王宮の隠し部屋で見た事について、フェイルは既にファルシオンへ開示していた。
 そこに記載されていた中にあった、自分にとって耐えがたい内容も含め。
 実験体。
 フェイルを指し、その言葉は書の中で使用されていた。
 誰が何の為に?
 既にその答えは出ていたし、裏も取れた。
 ビューグラスが、自分の目的の為にフェイルを実験体にした。
 そうフェイルは確信している。
 先程アニスは、自分の異常性からフェイルを守る為にジェラール村へ
 退避させたと持論を語っていた。
 理屈は通る。
 だが、それは彼女の中に父親が父親らしい行動をとる事を望む心が
 残っているからこそ、唱えた理屈でもある。
「……どうしてフェイルさんが、実の父親に対して余所余所しい、
 他人行儀な言葉使いをしているのか、気になっていたんです」
 並び歩きながら、ファルシオンはそういった切り口で話し始めた。
「幾つか答えの候補はありましたけど、一番妥当性があるのは、言葉は悪いですが
 最も陳腐な理由です」
「あんまり聞きたくないけど……聞くよ」
「畏怖と、嫌悪。それに尽きます」
 肉親や配偶者を相手に敬語を使い、極力遜るというのは、粗の相手に対し
 心を完全に閉ざしている証拠。
 フェイルがビューグラスに対してとっていた態度は、それに一致する。
 以上がファルシオンの見解だった。
「フェイルさんが幼少期、父親とは別の場所で育っていた事は知っています。
 その後、育ての親というべき人間がいた事もです。それで実の父親に
 父性を、父親である事を感じなくなった可能性も考えましたけど……
 結局、そういう理由であればこだわらないと思うんです」
「僕のビューグラスさんへの対応は、こだわりがある?」
「あります。今にして思えばですけど、相当距離をとっています。
 だけど、憎しみだけでもない。愛憎という表現も、ちょっと違います。
 寧ろ怯えに近い印象です」
「……鋭いね、相変わらず。ファルは」
 フェイル自身、人を洞察する力には一定の自信があった。
 単に瞳に映るものだけでなく、映らないものも率先して理解するよう
 心掛けて生きてきたからだ。
 それが、二つの特殊な目を持つ自分への戒めでもあったし、
 宮廷という厳しい環境での処世術でもあった。
 そのフェイルをもってしても、ファルシオンの眼力は感心を飛び越え
 脅威すら覚えるものだった。
「確かに僕は、あの人を恐れてる。それは物心つく前の話なんだろうと思うよ。
 自覚がないから」
「恐れるようになった自覚が、ですか?」
「それもそうだし、恐れているっていう自覚そのものがない。
 自分を客観視して、初めて彼を怖がってる自分が顔を出す」
 すんなりそう言い切るフェイルだが、そこまで自分を客観視出来る人間は稀だ。
 恐怖という感情は、能動的に発するものではない。
 自覚を持つ場合は、そういう状況であるとか、自分自身の心や身体の変化など
 客観的な評価に基づき『気付く』ものであって、いわば元々客観性に由来するものだ。
 だがそこで自覚がないという事は、自分自身の変化を材料としない、
 あくまで外部の状況でのみ判断する事になる。
 そういう恐怖は、果たしてどのような種類のものなのか――――
「幼少期にすり込まれた恐怖、ですね」
「うん。だから僕は、当時自分が彼に何かをされたと思ってる」
 その"何か"が実験を指すのは、言うまでもない事だった。
 その後、預けられたジェラール村は伝染病の脅威に襲われた。
 関連がないとは到底思えない。
 その二重の推察が、推察の域を超えた本能となり、ビューグラスに畏怖を覚えている。
 そう解釈すれば辻褄が合うし、王宮の隠し部屋の記述とも一致する。
 何より、今のビューグラスの行動理念にも。
 だからフェイルは、限りなく実の父親と心の距離を置いてきた。
 それは、物理的な距離を置く事が許されないからでもある。
「……彼がアニスを救おうとしているのは確かだ。でも彼は明らかに、目的の為に
 手段を選ばない人間になってしまっている。そういう人間は大抵、目的そのものを
 自分の中で完結させてしまってるんだ」
「それは……どういう事ですか?」
「アニスの中の生物兵器を取り除く。それさえ出来れば、アニスのその後の人生が
 どうなろうと、知りはしない」
 ――――実際に、ビューグラスがそう思っている訳ではないのだろう。
 正確には『生物兵器を取り除けばアニスが幸せになるに決まっている』かもしれない。
 だが、本来最も重要な筈のその部分は、思考停止となってしまっている。
 手段を選ばなくなるほど道徳心を失った人間の、なれの果てだ。
「危険だと思った。アニスを助けなきゃ行けない、助けられるのは僕だけだって」
「だから、王宮を出て薬草士になったんですか」
「うん。僕が薬草士になれば、彼は……ビューグラスさんはこう思う筈だから。
『自分に対し、何らかの強い意識の元に動いている』って」
 それは例えば――――

 王宮内でビューグラスの花葬計画に対するアプローチに関し異を唱えている勢力がある。
 その勢力が、フェイルを間者としてビューグラスの元へと送り込む。
 薬草士という共通点があれば、懐に入り込みやすい。
 まして血縁関係があるなら、気を許すに違いない。

 ――――といったシナリオ。
 少なくとも、ビューグラスは自分に関連した何らかの企みがあると思うだろう。
 その企みを成就させる為に、フェイルが自分の監視役に選ばれた。
 そう判断せざるを得ない。
 実の息子が、自分と同じ職業になって王宮から帰ってきたのだから。
「案の定、彼はいち早く俺を自分の目の届く場所に置いた。監視役を監視するつもりだったと思う」
「そう警戒させる事で、アニスさんに無茶な薬の投与などをさせないよう牽制していたんですね」
 それは――――世界一悲しい駆け引きだった。
 やがてビューグラスは揺さぶりを掛けてくる。
 自分の障害となる人物を、排除して欲しいと依頼してくる。
 フェイルが王宮で暗殺者紛いの訓練を受けていた事を、フェイル自身が話したからだ。
 勿論それは、ビューグラスへの牽制の一環だった。
 それを逆手に取り、ビューグラスは自分の外敵を処理させる事で、フェイルの
 与している勢力を推し量ろうとしていた。
 もしフェイルが『この人物だけは仕留められない』と言えば、そこから誰が背後にいるかがわかる。
 だが、フェイルにはそのような後ろ盾はなく、結果的にビューグラスの目論見は失敗に終わった。
 同時に、フェイルも失敗した。
 標的を奪われ、依頼に失敗し、その結果ビューグラスの元を離れざるを得なくなった。
 尤もその頃にはもう、牽制は十分に果たしてはいたし、アニスをヒューグラスが
 どう扱っているのかも確認出来ていた。
 ただ、ビューグラスが何をしようとしているのかまでは掴めなかった。
 そういう中途半端な段階で再度親離れしたフェイルは、その後勇者一行と共に
 様々な厄介事に巻き込まれ、そして現在に至る。
「出来れば、ビューグラスさんが穏便に、アニスを普通の状態に戻せれば、それが一番だった。
 でもやっぱり、そういう訳にはいかないみたいだ」
「彼は暴走しています。そしてその暴走は、もう彼とアニスさんだけの、そして
 花葬計画だけの問題ではありません」
「そうだね」
 フェイルは不意に立ち止まり、空を見上げた。
 夕刻が終わろうとしている。
 空は少しずつ、星を浮かべ始めていた。
「このままだと――――約束が守れない」
 デル=グランラインから得た情報。
 アニスとハイトから得た情報。
 その二つが合わさった今、フェイルがアニスと同じくらい心配し、そして懸念しているのが――――
「……」
 目を覚まして以降、一言も言葉を発しなくなったアルマ=ローランの行く末だった。





 

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