彼女の計らいに対し、デルが応じた格好で現状が成立する運びとなった。
 しかも、アルマの身柄は自分達が預かると、フェイル達が要求した訳でもない。
「何ボーッとしてるんですかそこの店主。ここテメーの家ですよね? お客さんを
 呼ぶのにお客さんに掃除させておいて、お客さんの邪魔するって何ですかそれ。
 せっかくトリシュが大事なお客さんをお預けするんですから、ちゃんとしやがれ」
 その言葉通り、トリシュが自ら進言してきた。
 こうなると、全く意味がわからない。
 トリシュだから、というのが最大の理由として成り立つと言えば成り立つのだが、
 彼女の正体が諜報ギルドの支隊長とわかった以上、何も考えずに行動してるという
 これまでの印象は最早過去の遺物としなければならない。
 奔放自在に思われる彼女の行動には、隠された意図があると。
「ケケケケケ」
 そう思わなければならないのに、本人を目の前にしてしまうとどうしても
 思う事が出来なかった為、フェイルは敢えて一度他の面々から離れ、
 シュロスベリー家へ向かったのだが、その効果は薄かったらしく、考えはまとまらない。 
 いっその事、トリシュに全て聞いてみるという手もある。
 情報を扱う専門家とはいえ、相手はあのトリシュ。
 案外、全部ペラペラと話してくれるかも知れない。
 デルから買い取った情報以上の内容も。
 だが――――
「……」
「あ、うん。そうだね……僕の家だから、本当に外で時間潰す必要はないよね。
 入らせて貰うよ。でも掃除してくれてるのは嬉しいかな」
 アルマの視線を感じ、フェイルは彼女の目での訴えにそう応える。
 アルマの目の前で、彼女の無垢な視線を浴びながらトリシュにアルマに関しての
 質問するのは抵抗があった。
 試みるにしても、時間を場所を改めるべきと自戒したところで――――背後から
 妙に剣呑とした空気が浸食してくるのを感じ、一瞬背筋が凍る。
「……随分、スムーズに意思の疎通が出来るんですね」
「え? あ、うん……」
 そんなファルシオンの言葉に背中を突かれ、半ば押されるようにして店内へと入った。
 久々に踏み入れた我が家、我が店。
 その場所も自分も、存在する意味はこの数日間で劇的に変化したかもしれない。
 けれども、確かな安らぎとしっくりくる感覚が確かにあった。  
 やはりここは自分の城。
 そう思わずにはいられない場所だ。
「……もしかしたら」
 その安心感も手伝って、フェイルは暫く店内を眺めながら、ポツリ呟いた。
「もしかしたら、ここで薬草店をしていれば……どんな体質も治せる薬草の話を
 聞けるかも知れない。そんな期待もあったんだよね」
 実のところは、それが一番の開店理由だったかもしれないと振り返る。
 勿論、その可能性が皆無に等しいのはわかっていたし、真の理由は
 ビューグラスとの駆け引きだったが、期待は別にあった。
 もし本当にその期待が実現すれば、誰とも戦わず、誰を責める事もせずに
 アニスを救えたのだから。
 ここは、そんな淡い夢が詰まった場所。
 今となっては、夢の跡となってしまったが――――
「あ、お帰り。随分遅かったじゃない。待ってたんだから」
「……」
 店の奥から、フランベルジュとヴァールがやって来る。
 驚いた事に、ヴァールも掃除道具を手にしていた。
 一方のフランベルジュはというと――――
「……?」
 その手に、見覚えのない弓と矢筒を抱いていた。
 弓は相当に高価な物で、武器屋で購入出来る物としては最高級の代物。
『ユヌシュエットアルク』と言う名の業物だ。
「これ、店の玄関に置かれてたんだけど、注文でもしてたの?」
「いや……買った覚えはないけど。何か書き置きとかなかった?」
「ううん。あ、でも矢筒に入ってるかも」
 矢の方をフェイルに預けたフランベルジュが、矢筒の蓋を開けてみる。
 そこには、やはり高価な『フォコンの矢』十二本が詰まっていたが、
 その矢の中の一本に、紙が結ばれてあった。
 フェイルはフランベルジュに向けて一つ頷き、その紙を解いて広げる。

「フェイル=ノート様へ。この弓は――――」

 そこまで読んだところで、フェイルは半ば反射的に振り向き、
 その足で開けたばかりの扉を蹴飛ばし、再度外へと出る。
「ちょっ……何なのよ一体! 最後まで読みなさいよ!」
 怒鳴るフランベルジュを背に、走り――――辿り着いたのは、
 薬草店【ノート】の西側、その向かいにある武器屋【サドンデス】。
 武器といえば、近所で思い当たるのはその場所しかない。
 尤も、フェイルが弓を使うなど、この店の主人であるウェズ=ブラウンが
 知る筈もなく、また既にそのウェズ自身、もうこの世にはいないのだが――――
「あ……」
 案の定、サドンデスは店を畳んでいた。

『店主急死により閉店致します 長い間ご愛顧頂き ありがとうございました 無念です』

 それは――――ウェズの妻が書き記したと思われる張り紙。
 言葉使いこそ丁寧だが、その筆跡は先程読んだ矢に結ばれていた
 手紙と同じだった。

『フェイル=ノート様へ。
 この弓は、武器屋サドンデスで預かっていた物です。
 商品ではなく、あなたに渡すよう言われていた物なので、どうぞお納め下さい。
 
 私の主人のウェズは、アバリスという方に頼まれてあなたの監視をしていました。
 アバリスさんは、主人の古い友人とのことです。
 彼の遺書にそう書いていたので、間違いありません。
 監視とはいっても四六時中見張るのではなく、何かあなたが困っていたら手助けして欲しい、
 人の道に反する事をしようとしたら思い留まらせて欲しい、といった内容だったようなので、
 どうか気を悪くしないで貰えたら幸いです。

 この弓矢も、アバリスさんから預かった物です。
 もし薬草店ノートが閉店する事があったら渡して欲しいと
 頼まれていましたが、私達の方が閉店する事になり、この度
 ヴァレロンを離れる事になりましたので、勝手ながらお渡し致します。
 どうぞご了承下さい。』

 アバリス=ルンメニゲ。
 元エチェベリア宮廷弓兵団隊長で、フェイルの直接の上司。
 その名前が出てきた事に、フェイルは驚きを禁じ得なかった。
 不義理を働いてばかりだった上司に、このような気配りをされる事など
 想定出来る筈がない。
 何故、ここまで自分を――――それを聞ける相手はもう、
 王宮にも、そしてこの街にも、いない。

 ウェズの妻の手紙は、最後にこう綴られていた。

『主人は監視という日課を、とても楽しそうに務めていました。
 頼まれたとはいえ、あなたが日に日にこの街に馴染み、立派に
 お店を維持し続けている姿を、嬉しそうに見守っていました。
 早朝に交わす会話を、毎日本当に生き生きと、私に教えてくれました。
 あなたという友人を得て、幸せだったんだと思います。

 どうか、ウェズ=ブラウンの事を覚えていてね。
 彼が唯一、戦場以外で知り合ったお友達。それがアンタだから』

 ――――歯を食いしばる。
 足りない。
 手紙を握る手を振るわせ、爪を食い込ませる。
 足りない。
 色んな感情を噛み殺し、それでも尚込み上げてくる強烈なこの衝動を
 抑え込むには、一体どうすれば良いのか。
「どうすればいいんだよ……こんなの」
 答えがわからないまま――――フェイルは数滴の涙でクシャクシャに
 なった手紙を汚した。





 

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