「わざわざこんな所に呼び出して、何の用だよ親父。息子と酒でも飲み交わしたくなったのか?」
 父を眼前に、ハルの声は僅かではあるが強張っていた。
 その声の揺れが、不穏な空気を更に濁らせる。
 さながら、泥水をかき回したかのように。
「そう警戒するな。確かに今更……と思われるかもしれぬが、子供と酒を飲むのは父親の夢。
 暫く付き合ってくれ」
「……ま、いいけどよ」
 カウンター席に座るガラディーンの席から椅子を二つ隔てた場所に、ハルはやや乱暴な所作で
 腰を落とす。
 フェイル達と別れて以降、ハルのガラディーンに対する距離の置き方はやや迷走気味だった。
 近くにいなければならない。
 だが、近過ぎるのは抵抗がある。
 長らく離ればなれになっていた親子なら皆経験する『気まずさ』が、ハルを人知れず苦しめていた。
「マスター。同じ物を」
「おいおい。酒くらい自分で頼むっつーの。何勝手に……」
「まずは親の酒の味を覚えて貰おうと思ってな」
 他人に対しては気さくなガラディーンだが、ハルに対して今見せた彼の笑みはややぎこちない。
 親もまた、気まずさの中にあった。
「ったく……わかったよ」
 既に注がれていた酒をハルは落ち着かない様子で手に取り、口に含む。
 次の瞬間――――その表情は驚きへと一変した。
「何だコレ。激ウマじゃねーか。高級酒か?」
「それほどの額ではない。酒は金ではなく出会い。覚えておけ」
「あ、ああ……やっぱ親子なんだな。好みが一緒ってワケか」
 グイッと一気に飲み干し、グラスを置いたハルの顔から強張りは取れていた。
「でも、これから忙しくなるんだろ? いいのかよ。こんなトコで油売ってて」
「そうだ。某は忙しさを理由に、お前に父親らしい事を何もしてやれなかった」
「……」
 ハルはその父親の――――ガラディーン=ヴォルスの声に、
 より緊迫した雰囲気を感じ取った。
 身内だからわかる。
 今のガラディーンは、剣気こそ発していないが、ある種の決意をもってここにいると。
「……お前が母親の敵を取ろうとしていたと、風の噂で聞いた。
 デ・ラ・ペーニャに潜伏していたのも、その為だと」
 ガラディーンは振り返り、息子であるハルと目を合わせる。
 国内最強の証である剣聖の称号を得た男。
 このエチェベリアで剣を握る者全ての憧れであり、目標。
「母親の事、済まなかった。某の認識が甘かった」
 その男が今、深々と頭を垂れた。
「今更、そんな事言ってんじゃねーよ。俺はもういい大人だ。謝って欲しくもねーな」
「某はずっと、原因を探っていた」
「……?」
 予想外の父親の言葉に困惑し、一旦はそっぽを向いたハルだったが、次の言葉に思わず
 再度ガラディーンの姿を視界に収める。
 俯いたままのその姿は、ハルが子供の頃に見ていた誇り高き剣聖の姿と比べ、
 幾分か小さくなっているように見えた。
「もう十年以上が経過した事になるのか。あの戦争から」
 あの戦争。
 ガラディーンの言葉がガーナッツ戦争を指しているのは明白だった。
 記録上、国家間における戦いとしては未だ最新となっている、大陸内最後の大規模な戦争。
 ここエチェベリアと、隣国である魔術国家デ・ラ・ペーニャによる戦いは、
 僅か十日足らずでエチェベリアが勝利した。
 この圧倒的戦果の立役者の一人が、他ならぬガラディーンだ。
「某はずっと、戦争に反対の立場を取っていた。だが……止められなかった」
 その主役の一人が口にしたのは、人道的には正しくも、騎士団の長を務める男としては
 異例の発言。
 彼らにとっては戦争こそが表舞台。
 騎士団を統べる者として、戦争反対を口にするのは自身の求心力低下にさえ繋がりかねない。
 けれど、ハルに驚きはなかった。
 敵国となるデ・ラ・ペーニャに、自分とその母親が住んでいたからだ。
 彼らはデ・ラ・ペーニャとエチェベリアの国境沿いにある、とある村でひっそりと暮らしていた。
「ラインヒルデを殺したのは、某も同然だ」
 母の名を久々に自分以外から聞いたハルは、未だ癒えぬ傷を覆い隠すように、
 顔をしかめ視線を逸らす。
 優しい母親だった。
 父からの仕送りで暮らしは豊かだったが、決して剣聖の妻として驕り高ぶらず、
 また外国人――――エチェベリア人である事を感じさせないほど現地の文化や言葉にも堪能で、
 村人からも慕われていた。
 その村が、ガーナッツ戦争時に襲撃を受けた。
 自国である筈のデ・ラ・ペーニャから。
 その村は、エチェベリアが戦争時に拠点の一つとする予定だった場所。
 だからこそ、エチェベリア人を村内に住まわせていた。
 情報収集と、有事の際の案内をさせる為に。
 エチェベリアがガーナッツ戦争に圧勝したのは、単に戦力に差があったからではない。
 戦争が起こる事を常に想定していたエチェベリアと、戦争など頭の片隅のも入れていなかった
 デ・ラ・ペーニャ。
 その意識の差が現れた格好だ。
 戦争後、エチェベリアはデ・ラ・ペーニャを侵略・占領せず、しかも引き続き現政権――――
 アランテス教会に委ねると発表した。 
 戦争勝利国としては、余りにも異例の事だ。
 その理由は、諸説入り乱れ様々な憶測が飛び交っており、現在においても公式な回答は
 明らかになっていない。
 だが当然、国の中枢に少なからず足を踏み入れているガラディーンは知っている。
「……なら、聞くぜ。こんな機会はもう二度とないかもしれねーからな」
「母親の死の理由。戦争が起こった理由か」
「ああ。俺もデ・ラ・ペーニャで散々調べた。あの村を滅ぼした張本人とも対面したが……
 生憎、そいつは国の命令に従ってただけだった。デ・ラ・ペーニャ側から戦争の原因を
 探るのは無理だった」
「当然だ。あの戦争は、我々とデ・ラ・ペーニャの戦争ではなかったのだから」
「……何だそりゃ? 現にデ・ラ・ペーニャに侵攻してたんじゃねーか」
 突然の不可解極まりない述懐に、ハルは空気の重さも忘れ、椅子から降り父へと詰め寄る。
 一方、終始俯いたままだったガラディーンは、息子の接近に伴い顔を上げる。
 例え肉親であっても、直ぐ傍に剣を持った人間が近付けば、目を背ける訳にはいかない――――
 そんな騎士の性が現れた所作だった。
「あの戦争……ガーナッツ戦争は、エチェベリア主導で勃発したものではない。
 無論、デ・ラ・ペーニャでもない。主役は別にいたのだ」
「なん……だと」
 ハルの歩みが止まる。
 この十年以上、自分がずっと信じてきたものが瓦解する――――そんな感覚に襲われて。
「あの戦争の目的は、侵略行為ではなかった。だから十日足らずで終わらせる事が出来た。
 我々は命に従い、魔術国家デ・ラ・ペーニャへの侵攻を進めることで、その目を
 我々に向ける事が主目的だった」
「何だよそりゃ……って事は、この国以外の何処か別の勢力に命令されて
 戦争の請負をやったってのかよ。この国は、そこまで落ちぶれてたのかよ」
「……」
「どうなんだ親父!」
 一瞬、掴みかかろうと手を伸ばしたハルは、自身のその衝動に驚き、慌てて自制した。
 国籍、生まれこそこのエチェベリアだが、ハルの人生の大半はこの国以外、
 主にデ・ラ・ペーニャでの時を過ごしていた。
 だが、愛着のない筈のエチェベリアが『戦争下請け』という最悪の状態だった事に
 確かな怒りを覚えてしまっている。
 自分の感情がわからず、震えたまま歯を食いしばり続けるハルに、
 ガラディーンは哀情の眼差しを向けた。
「……全てを清算する事など出来ぬ。だが、折り目をつける必要はあろう。
 某にはその義務がある」
 そして、今度は慈愛。
 目尻を下げ、成長した息子の姿をじっと眺める。
 その双眸に焼き付けるように。
「お前が復讐の為に生きている事を知り、某は絶望した。だがお前は、自らの力で
 ラインヒルデの……母の死を乗り越えてくれた。その事、誇らしく思う」
「あ? 急に何言って……」
「真っ直ぐでなくてもいい。お前には前を向いて生きて欲しい。母親の分まで」
 不意に――――ハルの視界が揺らぐ。
 同時に襲ってくる、強烈な眠気。
 明らかに、アルコールによる眠気とは一線を画していた。
「て、テメェ……! 一服盛りやがったな……!」
「親の酒の味を覚えたか?」
「く……のやろ……」
「どうか忘れてくれるな。我が子よ、何があっても生き残れ。お前の技術を役立てるのは
 今ではない。もう少し先の未来、必ずお前を必要とする時代が来る」
 そう呟くガラディーンの声が、どんな感情を含んでいるのか、既に意識が混濁していた
 ハルには把握不可能だった。
 立っている事も出来ず、傍の椅子を支えにしようとするも力が入らず、
 そのまま床に倒れ込む。
「――――のですか――――」
 遠くから、声が聞こえた。
 それはガラディーンでも、マスターの声でもない。
 かといって、聞き覚えのない声でもない。
 ハルの耳に、少なからず接してきた声だった。
「――――の髪が――――資料なのですよ――――」
 再び聞こえるその声の主を、ハルは必死になって探した。
 既に視界は曖昧で、身体を動かす事も出来ない。
 出来る事といえば、それくらいだった。
「――――心残りはもう済んだ」
 今度はガラディーンの声。
 その言葉が余りにも印象的で、結局ハルはその前の声の主を特定出来ないまま、
 深い眠りに就く事となった。

 何故自分を眠らせたのか。
 その後に訪れた人物は何者なのか。
 自分はこれからどうなるのか。

 昏睡直前に抱いたハルの疑問に、当事者のガラディーンが答える事は――――

 


 未来永劫、なかった。






 


the plant was one.
as for the fresh and young flower which the world is dotted with, all is the same existence.
then the human being should learn from a plant.
they know the poison and know the medicine and the people evolve.

so that it is a karma……

there is a hope in the point of this way ――――

 

"αμαρτια"

#9

the end.



 

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