植物には、人間とは決定的に異なる性質がある。
 それは生命力、再生力にも大きく関わってくる性質だ。
 植物には生まれ持った目的がある。
 種の保存。
 人間、或いは他のあらゆる生命体に共通する本能なので、当然植物に特徴的な
 目的とは言い違いが、自律歩行を行わず一箇所に固定される存在でありながら
 動物と同じ目的を持つのは、やはり特異だと言える。
 自分の代で種を終わらせない――――それが存在意義であり宿命であるとするならば、
 本来『移動』こそが最大の必須技術だ。
 移動が出来なければ、あらゆる危機的状況を回避出来ない。
 種子を遠くに飛ばし、世界のあちこちに群生するという性質からも、
 植物はそれを知っている。
 学んでいる。
 にも拘らず、植物の進化は驚くほど移動に無関心だ。
 土に根付き、土から養分を得る事を前提としているから?
 しかし植物には土と共存しない種も沢山存在する。
 苔や浮き草などがそうだ。
 空気、或いは陽の光から養分を得られれば、土と水から常時恩恵を得なくとも生きていける。
 そういう存在になれば良いし、慣れる素養はある。
 根にしろ茎にしろ、植物には自身を伸ばす、すなわち動かす力はあるのだから。
 けれども、植物に歩行という概念は存在しない――――それが現代における結論。
 この結論は、未来にも向けられている。
 今後、植物が自律歩行を可能とする生物に進化する可能性はない。
 少なくともビューグラス=シュロスベリーは、遙か昔にそう理解している。
 ならば、彼らにとって種の保存とはどんな意味を持つ?
 人間や他の動物を上回る生命力と再生力を得た事は、妥協の産物だったのか?
 いや――――否。
 植物にとって種の保存は目的ではない。
 彼らには、"死という概念"がない。
 長年、薬草学を研究し続けた男の結論だった。
 枯れて、命が終わるのを彼らは死としない。
 少なくとも、人間が死と呼んでいる概念と同等の水準では捉えていない。
 その身が朽ち果てようと。
 彼らは全てで一つ。
 人間が勝手に区分しているだけであって、この世界に存在する全ての植物は同一個体である――――
 ビューグラスは、そう仮定してみる事にした。
 当たり前だが、過去と現代における植物学の常識とはかけ離れた仮説。
 植物学に限らず、人間の常識からも逸脱した思考体系だ。
 明らかに外見も性質も異なるものを同一と見なすのだから。
 けれどビューグラスは、その仮説にのめり込んだ。
 全ては一つ。
 なら彼らにとって、個別の枯死は生命の終わりではない。
 人間でいうところの『髪の毛が抜けた』『爪を切った』程度の問題。
 時間が経てば、また生えてくる。
 それだけの事。
 ある一つの区分が絶滅したとしても、せいぜい指が一本失われた程度。
 もしそうだとしたら、自律歩行をしない事にも合点がいく。
 移動の必要などない。
 彼らは既に、世界中にいるのだから。
 彼らが死という概念を持つとすれば、それは絶滅のみ。
 そして彼ら――――植物の絶滅とは、世界の絶滅を意味する。
 なら植物にとって重要なのは、生命力であり、再生力だ。
 ビューグラスは自身の薬草学において、その突飛で非常識な持論を礎とする道を選んだ。
 とはいえ、これを論文としてまとめ、学会に提出したところで、鼻で笑われ一蹴されるのは明白。
 誰もが納得する証拠を提示しなければならない。
 薬草学の観点から、ビューグラスはずっとその"証拠"を探していた。
 あるかどうかなどわかる筈もない、茨の道。
 しかもその棘には痛みがない。
 出血した事がわからないまま、気付けば息絶えていた――――そういう危険を孕んだ道。
 加えて周囲は暗闇だ。
 ビューグラスにとって、研究とは孤独だった。
 孤独であるべきだった。
 誰も到達した事のない高みを目指す。
 この世界に新たな概念を植え付ける。
 学者の性であり、ある種の業だ。
 その為にあらゆるものを犠牲にする、いわば免罪符にもなり得るのだから。
 事実、ビューグラスはそうしてきた。
 彼は自身だけの中で『植物一元論』と名付けていたその持論を、
 薬草学の観点から解き明かそうとしていた。
 そんな彼にとって、生物兵器は強い関心を抱いて然るべきものだった。
 生物兵器は、生物合成を基礎概念とした技術。
 違う生物同士を一部、或いは全て融合させ、既存の種と異なる生き物を生み出すのが
 発足当初の目的だったとされる。
 そして研究は進み、現在では『人間への他生物の付加』が重要なテーマとなっている。
 人間の中に、別の生物の要素を取り入れる。
 そうする事で、これまでの人間にはなかった性質を有する、それでいて人間と外見上
 何も変わらない別の存在を生み出す。
 進化の促成――――そのような言葉が一部では使われているらしい。
 ビューグラスの興味を惹いたのは、その『生物』に植物も含まれている事。
 勿論、古来より人間は一部の植物を体内に取り込み生きてきた。
 食物として定着した物は余りに多い。
 薬草もそうだ。
 それらは一時的に人間へ何らかの影響を与える。
 そして――――永続的に与える物もある。
 毒草がそうだ。
 薬草学とは毒草学でもある。
 薬と毒は本来、同じ種類のもの。
 人体に悪影響を及ぼす要素は、薬草であっても必ず含んでいる。
 それは副作用と呼ばれている。
 その副作用が、別の要素――――人体への好影響となる要素を下回った物が薬草と呼ばれるだけ。
 自然界においては同種のものだ。
 植物一元論を解き明かす上で、ビューグラスは毒草こそが鍵を握る存在だと確信していた。
 何故植物は薬と毒を持つのか?
 自分達以外の生物が摂取して、そこに影響が及ぶような成分を含有しているのか?
 そして何故、長期的、或いは永続的に他の生物が苦しむような成分を内包しているのか?
 植物は外敵を滅ぼそうとしているのか?
 縄張り争いをする動物と同じように。
 自分を守る、子供を守る生き物と同じように。
 否。
 植物の持つ毒は――――人間を変質させる為のもの。
 人間に、自分達の進化を促成させる為のもの。
 植物にとって、人間とは自分達が絶滅しない世界を作る為の――――奴隷。
 ビューグラスはその仮説を立証すべく、生物兵器に、そして花葬計画に傾倒した。
「来たか」
 地下街――――メトロ・ノームの酒場【ヴァン】に、そんな彼への協力を
 惜しみなく続けて来た男の重厚な声が轟く。
「長かったのか、それとも短かったのか……ようやく時が来たのだな」
 かつて『剣聖』と呼ばれた男は、息子に背を向けたままそう語りかけた。





 

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