わかったよ。手短にお願い」
「おお! やっぱお前は粘れば話がわかる奴だな。隣の国の賢聖とは違って人情味に溢れてやがるぜ」
 賢聖――――以前ファルシオンが事あるごとに口にしていた言葉。
 ハルが何故その魔術国家デ・ラ・ペーニャの賢聖の人格を知っているのかは兎も角として、
 口を挟めば時間が無駄に浪費するので黙って話を聞く事にした。
「そもそも、俺は【ウォレス】に所属してはいたがな、そこまで肩入れするつもりはなかったんだ。
 元々風来坊だったしよ。義理立てするほど世話になった覚えもねーし、重要な役職に就いてた訳でもねーし」
「でも、【ウォレス】の為に別行動をするって決めたんでしょ?」
「ああ。親父が【ウォレス】と敵対してるって噂を聞いてたからな」
「……どういう事?」
 その不可解な噂に、思わずフェイルは首を傾げる。
 傭兵ギルド【ウォレス】は王宮に依頼され、勇者計画に協力していた――――それがこれまでの認識。
 そしてハルの父親、ガラディーンは王宮の代表とも言える存在だ。
 もしその噂が真実なら、前提条件が覆る事になる。
 けれども、ハルの持っている情報は、そのフェイルの混乱を更なる混沌へと導くものだった。
「親父は……国家への反逆を企ててやがるんだ。このエチェベリアと敵対するつもりなんだよ」







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