攻撃魔術が大半を占める魔術の中にあって、封術は数少ない例外的な分野の一群と言われている。
 魔術の出力にはルーンと呼ばれる文字が使われ、その配列によって魔術の性質が決定するが、
 攻撃性を持たない魔術のルーン配列として確立しているのは、現時点において『制約系魔術』
 および『解約系魔術』のみ。
 その前者が封術や結界だと言われている。
 しかしその魔術の種類は攻撃魔術と比べると非常に少なく、また研究そのものも消極的。
 その理由は――――需要がない。
 それに尽きる。
 結界は元々、魔術士と敵対する事を前提に生まれた対魔術用の防御手段で、それを
 魔術以外の攻撃に対して応用する形で普及したが、先陣を切って戦う機会のない魔術士が
 自分の周囲に結界を展開するようなケースは滅多になく、白兵戦に臨む戦士をフォローする為に
 結界を使用する場合も、白兵戦そのものを熟知していなければ適切なタイミングで結界を
 展開させる事が出来ず、かなり難易度が高い。
 その為使い手は少なく、需要も当然低い。
 そして封術に至っては、施錠という遥か昔から存在する一般的な方法がある以上、
 更に使いどころが少ない。
 まして、魔術の研究が行われる唯一の国、魔術国家デ・ラ・ペーニャでは封術を破る
 解約系魔術も研究されている為、安全度では施錠と大差がないのが実情。
 こういった環境下で封術の研究が進まないのは必然であり、封術を専門とする封術士が
 少ないのも自明の理と言える。
 それだけに、ファルシオンは自分の推察に自信が持てなかった。
 ましてこの国はデ・ラ・ペーニャではなくエチェベリア。
 魔術の研究が行われる国ではない。
「空間管理が可能な封術……正直、想像も出来ません」
 だがアルマ本人が肯定した事で、その推察は正しいと立証された。
 されたものの――――それでもファルシオンは未だに半信半疑の表情。
 フェイルは彼女のその姿から、アルマの特異性を理解した。
「その魔術を会得する過程も、一魔術士として興味がないとは言えません。でも……」
 アルマの顔は依然、暗いまま。
 ファルシオンは逡巡の末、フェイルへ視線を向けた。
 助けを請うような目になっていたのは、無自覚だった。
「……アルマさん」
 フェイルは首肯はせず、代わりに自身の机から羽根ペンと注文書を出す。
 仕事で使用する貴重な紙だが、惜しむ理由は最早ない。
「僕は今、この街が……ヴァレロンが未曾有の危機に瀕していると思ってる。
 君を狙っている連中は複数いるみたいだけど、その中に危険思想を持った奴等がいて、
 実験と称した大量殺人を行っていた。僕は彼らを止めなくちゃ行けない。
 私情も少なからず挟まってるけど、今はまずこの街を守りたい」
 自分を受け入れてくれた街。
 自分を生かしてくれた場所。
 あの"死の雨"は、それを蹂躙するもの。
 ずっとおぼろげだった『敵』というものが、今はフェイルの中に明確に見えていた。
「君から情報が欲しい。今、君が魔力を大量に使用してまで何を行っているのか。
 メトロ・ノームで何が行われているのか。断片的でも良いから、知りたいんだ」
 ペンを預け、アルマの返答を待つ。
 返事は早かった。
『いいよ。フェイル君は特別だからね』
 そして――――意外だった。
 その"特別"という言葉に、どういった意味が込められていたのかフェイルにはわからない。
 ファルシオンも、その言葉に沸き立つ感情の意味を完全には自覚出来ていない。
 しかしそれらの私情を全て置き去りにして、アルマの述懐は筆談にて始まった。

 それは、メトロ・ノームという特異な空間で住まう事を決意した、
 "アマルティア"達の長い長い道のりの話――――
 

 

 ――――星を読む少女。

 


 アルマ=ローランは幼少期、そう呼ばれていた。
 メトロ・ノームには星がないというのに。
 では何故そんな呼称が付いたのかというと、彼ら"アマルティア"にとって星は
 希望の象徴だったからだ。
 生物兵器の研究が凍結し、破棄されたメトロ・ノームという空間は、
 今後どのような事があろうと決して日の目を見る事はない。
 非人道的な研究を行う場所なのだから。
 だからせめて、陽ではなく星――――夜の薄い光でもいいから、この場所を照らしたい。
 自分達の生涯に、歴史に、せめてもの光を。
 そう願う彼らにとって、アルマの誕生と成長は希望を見出す存在だった。
 アルマが生まれた頃、メトロ・ノームには少人数ながら元研究者がいた。
 国家が水面下で提唱し進めていた花葬計画――――『安楽死』を最も理想的な形で
 実現させる為の計画の為に必要な生物兵器の研究に生涯を捧げた者達だ。
 彼らは皆、それそれの思惑で真っ当な道を踏み外した求道者だが、だからといって
 根っからの悪人であるとは限らない。
 陽の光なくとも、アルマが一切擦れも捻くれもせず育ったのもその証。
 彼女はいつか、メトロ・ノームに星の光をもたらしてくれる。
 そんな希望を先読みするくらいの存在――――図抜けた才能を有した封術士だった。
 魔術にも感覚はある。
 "なんとなく"の感覚でルーンを綴り、それが"なんとなく"の魔力加減によって
 既存の魔術系統を無視した突然変異的な魔術を生み出す例は、僅かながら存在する。
 アルマの空間管理も、そうやって確立された。
 遊び道具の延長で、子供の頃に与えられた杖型の魔具。
 彼女にとっては毎日遊んでいるだけの感覚だったに過ぎない。
 宙に綴られる不思議な文字も、ただの落書き程度にした思っていなかった。
 しかし徐々に法則性が生まれ、頭で理解する前に感覚の中ですり込まれ、
 次第に自分が何をしているのかを経験則から把握していく。
 その繰り返しの中で、アルマは柱を封印する方法を得た。
 そしてその封印は一箇所に留まらず、一所に留まりながら同時に何ヶ所も行えるようになり、
 やがて封鎖も解除もお手のものとなった。
 メトロ・ノームという空間を自在に封鎖出来る魔術。
 それがどれほどの意味と価値を持つか、研究者達は理解していた。
 "アマルティア"の中には、魔術士もいたからだ。
 本来、魔術と敵対するために生み出された生物兵器の研究には、魔術士の協力が不可欠だった。
 アルマは、彼らの子供だった。
 そのありあまる才能は、彼らにとって希望となった。
 誰に邪魔されずとも、国家の介入すら許さず、研究を続けられる。
 彼らには支援者がいた。
 食料の確保をはじめ、生物兵器の研究を継続出来る経済的支援を行う者がいた。
 支援者はこう言った。
『薬草学と生物学の専門家なら、心当たりがあるから大丈夫よん♪ 最新の知識や材料を提供するから
 諦めないで続けてねん♪ 必ずそのコは――――』
 歓喜の笑みを携えて。
『――――貴方がたの希望になるから』





 

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