絶対に邪魔が入らない所――――当事者以外に四人もの女性がいる
 現在の薬草店ノートに、その条件を満たすような場所が、実のところは存在していた。
 店の奥、西側に位置する、薬草の調合などで使用している作業場――――の奥にある部屋。
 倉庫も東側に別途ある為、使い道がなく空き部屋となっているが、人が寝泊まりするほどの
 広さはなく、設計上のミスなのではと疑うほどにこぢんまりとしている空間だ。
 当然掃除をする機会もなく、埃臭く衛生面でも問題がある。
 けれども、それだけにファルシオンやフランベルジュにも教えていない部屋。
 ここへ彼女達やトリシュが来る事はない。
「ちょっと狭いけど、立ち話をする程度なら問題ないでしょ」
「……ああ。ここでいい」
 ヴァールはそう納得を口にしたものの、その言葉とは裏腹に、口を手で押さえ
 露骨に顔を強張らせていた。
 埃が苦手らしい。 
「でも、君ほどの使い手なら、誰かが近付けば気配でわかるよね?
 わざわざ場所を変えなくても良かったんじゃない?」
「私を買いかぶるな。貴様等程度に後れを取るような実力でしかない」
 その自身を卑下するような言葉と同時に、ヴァールは口を押さえていた
 右手を下ろした。
 露見した表情に、いつもの強気で不遜な彼女の色はない。
 自信喪失を絵に描いたような姿だった。
「もしかして、僕達に不覚を取ったのを引きずってるの? こっちは三人、そっちは一人
 だったんだから、いちいち気にしても仕方ないんじゃない?」
「そういう問題ではない。貴様ならわかるだろう。私達のような人種は、
 相手が誰であろうと、戦力差がどうあろうと、負ける事は許されないと」
 敗北、即、死――――戦争のないこの時代にでも、そのような戦いは頻発している。
 だが、ヴァールが言っているのは、命のやり取りだから負けられないという意味ではないと、
 フェイルは察していた。
「……僕や君は、勝つ事で証明しなきゃいけない。他がやってない事をやるって、
 そういう事だから」
 近距離でも戦える弓兵。
 アランテスの教えにない魔術を使用する魔術士。
 どちらも本流からは外れた亜流というべき技術を体得した人種。
 敗れればその瞬間、ただの変わり種だと一笑に付される宿命を帯びており、必勝を義務付けられている。
「そうだ。スティレット様も、そこに目を付け私を隣に置いて下さっていたのだろう。
 あの方なら、私より腕の立つ人物を雇うなど造作もない。だが……私はその期待に沿えなかった。
 その理由と改善点を持ち帰らない限り、あの方に仕える資格は私にはない」
 かなり狭い部屋の為、話をする二人の距離もそれほど離れていない。
 ヴァールの息遣いが、フェイルの耳に届くくらいには。
「既に切り捨てられている可能性がずっと高いのは理解している。だが、私は諦める訳にはいかない。
 私はあの方の傍にいなければならない。その為なら、何だってやる。私のつまらない矜恃など、
 この際問題ではない。だから私は敗者として、勝者たる貴様に聞きたい」
「勝者って……」
「フェイル=ノート。貴様の戦績は把握している」
 これまでにない熱量の感情をぶつけてくるヴァールに、フェイルは戸惑いを隠せずにいた。
 彼女にはファルシオンのような冷静さはなく、落ち着いた物腰と激情型の両方を備えた
 性格という印象だった為、感情そのものの吐露に驚きはない。
 ただ、ここまで直接的に"頼る"事を躊躇しないヴァールの姿は、想像の範疇には到底収まらない。
 矜恃どころか、人格さえも破棄した行動だ。
「カバジェロ=トマーシュやロギ=クーンはともかく、バルムンク=キュピリエやクラウ=ソラスと
 一戦交えて、ほぼ無傷で生き残るのは通常では考えられない。どちらもヴァレロンどころか
 国内でも上位に入る実力者だ。明らかに、貴様よりも格上だろう」
「異論はないよ」
「その格上を相手にしても、貴様はこうして何の問題もなく生き抜いている。
 何故それが出来る? 一体どうすれば、貴様のように出来るんだ?」
 そして、彼女の聞きたかった事もまた、フェイルの想像を超えていた。
 まさか眼前の、触れれば直ぐに出血しそうな程の鋭さを持つ女性――――ヴァール=トイズトイズから
 このような問い掛けをされ、答えを請われるとは夢にも思わなかった。
 それ故に困惑を覚える。
 ただし困惑の理由は、彼女の質問の内容そのものにもあった。
 格上相手の戦い方は当然、フェイルの頭と身体の中に嫌というほど叩き込まれている。
 幼い頃に過ごした、山中での狩りの日々。
 少年期から青年期の間に過ごした王宮でのデュランダルとの日々。
 理由はその経験である事は、少なくともフェイルの中では明白だったが、
 もしこれを正直に言えば、ヴァールは絶望するだろう。
 今の彼女にはどうしようもない経験だ。
 まして彼女の場合、格上相手に勝つというよりは、格上相手でもスティレットの命令を
 確実に遂行出来る方法を模索しなければならないのだから、余計にフェイルが
 その答えを所有している筈がない。
「……頼む。何でもいい。私は、どうしてもスティレット様から離れる訳にはいかないんだ」
 ついには、頭を下げ懇願してくるヴァールの姿を、フェイルは沈痛な面持ちで眺める事となった。
 彼女は敵だ。
 スティレットが敵と確定した以上、その右腕であるヴァールは紛れもない敵。
 その筈なのだが、フェイルには葛藤があった。
 同調してしまった自分がいると、自覚はしていた。
 ヴァールの背負うものに、そして背負っているものへの姿勢と意思に対して
 共鳴してしまった自分がいる。
 境遇が異なるだけで、種類は同じ。
 そんな人物を相手に、冷酷にはなれない。
 フェイルは自分の甘さを嫌と言うほど痛感してしまった。
 けれども――――同時に、納得もしていた。
「僕に話せる事は何でも話すし、教える。でもその代わり、相応の事をそっちにも話して貰う」
 情報交換とは、即ち等価交換。
 ましてヴァールは既に何でもすると言っている。
「それでいい。ただし、スティレット様の不利益になる漏洩は出来ない」
「構わないよ。答えたくない事には答えなくていい」
 その甘過ぎるフェイルの要求を、ヴァールが拒否する筈もなく、小さく鋭く頷いた。
「格上の戦い方、だったね」
 それまでの会話の中で、どうにか落ち着きを取り戻していたフェイルは
 用意していた答えを紡ぐ。
 その答えは――――
「なら今ここで実践しようか」
 ヴァールへ向けての"素手"による戦闘態勢だった。





 

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