「……もしかして、店番をしてくれてたの?」
 左右に陣取る二人を交互に眺めたのち、フェイルは二割ほど冗談のつもりで、
 けれどもほぼ本気でそう問いかけた。
 フェイルは店へ戻った後に直ぐ自室で眠りに就いた為、彼女達に寝る部屋を
 提供してはいなかった。
 とはいえ、敢えてこの店で寝泊まりする必要もない。
 特に、素性を明かしたばかりのトリシュに関しては、普段自分が住んでいた場所が
 このヴァレロンにある筈なのだから、そこへ行けばいいだけの事。
 けれど彼女達は揃ってここにいる。
 店番以外の理由は考え難い。
 尤も、守る対象がこの薬草店ノートでないのもまた、明らかではあるが。
「ケケケ、こんな薄ら寒い店を守ってもトリシュの懐は暖まらないのです」
 案の定、フェイルの視界の右側にいるトリシュは即座に否定した。
 一方、左側のヴァールは敢えて答えようとはせず、沈黙のまま不機嫌そうな顔で
 フェイルでもトリシュでもなく、虚空を睨んでいる。
「そこの無愛想な女が、ここを離れねぇモンですからね。仕方なくトリシュ鎮座してる
 ってなワケです。ケケケ」
 座ってはいないが、要するに不本意ながらこの場にいる事を訴えているらしい。
 奇妙な物言いではあったが、それなりの交流期間を経た事もあり、フェイルには
 多少は彼女の発言にも免疫が出来ていた。
 だが、まだ真意を量りかねてもいた。
 トリシュも、そしてヴァールも、何故未だにここへいるのか。
 諜報ギルド【ウエスト】の支隊長だと判明した彼女は、その仕事に戻ろうともせず、
 さも当然であるかのようにフェイル達に付いてきている。
 そして、今や花葬計画・二の黒幕最有力候補となったスティレットの側近であり
 彼女を崇拝しているらしきヴァールもまた、ウエストから出て一度別行動となったにも
 拘らず、何の表立つ理由もなしに合流してきた。
 当然、そこには彼女らなりの目的もあるし、意思もあるのだろうが――――
「こっちとしては、あんまり付きまとわれたくないんだけど」
「言いますねー。流石、女をはべらかす事には定評のある尻尾の人。」
「そんな評価聞いた事もないよ……」
 あらゆる言動が冗談か本気かわからないのは、素性が明らかになる前と全く変わらない。
 そんなトリシュとの会話は疲れるだけと判断し、フェイルはヴァールへと目を向けた。
「スティレットさんの下には戻らないつもりなの? それとも……手土産を吟味中?」
 そして、強めに問う。
 その声が、ヴァールの鋭い目を更に険しい角度へといざなった。
 アルマ襲撃に失敗したヴァールは、スティレットの下に手ぶらで戻れない状態にある。
 その失態を取り返す上での最良は、当初の目的通りアルマを連れて行く事だ。
 ウエスト内でアルマが発見された際は、窓がない上に四階だった為、幾らヴァールが
 手練であっても、あの場でアルマの身柄を拘束し、抱きかかえ逃げるのは不可能な状況だった。
 それに比べれば、フェイル達がいるとはいえこの薬草店ノートにいるアルマを
 攫っていく難易度は幾分か低い。
 好機を狙う為に戻って来た――――と考えられなくもない。
 例えば、フェイル達の仲間になったフリでもして、隙を見てアルマを攫う、といった方策が
 その場合は予想される。
 フェイルの言う『吟味』には、そういったあらゆる手段に対しての吟味という意味も含まれていた。
「……違う」
 だが、ヴァールは意外にも否定の言葉を口にした。
 否定した事が意外なのではない。
 それを素直に発言したのが、フェイルにとって予想外だった。
「ま、そりゃそーでござりますですよね。あのぽわぽわ美人さんを連れて帰りたいのなら、
 姿見せないでおいて、気配消して隙を窺ってバシッと一撃食らわして気絶させてお持ち帰りって
 パターンが一番可能性アリってなもんですよ。ケケケ」
 やたら軽い物言いの割に、トリシュの見解は合理的だった。
 実際、それが最も早くアルマを奪える可能性のある方法だ。
 そして、彼女にそれほど時間がないのは明白。
 幾ら右腕とはいえ、いつまで経っても戻らない部下を気遣うほど、スティレットはお人好しではないだろう。
 切り捨てられる前に戻りたいと考えるのが自然だ。
 フェイル達を欺く方法では、どうしても時間が掛かる。
 当然、それはフェイルもわかっていた。
 だからこそ解せない。
 どうして彼女がフェイルの前にこうして姿を見せているのか。
 或いは、アルマ以外の"手土産"を吟味しているのか。
 それとも――――何か他に理由があるのか。
 今、フェイル達と同行する必要のある理由が。
「フェイル=ノート。貴様に聞きたい事がある。だから私は戻ってきた」
「……僕に?」
「そうだ。でも、その女のいる前では話せない。そいつはスティレット様の敵だ。それも猛毒を持った」
 鋭い目付きは生まれ持ったものなのだろうが――――ヴァールの目は刃のような鋭利さを宿し、
 殺気となってトリシュへと向けられた。
「失礼な女ですね全く。トリシュは人畜無害なまとも人間なのですよ?」
 が、当のトリシュはまるで意にも介さない。
 尤も彼女の場合、笑顔で斬り付けるくらいは平気でする人物。
 加えて両者とも相当な実力者だけに、もしここで戦闘が始まれば迷惑極まりない事になりそうだ――――
「……」
 そう考えた時点で、フェイルは思わず口元を緩めた。
「……何がおかしい?」
「いや、ただの思い出し笑いだから、気にしないで」
 場にそぐわないのは承知していた。
 けれども、思い出してしまったのだから仕方がない。
 今となっては遥か昔の出来事のようだが――――勇者一行がこの店を訪れて間もない頃、
 実際に店内で戦闘が繰り広げられ、大惨事になったのをフェイルは思い出していた。
 決して楽しくもないし、良い想い出でもない、苦心惨憺な記憶。
 それでもフェイルは、当時を懐かしむように目尻を下げる。
 あの頃はまだ、リオグランテもいた。
 人懐こい笑顔と、少しだけ苛立たせる微妙な常識のなさが印象的だった。
 そのリオグランテの事を、フェイルはまだファルシオンやフランベルジュには言い出せていない。
 睡眠をとる前に出会ったラディアンスが去り際に言った意味深な言葉の意味。

『彼は病院には"いない"』

 それは決して、遺体が移動したというニュアンスではなかった。
 そして、ハイト=トマーシュという実例もある。
 けれども決して、軽々しくは口に出来ない件でもあった。
 もし間違いなら、仲間だった二人に二度も絶望を与える事になってしまうから。
「……ヴァールさんがここにいる理由はわかった。話は後で聞くよ。問題は――――」
「おろろ? トリシュにも取り調べするつもりかいこの野郎」
 諜報ギルドの代表が、この場にいる意味。
「取り調べ? そんなつもりはないよ」
 フェイルは"その兆候"に気付いていた。
 自分自身の中に芽生えた、一つの兆候。
 クラウ=ソラスとの戦闘を経て、それは顕在化し始めている。
「これは"脅迫"だよ。トリシュさん」
 カウンター上のユヌシュエットアルクを手に取り、その上端部である末弭を
 トリシュの首筋へと突きつけ、フェイルは真顔で問いかけた。
 余裕がなくなっているのは間違いない。
 だが、ここまで攻撃的な行動は、ヴァレロンに帰って来てからは鳴りを潜めていた。
 戻りつつある。
 かつての――――宮廷弓兵時代の自分に。
「君は一体、"何をしようとしているんだ"?」
「……」
 そのフェイルに対し、まるで道化師のような不気味さでトリシュは微笑んだ。






 

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