フェイルは魔術について熟知している訳ではない為、アルマの使う封術に関しては
 専門的な知識を殆ど持ち合わせていない。
 その上、アルマが言葉を発する事が出来ないとなると、この件について
 話をするのは相当難しい。
 ――――そう思っていた矢先の事だった。
「フェイルさん。起きていますか?」
 落ち着いた声と共に、扉を叩く控えめな音。
 まるで示し合わせたかのような魔術士の出現に、思わずフェイルとアルマは顔を見合わせた。
 アルマの方も、困っていたのかもしれない――――そう心中で苦笑しつつ、
 フェイルは一旦窓際から離れ、自室の扉を開ける。
「……良かった。灯りが付いていたので、目覚めているとは思ったんですが」
 声の主であるファルシオンが、安堵の表情で立っていた。
 だが直ぐに、フェイルの後ろに人の気配を感じ、一瞬だけ目を見開く。
 実際、訪ねた男性の部屋に女性がいれば、当然の反応だ。
「もしかして……お邪魔でしたか」
「いや。寧ろ最高のタイミングで来てくれたよ。あがってあがって」
「え? 一体何が……まだ寝ぼけていますか?」
「グッスリ眠ったから大丈夫。それより――――あ」
 狼狽と混乱を抱いたファルシオンを半ば強引に部屋へ押し込んだところで、
 フェイルはこの部屋には客を二人も招くだけの用意がない事に気付いた。
 応接間ではない為、椅子も腰掛け用のチェストもない。
 彼女とアルマを何処に座らせるかで迷い、俯き唸り出す。
 その様子に、今度はアルマとファルシオンが顔を見合わせる事となった。
「……もしかして、私達を何処に座らせようかで悩んでるんですか?」
 アルマがチョンチョンと自分の太股を触った事で、ファルシオンもそう確信。
 フェイルがバツの悪そうな顔で頷くと、顔を見合わせていた二人が
 今度は同時に顔を背け、意外にも――――吹き出した。
「……そんな笑う程の事でもないでしょ」
「す、すいません。その、失礼なのは承知ですけど……可愛いな、と」
 可愛い。
 そのフェイルにとって信じ難い表現に、アルマもコクコクと頷き同調を示す。
 かつて――――宮廷弓兵団の一員としてエチェベリアを代表する弓兵になると
 将来を嘱望された人物は、女性二人に『可愛い』と言われ笑われる存在となっていた。
 その事に、それだけの事に、フェイルは思わず絶句し、呆然と虚空を眺める。
 恥ずかしいという思いはあるが、それが主な感情ではない。
 傷付いた訳でも、苛立った訳でもない。
 ただ、自分が未だに『昔は凄かったのに今は違う』という評価を心の奥底で
 自分自身へ向けて下していたと自覚し、それに対し驚いていた。
 同時に気付く。
 連日のように押し寄せる突然の襲来や判明する新事実、更には予想しない出来事に対し
 翻弄され続けているのは、その自己評価があったからだと。
 受け身になっている自分には気付いていた。
 だから流されたり巻き込まれたりするばかりではなく、自分から仕掛けていかなければと
 思い立ち、そのように行動してきたつもりだった。
 それは、自分が今も『実は優れた弓兵』だと無意識の内に思っているからこそだった。
 自分なら背負えると思っているからこそ、数多の出来事に対し落ち込み、苦しんでいく。
 胸を痛め、疲労し、本調子ではなくなっていく。
 目が何時まで見えるのか――――などと不安がってしまう。
 デュランダルとの再会や強敵との戦闘、或いはアバリスがウェズ=ブラウンを通して
 高級な弓矢を託していた事実も、そう誤認させていたのかもしれない。
 なら、改めなければならない。
「……うん。よし」
 本当に何気ない事だった。
 けれどもそれが、フェイルの精神の有り様を変えた。
 当たり前の事。
 必要以上に気負う必要はない。
 目が見えなくなっても生きる事は出来る。
 当たり前の事。
 何故なら――――実際に見えないまま立派に生きている人物を、フェイルは良く知っているのだから。
 一瞬必死で笑いを堪えている二人の姿が、その姉妹と重なって見えた。
「ありがとう。二人とも」
 だからつい、そう言ってしまう。
 本当は本人達に言いたかったその言葉を。
「……今のは皮肉ですよね?」
「勿論。よくもそこまで笑ってくれたよ。僕が自分の部屋で慌てる姿がそんなに変?」
「はい。可笑しいです」
 そう答えるファルシオンよりも早く、アルマが高速で頷いていたのは地味に堪えたりもしたが――――
「……参ったな。全く」
 心苦しい事は山のようにある。
 父の事。
 妹の事。
 近所付き合いの事。
 師匠の事。
 仲間の事。
 それらを忘れたり軽んじたりは出来ない。
 出来ないが――――
「なら、笑われないように場を引き締めよう」
 貫く事は出来る。
 一本の矢で無理なら、何度でも射れば良い。
 そして貫けば良い。
 的は的として、いつまでも受け止めてくれる。
 大事なのは、貫こうとする意志だ。
 それがあれば、的が見えなくなる事があったとしても、そこから的がなくなる事はないのだから。
「アルマさん、ファルシオンさん。これから最後の作戦会議を行う。二人ともベッドに座って」
「……」
「いや、引き締めた直後にそんな嫌そうな目で見ないでよ。大丈夫、清潔だから。多分」
「そういう意味で引いた訳ではないんですけど……ま、いいです」
 アルマもコクコク頷いていたが、やがて諦めたように二人してベッドに腰掛ける。
 フェイルは椅子ではなく床に座り、アルマへ向けて強い視線を向けた。
「アルマさん。さっきの話の続きだけど、ファルと情報を共有したい。構わないかな?」
 返答は早かった。
 何の迷いもなくアルマが頷いたのを見て、フェイルもまた頷く。
 隠し事をする様子はない。
 そういった事を言っていられる状況ではない――――アルマの反応の早さがそう示していた。
「ファル。アルマさんが話せないのは……」
「魔力を大量に消費している場合、でしたね。それは聞いています」
 なら今もその状況下にあるのでしょうと、ファルシオンはフェイルの言葉を待つまでもなく
 理解していた。
 心強い味方。
 最初からそうだった。
 思わず漏れる笑みを手で覆い隠しつつ、フェイルは小さく頷く。
「問題はその魔力を消費する理由。アルマさん、伝える事は可能かな?」
「……」
 案の定、言葉での説明が出来ない事には中々の難題らしく、アルマは困った顔をしていた。
「夜を生み出すのが、いつものアルマさんの仕事だよね。でも、今回はそれじゃない」
 一つ頷く。
「なら――――」
「想像は付きます」
 魔術士であるファルシオンは、既にその答えに行き当たっていたらしい。
 フェイルは掌を上に向け『どうぞ』と続きを促した。
「封術は基本、その名の通り『封じる術』です。元々は魔術を無効化、封じる技術として
 開発され、その後原理を応用して空間を封じる、鍵代わりの使い方が一般化しました。
 つまり、アルマさんが行っている事もまた、その例に漏れないのではないでしょうか」
 答えは平凡だった。
 だが同時に――――
「アルマさん。貴女は……全てのメトロ=ノームとこの地上を隔てる全ての扉を
 一所にいながら自由に封鎖、解除出来る能力を持っている。そうですね?」
 それは、平凡とは対極にあるものだった。







 

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