仮に諜報ギルドという施設が街の観光案内に名所の一つとして
 紹介されるなら、見所には『情報を知りたい人はぜひお越し下さい』と
 明記されるだろう。
 実際、諜報ギルド及び情報屋に対しての一般的な印象はこれだ。
 だが実のところ、諜報ギルドが社会から重宝される最大の要素は、
 情報の収集や開示ではない。
 操作だ。
 情報を取り扱う諜報ギルドは、万に一つの誤報も許されない。
 偽の情報を掴まされ、信用をなくせば、存在意義そのものが失われる。
 そういった先入観から、また情報を商品としている事から、
 利用者は自然とその情報が正確であると決めつけている。
 より正しい表現としては、『正確だと決めつけている人が諜報ギルドを
 利用する』という事になるだろう。
 だからこそ、その前提があるからこそ、操作する事に高い有意性が生じる。
 ただしそれは、決して知られてはならない。
 利用者は勿論、同業者にも、そして創業者にも。
 諜報ギルドは個人経営故に、示し合わせて情報操作を行う事はない。
 それをすれば、何処かで必ず綻びが生じるからだ。
 まして、一般的な階級制度そのままに、上司が部下に操作を強制する
 などという事があれば、確実に部下の誰かがそれを漏らす。
 だが、各自がそれぞれの判断で、真実たる情報に何かしらの操作を行っており、
 その事実を一切明言していないとすれば、そこには諜報ギルドへの
 社会的先入観も重なり、完全な秘匿性が生まれる。
 何故なら、一定以上の重要性を持つ情報の売買に関しては、諜報ギルドの
 独擅場となっているからだ。
 そして何より――――
「僕がそう思う一番の理由は、その独占状態が黙認されているという事実。
 競争相手がいない商売は、確実に腐る」
 そう断言したフェイルは、ずっと隣を歩いていたファルシオンより
 一歩先んじて、自身の店【薬草店ノート】の入り口の前に立った。
 ここへ戻って来たのは、一体何日振りなのか。
 三日と経っていない気がするし、一年以上空けていた気もする。
 そんな感慨もありつつ、扉に手をかける。
 鍵は掛けていなかったし、既に"先客がある"事も確定済み。
 予想以上にシュロスベリー家で時間を取ってしまったし、
 これ以上待たせる訳にはいかない。
 だが――――
「だからフェイルさんは、諜報ギルドを完全には信用していないんですね」
 直ぐ後ろから聞こえるそのファルシオンの声を無視する訳にはいかず、
 一旦立ち止まる。
「そして、だから……ここにアルマさんを連れてきたんですね」
「一応、治療が必要かもしれないっていう名目もあるよ。なら病院でいいのでは、
 なんて言わないでよね」
「はい。諜報ギルド、病院……無条件では信じられない施設が増えてきましたね」
「こうなってくると、自分達が悪者みたいに思えてくるよ」
 苦笑を交え、冗談を吐きながらフェイルはアニスと会う前の事を思い返していた。

 ――――諜報ギルド【ウエスト】。
 トリシュ=ラブラドールがその支隊長だと明かされた時の驚きは、
 今も鮮烈に残っている。
 未だに信じられないくらいだし、彼女と妙に仲良くなっていたフランベルジュに至っては
 魂を抜かれたかのように唖然としていた。
 だが、事実は事実。
 花葬計画の全容、そしてメトロ・ノームの生い立ちについてデル=グランラインが
 語ったのち、逃げ出す事なく大人しくしていたのが、その証だった。
「でも、諜報ギルドが信用出来ないなら、デル=グランラインの口から語られた情報……
 花葬計画やウエスト襲撃の真相についても信用出来ない事になりますね」
「少なくとも、正しい事を前提には出来ないね。でも、的外れって事はないと思う。
 情報を巧みに操る人達は基本、大半の真実と少量の嘘を混ぜるものだから」
「……耳が痛いですね」
 自らの素性を欺いていたファルシオンは、思わず視線を逸らす。
 それが戯けた仕草なのは明らかだったが、フェイルは本気で謝るべきかどうか迷った末、
 やはり謝るべきじゃないと思い留まった。
「諜報ギルドの襲撃――――それ自体は、バルムンクさんの仕業で間違いない」
 トライデントがそう詰め寄った際、デルは『六十五点』と表現していた。
 なら、全くの間違いではない。
 可能性として最も高いのは『他にも襲撃者がいた』だろう。
「ギルド内にあった沢山の遺体……出血が見当たらなかった。バルムンクさんの
 戦闘スタイルと、その事実は噛み合わない」
「確かにそうですね。だとしたら、バルムンクさんを誘き出す為にアルマさんを
 ギルド内に監禁したというトライデントさんの推察も、完全正解ではないと」
「他にも何かあるかもしれない。ただ――――」
 その刹那、不意に扉が開く。
「……」
 そこには、物言わぬアルマの姿があった。
「あ……えっと、ただいま」
 咄嗟に出てきたその言葉が、場違いではないのだが、余りにも滑稽なのを自覚し、
 フェイルは思わず赤面し顔を手で覆う。
 その指の隙間から覗くアルマの顔は、メトロ・ノームにいた頃の彼女と
 何ら変わりはなかった。
 
『その時は、フェイル君が呼びに来てくれると良いな。お礼はその時まで
 とっておくから』

 そう。
 その約束を交わした時も、そして今も、アルマはずっとアルマのまま。
 だが彼女を取り巻く環境は、大きく様変りしてしまった。
 
『管理人たるアルマ=ローランには生物兵器への造詣がある。彼女はその為に
 この地下の管理人を任されたと言っていいだろう。封術士であり、かつ生物兵器に
 縁のある人物。打って付けだったのだろうな』

 フェイルが最後にデュランダルと会った時、聞いた科白。
 そしてメトロ・ノームが生物兵器の収容所となっているとも彼は言っていた。
 ならばアルマは、メトロ・ノームの管理人であるのと同時に、生物兵器研究における
 管理人という事が出来る。
 アルマがそれを理由に狙われているのは間違いないだろう。
 そして、生物兵器の収容所を封印する事を必要としている勢力となれば、
 やはりそれは花葬計画・一、二、或いはその両方だろう。
 理由は幾らでもある。
 アルマが、生物兵器の材料を何処かへ隠し封印しているかもしれない。
 逆に、封印する必要があるのかもしれない。
 勿論、メトロ・ノームそのものの封印と解除を必要としているとも考えられる。
 メトロ・ノームが生物兵器の研究を行う上での秘密基地のような場所だと考えれば、尚更だ。
 こういった状況から、デル達諜報ギルド【ウエスト】がアルマを拉致した理由は二つ考えられる。
 一つは――――アルマの身柄を確保して欲しいという、花葬計画に携わる連中の依頼を受けて。
 そしてもう一つは――――アルマを花葬計画の実行者から匿って欲しいという、
 反・花葬計画の連中の依頼を受けて。
 いずれにせよ、アルマが無傷で匿われていたのは、彼女が今後必要とされている
 証でもあり、この二つに絞られる理由でもある。
 だが、もしそうならば【ウエスト】が彼女を簡単に手放す筈がない。
 なのに、ここへ来る前に目覚めたアルマは、フェイル達に身柄を確保される形で、
 その後自分の足でフランベルジュと共にこの【薬草店ノート】へとやって来た。
 その許可を出したのが――――
「あれれれれれれれれれれれ、もうお帰りになられましたか。こっちはまだまだ
 お掃除中でありますので、もう少し時間を潰してくださいやがれ」
 埃を払う掃除道具を片手で振り回しながら、アルマの後ろでそう叫ぶトリシュだった。





 

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