『……お、おお。誰かと思えば、管理人ちゃんじゃねぇか。ひ、久し振りだな』

『管理人ちゃんに色目使ったら、今度は全力で相手してやっから覚悟しとけ。じゃあな』

『うるせぇ! 良いか、管理人ちゃんは俺が必ず幸せにすんだよ!』


 ――――事あるごとに、バルムンクはアルマを"管理人ちゃん"と呼び、思慕を隠そうともしなかった。
 彼女の為に出来る事を常に模索している様子も窺えた。
 今回にしてもそうだ。
 諜報ギルドに身柄を確保されたアルマは、結果的に何の被害も受けず、五体満足でこうして生きている。
 バルムンクの行動は、彼女を守ったと言い切ってしまって問題ない。
 だが――――らしくない。 
 少なくとも、フェイルは反射的にそう思ってしまった。
「……アルマさん。アルマさんと一緒に逃げた後、バルムンクさんは誰かと戦った?
 それとも、戦わずにアルマさんを諜報ギルド……あのデルって人に預けた?」
 そこで湧いた疑問を、フェイルはアルマにぶつけてみた。
『誰とも戦ってないよ。酒場に逃げ込んだら、デルっていう人がそこにいて、その人に
 此方をよろしくって。此方の頭を撫でて、走って何処かへ行っちゃったかな』
 その筆談による返答に、フェイルとファルシオンは思わず顔を見合わせる。
 バルムンクが何者かと戦ったのは、ハルと共に発見したデストリュクシオン――――
 バルムンクの愛用する武器が刃こぼれした状態で発見された事からも明らかだ。
 そして状況的に、彼が不覚を取った事も。
 アルマを先に預け、何者かと戦った。
「だとすれば……考えられるのは二つです」
 ファルシオンの掲示に、フェイルも即座に頷いた。
 実際、二つの可能性が直ぐ頭の中に浮かんだからだ。
 一つは――――とてつもない強敵に目を付けられていた場合の緊急手段。
 デルとは偶々酒場で居合わせ、その強敵からアルマを匿う為、そしてアルマを庇わずに
 通常の状態で戦えるようにする為、一時的にデルへ預けたという可能性だ。
 けれど、幾ら非常事態だとはいえ、あのバルムンクがアルマを他人に預けるだろうか?
 その疑問は抱かずにはいられない。
 アルマに良い所を見せようとするのが"バルムンクらしさ"だ。
 尤も、その余裕すら持てない強敵だった可能性は十分にあるが。
「一つはバルムンクさんが勝てる保証のない強敵に追われるなどして、緊急にアルマさんを
 誰かに任せなければならないほど切羽詰まっていた場合。もう一つは……
 最初からそういう段取りだった場合、です」
 問題は、ファルシオンも敢えて『可能性は低い』と示唆するかのような間を置いて語った後者。
 最初からバルムンクが諜報ギルドと結託していたという可能性だ。
 傭兵ギルトと諜報ギルドの繋がりは、仕事の関係上大いにある。
 ただ、大事な人を預けるほどの関係性となると、それは最早仕事の域を越える。
 バルムンクとデルの間に、そのような関係が成り立つだろうか?
 普通に考えれば、成り立ち辛い組み合わせだ。
 乱暴で明快なバルムンクと、陰湿な印象のデル――――水と油という表現がしっくりくる。
 だが、フェイルにはその可能性を捨てきれない理由があった。
「……デルさんは『バルムンク=キュピリエをここへ誘い出した』という僕の答えに対して
 六十五点を付けた。それが正直引っかかってる」
 高くはないが、決して低くもない点数。
 当たらずとも遠からず。
 ならば『誘い出したのではなく、当初からアルマを匿う場所として諜報ギルドを
 視野に入れていた』なら、果たして何点だったのだろうか、という憶測が
 フェイルの中に生まれていた。
 あの建物は構造上、最上階なら滅多な事がない限り襲撃者の侵入を許さない。
 バルムンクがそこに目を付け、デルと交渉していた可能性はある。
 アルマに何かあった時には、そこに匿うようにと。
 だから、誘い出す必要があったのはバルムンクではなくアルマ。
 彼女の安全を確保する為に。
 それなら、辻褄は合う。
 アルマが襲撃を受けるのは、バルムンクは事前に予測していたフシがあった。
 なら事前にデルと交渉し、酒場に待機して貰っていた可能性は十分にある。
「でも、だとしたらどうして、あっさりと私達にアルマさんの身柄を引き渡したんでしょう。
 バルムンクさんとの取引だとしたら、それは契約違反に……」
 そこまで話したところで、ファルシオンは思わず口を噤む。
 フェイルもほぼ同時に気付いた。
 契約違反にならないとすれば、それは――――契約者がもう、この世にいない場合。
「……?」
 幸い、アルマは気が付いていない様子で二人の顔を怪訝そうに眺めている。
 バルムンクの生死を曖昧なままにすべきではないが、ここで話すべき事でもない。
 少なくとも憶測の段階では保留にしておかなければ、アルマを無意味に不安がらせるだけだ。
 そう示し合わせるように、フェイルとファルシオンは頷き合った。
「……」
 今度はそんな二人に対し、少し寂しげにアルマが目を細める。
 そして、少しだけ間を置き、自らの意思で筆を取った。
 一体何を伝えてくるのか、フェイルは少し不安を覚えながら待つ。
 すると――――
『ファルシオンさんと二人きりで話がしたいんだけど、大丈夫かな?』
 アルマの言葉は、不安とは次元の違う内容だった。
「……え? 僕ってもしかして、邪魔?」
 まさか作戦会議から閉め出されるとは夢にも思わず、フェイルは冷や汗混じりに狼狽える。
 そんなフェイルの問い掛けに対し、アルマは躊躇なくコクリと頷いた。
『ファルシオンさんの行動に、少しだけど納得出来ない事があるんだよ。それを質問するのには、
 フェイル君はいない方がいいかな』
「……そういう事ですか。ならフェイルさん、退場して下さい」
 何かを悟ったらしいファルシオンが追い打ちをかけてきた。
 こうなっては、ここは自分の部屋だと声高に主張しても空しく響き渡るのみ。
「うん、わかった。店の方にいるから、話が終わったら呼びに来てよ」
「了解です」
『ご迷惑をおかけするよ』
 今一つ釈然としないながら、フェイルは女性二人に自室を明け渡し、扉を閉めた。
 一体どうして閉め出されなければならないのか――――そんな思いを抱えつつ、
 短い廊下を闊歩し、店のカウンター内にある椅子に腰掛ける。
 カウンターの上には、元エチェベリア宮廷弓兵団隊長・アバリス=ルンメニゲと
 武器屋【サドンデス】の主人・ウェズ=ブラウンの二人から託された弓【ユヌシュエットアルク】が
 威風堂々とした存在感のまま置かれている。
【フォコンの矢】の入った矢筒も、その横に添えるようにして並んでいる。
 その二つに両の掌を置き、気持ちを落ち着かせるよう努めた。
 アルマから追い出された理由を好意的に解釈するならば、疲労困憊で暫く寝ていた自分に
 これ以上小難しい話をさせない為の配慮――――
 一応そうも考えられるが、余り可能性が高いとは言えない憶測だ。
「僕の物言いがアルマさんを怒らせちゃったのかな……」
 思わずそんな懸念が口をついて出る。
 もしそれが真実なら、自覚のない中で彼女を傷付けたり苛立たせていたりした事になる。
 最悪だ。
「ケケケケケ。そんな事もあります。だって人間だもの」
「……」
 不意に現れる、二つの気配。
 フェイルは決して気配察知能力に問題を抱えている訳ではなく、寧ろ長けている方だが、
 それでも接近に気が付かなかった。
 尤も、二人もまた気配を消す達人。
「珍しい組み合わせだね」
 そう答えざるを得ない両者――――トリシュとヴァールが、店内の棚に背を預け、
 それぞれフェイルの左右に陣取っていた。





 

  前へ                                                             次へ