ハイトの来訪に意外性はなかったが、それでもフェイルは自然体で彼を
 迎え入れる精神状態にはなれず、露骨に顔をしかめる。
 この場所、そして彼。
 どうしても、あの殺人現場を思い出してしまう。
 例え眼前の司祭が、不死もどき――――既に死んでいる人間という事実を
 受け入れているとしても。
「生憎、偶然ではありません。私は彼女の"保護者"ですので」
「保護者……? 父親がいるアニスを、どうして貴方が?」
「その父親に依頼されているからです。それも、遥か以前から」
 本来、保護者であるべきビューグラスが、そのような頼み事をする理由は一つ。
 彼自身が、保護者としての役目を果たせない立場にいるからだ。
「私は彼の……ビューグラス=シュロスベリーの味方です。いや、彼に依存
 しなければならない。故に彼の愛娘であるアニスさんも味方です。
 貴方が以前ここで見た光景は、かなり衝撃的だったでしょうが……
 彼女が私を殺そうとした訳ではないのです」
「それはわかってるよ。アニスがそんな事をする訳ない」
「フェイル……」
 アニスは断言するフェイルを、今にも泣き出しそうな顔で、じっと眺めていた。
「ただ、僕の持っている情報じゃ、その理由について正確に予想するのは難しかった。
 だから、あの時の事は正直思い出したくないんだ。今は」
「現在起こっている出来事を消化するだけでも精一杯……といったところですか。
 であるならば、聖職者として迷える子羊を救って差し上げたい」
 ハイト=トマーシュという人間を、フェイルは掴みかねていた。
 勇者一行がこの街を訪れる前の、好青年の司祭という印象は既にない。
 一方、生物兵器によって人生を狂わされた、自分達と似た境遇という親近感もない。
 かといって、敵であると見なす材料もなく、その立ち位置はかなり曖昧だ。
 彼が勇者計画、花葬計画に何処まで関与しているかも定かではない。
 わかっているのは、アニスの保護者という言葉をアニス自身が否定していない以上、
 真実であるという点。
 そして、彼がもうこの世にいない『迷える死者』である点だ。
「フェイルさん。今の貴方に入り組んだ説明をするのは不親切でしょう。ですから
 詳しい事は敢えて伏せて、簡潔に結論をお教えします。ビューグラスさんは
 このエチェベリアを敵に回そうとしているのです」
「……」
 ハイトの発した情報は、フェイルにとって驚くべき内容ではなかった。
 既にビューグラスがアニスを救う為、指定有害人種の救済を目的とした『花葬計画・二』を
 強行しようとしているのは明らか。
 これは本来の花葬計画の目的からは一部離れており、もしそこに対立点があれば、
 自然と花葬計画を動かしている勢力とは敵対する構図となる。
 国家が主導しているのは勇者計画だが、『花葬計画・一』についても
 確実に関与している。
 先程デルから得た情報によれば、花葬計画は元々『生物兵器の大規模人体実験』を
 目的とした計画だった。
 それが時代と共に、目的ではなく手段となっていった。
『花葬計画・一』の正しい定義をフェイルは知らないが、ここまで得た情報からは
 従来の花葬計画の流れを汲んだ内容だとほぼ確信している。
 そしてその計画中に、人体実験によって生まれた"失敗作"――――指定有害人種の殲滅が
 含まれている事も。
 もしそうなら、勇者計画と花葬計画・一は、最早区別する必要がない。
 要はどちらも『エチェベリア国にとって都合の悪い事を排除する』という計画であり、
 それを実行するのは国家の意思。
 実行者が国に仕える騎士デュランダルなのは当然の事だった。
「……そうか」
 そこまで考えたところで、フェイルは一つの結論を得た。
「ハイトさん。カラドボルグ=エーコードという医師を知っていますか?」
「ええ。医師会の"ナンバー11"に属する凄腕です。そして、ビューグラスさんの
 理解者の一人でもあります」
「その彼から聞いた話では、花葬計画は二つに枝分かれしているそうですね。
 元々は、エチェベリアが隣国……貴方の母国、魔術国家デ・ラ・ペーニャに対抗すべく
 生物兵器を実用化する為の試験が、そう呼ばれていた。でも、今はその流れを汲む計画と、
 ビューグラスさんが関与している計画とでは同じ花葬計画でも最終目標が違う。カラドボルグさんは
 前者を『花葬計画・一』、後者を『花葬計画・二』と呼んでいました」
「そうですね。ビューグラスさんは違う呼び方をしていましたが、その呼称で構いません。
 続けてください」
 フェイルは小さく頷きながら、アニスの方に目を向けた。
 本来、このような小難しい上にきな臭い話を好む少女ではなかった――――が、食い入るように、
 或いはしがみつくように口を強く閉じ、話に耳を傾け続けている。
 その姿に、フェイルは今更ながら強く自覚した。
 もう、以前のような日常は帰って来ないのだと。
「……花葬計画・二を目論むビューグラスさんが、花葬計画・一を押し進める勢力と敵対するのは
 自然です。先程ハイトさんの言った結論は、この事を指している。でも……それはあくまで現場、
 つまりこのヴァレロン新市街地とメトロ=ノームでの事。計画を裏で糸引きしている人間には、
 花葬計画が分裂している事は知られていない」 
「御名答です。やはり貴方は一介の薬草士にしておくのは惜しい。一で十を知る人間は稀ですが、
 十から一〜九を取り出せる人間もまた稀なのです」
 フェイルの言葉はまだ途中だったが、ハイトはフェイルが既に九まで理解したと確信し、
 最大の賛辞を送った。
「そう。花葬計画に関わる多くの人間は知っている。だが貴方も一時期身を置いた王宮で
 計画の動向を見守る尊き身分の人々は、ビューグラスさんの狙いをまだ知らない。
 花葬計画・一を押し進めている国家からの刺客も、恐らく気付いてはいるでしょうが、
 それを遠く離れた王宮に報告するには時間が掛かる。何より、伝える意味が皆無ですから」
 何故、伝える意味がないのか。
 勇者計画を裏で糸引きしているのは、エル・バタラ決勝を観戦しに来ていた
 エチェベリア国王位継承順第一位・アルベロア王子である事に疑いの余地はない。
 だが花葬計画の首謀者は彼ではない。
 この計画は、遥か昔から継続して国の長が自らの権限で実行している。
 現在は――――国王ヴァジーハ八世。
 花葬計画の生い立ちから、それ以外に考えられない。
 国王に『花葬計画の協力者が裏切った』と報告したところで、実のある助言が得られる訳でもないし、
 助っ人が必要な訳でもないのだから、この状況下で率先して報告する意義は乏しい。
 事後報告で全く問題ない。
 寧ろ、下手に国王へ報告すれば、『回答待ち』という不要な時間を設けてしまう事になる。
「ですが、もしも『花葬計画・二』の関係者が、他国――――この場合はデ・ラ・ペーニャ以外は
 考えられませんが、そのデ・ラ・ペーニャの間者や協力者であった場合は全く話は変わってきます。
 当然、その身柄確保が最優先事項となるでしょう。そして花葬計画・二の存在を知られた場合、
 それがデ・ラ・ペーニャの仕業だと考えるのは自然です。生物兵器の標的たる彼らが
 邪魔をするのは、余りに妥当なのですから」
「だから、貴方はビューグラスさんの娘、アニスに『殺されたフリ』をした。シュロスベリー親子が
 デ・ラ・ペーニャの関係者ではないと証明させる為に」
「……この屋敷は『花葬計画・一』の関係者によって監視されていまして。それを逆に
 利用してみたのです。尚、現在は監視はいないようですね。上手く騙されてくれたようです」
「だったら、こうして生きてる姿で彷徨くのはマズいんじゃないですか?」
「死んでいる必要はありません。殺されかけた、という事実があれば、デ・ラ・ペーニャの
 関係者という疑いは晴れますから。運良く助かった。それだけの事です」
 確かにそれは道理。
 フェイルはようやく、あの日の夜の事を冷静に振り返る事が出来た。
「でも、実際にはどうなんですか? さっきの貴方の言葉から察すれば、ビューグラスさんは
 少なくとも魔術士の協力を得ているみたいですけど」

『そのビューグラス=シュロスベリーの行動が、魔術学を動かしたのです』

 ハイトは国名ではなく、学術分野としての魔術を口にした。
 果たしてその意味は――――

「……難しい事ではありません。彼が今行っている事が、魔術の発展に影響を及ぼす可能性がある、
 という事なのです」
 司祭の言葉は、雨を吸った真綿のように重みを増していった。





 

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