――――メトロ・ノームを"地下実験都市"として機能させる為には、
 ライフラインの確保こそが最重要課題だった。
 都市である以上は、人間の居住が絶対条件であり、ならば衣食住、特に
 食に関しては水の確保も含め、最優先で取り組まなければならない。
 地下実験都市メトロ・ノームの発案者は、かなり強引に工事を起案・施工させ
 地下水道から引っ張ってくるという方法で解決してみせた。
 だが食料に関しては、現地調達は不可能だ。
 地下であるメトロ・ノームには日光がない。
 土もない。
 地上から食材を運び、地下で調理するというのが限界だった。
 そこで、運搬を極めて簡易に行える方法として試みたのが――――
「この無数の柱、らしいですね」
 その中の一つに触れながら、生物学の権威――――リジル=クレストロイは
 好奇心とは程遠い視線で見上げる。
「中が空洞の柱を作り、地上から食料を入れた箱を落とす。網を張っておけば
 例えば卵であっても、厚手の布にさえくるんでおけば割れる事なく回収可能。
 そしてこれだけの数の柱があれば、流通に困る事はない。原始的ですが
 面白い発想ですよね。昔の人達は不便な生活を営んでいた分、知恵が回ります」
 実際に尊敬の念を抱いているかどうかは不明瞭ながら、リジルは
 その発明を称えていた。
「それで、現代の"流通の皇女"である貴女は、どうお考えなんですか?」
「あらン? 何がかしら?」
「惚けないでくださいよ。このメトロ・ノームの都市計画を完成させるのが
 貴女の目的でしょう? そしてここを拠点に、世界の経済を掌握する。
 違いますか?」
 リジルの口調には、特別何か感情が宿っていた訳ではない。
 だが、各学問の権威が集う際には決して腹の内を探らないという
 暗黙の掟を無視したその発言は、二人の関係性にあって明らかに異端な内容だった。
「どうしちゃったのン? そんな野暮な事聞いちゃうリジルちゃんじゃなかったわよねン?」
「野暮には野暮を返す、と言うべきでしょう。貴女が今、やろうとしている事を考えれば」
 リジルは柱の一番上まで視線を届かせた刹那、その顔を左へとゆっくり動かし、
 まるで鎌でも振り下ろすかのように、視界を話し相手――――スティレット=キュピリエへと
 降ろした。
「生物兵器を売り物にするつもりなんでしょう?」
「ええ? 誰がそんな言ったのン? ヒドい誤解だわン」
「貴女がビューグラスさんの望む"場所"を提供するだけなら、こんな野暮な事は言いませんよ。
 でも貴女はアルマ=ローランを独占しようとした。デュランダル=カレイラやクラウ=ソラスに
 出し抜かれないように、自分の側近を彼女の元へと派遣した。
 僕が何故、アルマ=ローランの本質について貴女や他の権威の方々に話したか、わかりますか?」
「そんな怖い顔して聞かないでよン♪ あたし馬鹿だから、わかんない☆」
「面白い事を言いますね。貴女が馬鹿ならこの世界は末期の麻薬中毒者だらけでしょう。
 二重の意味でね」
 リジルは最早、いつも浮かべている笑みさえも消していた。
「貴女の反応を見る為ですよ。案の定、貴女は"いつも通り"でした。そういう時の貴女は
 悪巧みをしている時です。要するに、常に悪巧みをしているって事ですけど」
「ひっど〜〜〜〜い!」
「貴女と僕の仲です。警告はします。生物兵器を我が物顔で商品にするのは止めておいて下さい。
 あれは……"僕の物"です」
 笑みを消した事で、余裕がなくなっているのか――――というと、決してそうではなかった。
 リジルの殺気は、通常の戦士や傭兵が放つものとは明らかに一線を画していた。
 だがそれでも、スティレットは態度と表情を改める事はしない。
 彼女は彼女のまま、リジルの殺気を正面から受け止めた。
「わかってるわよン。リジルちゃんの顔を潰すような真似、あたしがすると思うのン?」
「思うからこうして柄にもなく警告したんですがね。ま……この件はもういいでしょう。
 それで、都市化は順調に進んでいますか? 僕はそろそろこの地を離れないといけないので、
 出来れば見通しが立った証くらいは目にしておきたかったんですけど」
 リジルの殺気は、恐ろしく円滑に消え失せていた。
 残り香も余韻もないその殺気の消沈は、例えるなら――――人を斬り血に染まった剣を
 たったの一降りで一滴の血も残らないようにする行為に等しい。
「ええ。ビューグラスのオジサマ、人生賭けてるから。"その柱"にも塗布済みよン♪
 目聡いリジルちゃんの事だから、チェック済みなんでしょ?」
 ウインクしながら、スティレットはリジルの傍の柱を指差す。
 そこには、肉眼で確認するにはかなり近寄らないといけないほどわかり辛いが――――
 確かな光沢があった。
「かつて食料調達の為に作られた柱を、光源として利用する。皮肉な試みですね」
「でもこれだけあるんだから、照明器具としては最適よねン♪」
 光沢こそあるが、その柱は光を放ってはいない。
 けれども、既に"実験"は成功している。
 柱の放つ光度は、このメトロ・ノームの照明となるのに不足はない。
 それはリジルも理解していた。
「問題は、その照明をもってアルマ=ローランが封印しているものを
 解き放てるかどうか、です。花葬計画が完成するかどうかはそれにかかっている。
 どうなんです?」
「大丈夫よン☆ どれだけあの子の封術が優れていても、植物の性質には勝てないわン♪」
 リジルに向けて、或いは他の誰かに向けて、スティレットは誘うように笑う。
 そうやって彼女は、この地位を手にしてきた。
 事実、彼女には数多の運がすり寄ってきた。
 そして、これからも。
「光があれば、植物は育つものなのよン――――」

 


「……アルマさん、もしかして今も魔力を消費し続けているんですか?」
 声を発する事が出来ない理由は、他に考えられない。
 そう考えたフェイルの問いに対するアルマの返答は、かなりの時間を要した。
 答えるかどうか迷っている、ただそれだけの空白。
 自分の質問がアルマを苦悩させてしまった事にフェイルは罪悪感を抱きながら、
 呼吸と瞬きを最小限に抑え答えを待つ。
 勿論、言葉での答えではない。
 やがてアルマは、星が見えない夜空へ名残惜しそうに別れを告げるかのように、
 コクリと頷いた。





 

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