封術による施錠と同等の効果をもたらす魔術は通常、扉に対し使用される。
 その場合、ランクの低い封術だと、効果は扉のみに発揮され、例えば周囲の壁や
 天井、床といった箇所に関しては無防備の為、破壊し中へ入る事が可能となる。
 だが、ランクの高い封術の場合、扉に使用したとしても、その扉が入り口となる
 空間全体を封鎖する魔術として機能する。
 よって、壁や天井等への破壊行為も防ぐ事が出来る。
「アルマさんは、その更に上の封術を使いこなせるのではないでしょうか」
 ファルシオンのその問いに対するアルマの返答は、"沈黙"だった。
 ずっと明快な態度で受け答えをしてきた彼女にしては、意外な態度。
 ただし表情は、隠し事をするかのような焦り・迷いを含むものではない。
 瞳に携える感情は――――悲哀。
 アルマは、自分の封術に対し、そういうものを抱いていた。
「ここからは更に推察の度合いが高まりますけど……アルマさんがどうして『管理人』と
 呼ばれているのか、ずっと気になっていたんです」
「それは、単にメトロ・ノームに出入りする人の名簿を付けたり、鍵の管理をしたり
 してたからじゃないの? それに、アルマさんはあの地下に夜を管理して……」
「それです」
 フェイルの話の中から、ファルシオンが強い反応を示したのは『夜』という言葉だった。
「その"夜を管理する"という表現も、気になっていました」
「え? どの部分が?」
「夜を方法がどういったものなのか、私には想像も出来ませんけど……
 アルマさんは夜を作り出す為に魔力を消費するのではなく、夜を作り出した時点で
 話せるようになるんですよね?」
 その問いへの反応は早かった。
 アルマが話せなくなるのは、尋常でない魔力を消費する為。
 そしてアルマが話せない状態なのは、メトロ・ノームが"夜ではない"時。
 なら理屈としては、夜を作り出すのではなく、昼を作り出している。
 だがアルマは――――

『この【メトロ・ノーム】の夜は、此方が管理しているんだよね』

 初めてフェイルと出会った時、そう言っていた。
 フェイルもそれを受け、ファルシオン達にそう紹介していた。
 確かに妙と言えば妙な表現。
 元々地下であるメトロ・ノームは何もしなければ光源のない闇。
 "昼"を管理するという言い方が正しい。
 尤も、昼状態の維持を制御するという意味では、昼と夜を意図的に切り替えているのだから、
 夜を管理しているという表現そのものが間違いとは言えず、揚げ足取りの範疇だと
 フェイルは反論をしようとした。
「アルマさんは、メトロ・ノームの光を制御しているのではなく、空間の開閉を
 制御していて、その結果として"光の制御が付加的に加わっている"と、私は睨んでいます」
 だが――――ファルシオンのその言葉で、反論は呑み込まざるを得なくなった。
 "空間"の開閉。
 それは魔術士ではないフェイルには想像も付かない能力だった。
「メトロ・ノームには無数の柱があって、そこが出入り口となっています。それらの
 出入り口を自由に封鎖・解除出来る。もしそれが可能なら、これまでの幾つかの謎が
 説明出来るんです。途方もない能力なので、私自身半信半疑ですけど……」
 そう説明するファルシオンの弁には、珍しく熱がこもっていた。
 確かに今の説明通りなら、一時期メトロ・ノームが封術によって完全閉鎖された事、
 一部だけが解除された事の説明は付く。
 また、アルマが多くの人物に"急に"狙われた理由に対しても。
 この能力をアルマ自身が喧伝する筈もなく、殆ど、或いは誰も知らなかったとして、
 ある時期に各勢力から知られてしまったのだとしたら、アルマ争奪戦が勃発する理由になる。
 あれだけの広大な地下都市。
 その出入りを完全に管理出来る人物がいるのなら、そこで何かを――――それこそ
 生物兵器の研究を行いたい者達にとって、これほど手に入れたい者はいない。
 外部からの介入を一切気にしなくても良くなるのだから。
 逆に、その勢力と敵対する勢力にとっては、これほど邪魔な能力者はいない。
「封術の特性を、私自身全て知っている訳ではないので、確信はありません。
 でも、『夜を管理する』、つまり『光源を操る』という魔術があるのだとしたら、
 まずそれが目を引く力となるんじゃないでしょうか。その場合、管理人という呼ばれ方じゃなく
 別の呼称がより相応しい、と思ったんです。それこそ、女神とか」
「……」
 真剣にそんな言葉を発するファルシオンに、アルマは気恥ずかしそうに首をブンブン横へ振る。
 だがフェイルは、その"女神"という表現はまさに的確だと思った。
 彼女の神秘的なまでに美しい容姿は、そう形容するに相応しい。
 これほどの美女が、恐らく世界的に見てもそうはいない美貌の持ち主が、光を操るのだとしたら、
 管理人などという庶民的な形容が用いられるのは不自然。
 例え彼女自身が自分をそう呼んでも、回りが許さない。
 とはいえ、そこに着目するのも決して容易ではない。
 ファルシオンの洞察力に、フェイルは改めて舌を巻いた。
「メトロ・ノームに入る為の扉に鍵があるのも、夜を管理するという表現も、
 アルマさんの本来の能力をカムフラージュする為のもの……ではないですか?」
 そのファルシオンの視線が、アルマの視線と重なる。
 二人の見つめ合いは、ただ単に瞳の中にお互いが映し出されているのみならず、
 お互いがその映し出された姿に思いを投じる。
 人はそれを『目で会話する』と表現する。
 そんな状態が暫く続き――――やがてアルマが大きく、深く頷いた。
「……凄いな」
 空間管理。
 魔術について深く知らないフェイルですら、半ば呆れそう呟くほど、その力は容易に
 絶大だと判断出来るものだった。
 以前、デュランダルがこう言っていた。

『アルマ=ローランはこのメトロ・ノームを"封印"出来る現状で唯一の人物だ。
 他の封術士ではそれが出来ない事も既に調査済みだ』

 宮廷魔術士であり、アルマと同じ封術士のクレウス=ガンソさえ代わりは出来ない。
 その説明の裏がとれたのと同時に、デュランダルが調査までしていた理由も明らかになった。
 アルマの隠された力を調査していたのだと。
「王宮がクレウス=ガンソに柱を封印させていたのは状況的に間違いない。もしかしてそれは、
 アルマさんの力を試すためだった……?」
「私も、そう思います。他の封術士にメトロ・ノームの出入り口を一部封鎖させて、
 それをアルマさんが解除出来るかどうかを調査する。そういう目的もあったのではないでしょうか」
 そして調査の結果、『解除出来る』という結果が出た。
 だからアルマが狙われ出したのだとしたら、辻褄が合う。
 フェイルもまた、アルマへ視線を向ける。
「……」
 その目は――――悲しげなままで、それが肯定の意を示していた。





 

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