エチェベリアという国には、さしたる特徴がない――――
 他国の一般人からそう揶揄されていたのは、そう遠くない過去の事だった。
 隣国には魔術国家。
 大陸中央には、要塞国家や侵略国家といった物騒な二つ名もある。
 その中にあって、エチェベリアという国は冠を持たない国家として知られていた。
 そこには二つの真実がある。
 一つは、実際に世界へ誇るべき技術や資源、国際的貢献や事業が存在しない事。
 そしてもう一つは――――意図的に規制している事。
 実はエチェベリアは一時期、"学術国家"と呼ばれていた時代があった。
 世界中から学者を集め、とある研究を行っていたからだ。
 しかし期間は決して長くはなく、歴史の中に埋もれてしまった。
 より正確には――――埋めてしまった。
 何故ならその"とある研究"とは、到底他国からの、そして市民からの理解を得られない、
 血塗られたものだったからだ。
 その時期から隠蔽体質が確立され、水面下ではエチェベリアという国の特色、
 或いは本分ともいうべき未来が決定した。

 事の発端は――――自衛だった。
 隣国の魔術国家デ・ラ・ペーニャとの関係が悪化し、国を守る為に魔術対策が
 急務となった。
 当初は『魔術を防ぐ』研究が行われ、その過程でデ・ラ・ペーニャから
 数多の魔術士を引き抜き、彼らから技術を学んだ。
 本来、魔術士は自国以外にその技術を伝える事は禁じられている為、
 全てが秘密裏で行われた。
 だが、成果は然程あがらなかった。
 魔術を防ぐ為に必要な素材が余りに少なく、高価だったのが原因だった。
 急務である以上、長期的な計画に基づいた研究は行えない。
 その結果、根本からの見直しを迫られた研究班が出した結論は――――

 多数の魔術士を殺す事の出来る人間の開発。

 その為に目を向けたのが、魔術士と敵対している少数民族。
 トゥールト族と呼ばれている彼らから、"生物兵器"を取り入れるよう画策した。
 生物兵器はその危険性から、他国の監視の目がかなり厳しい。
 もし国をあげて研究している事が明るみに出れば、エチェベリアは確実に
 四面楚歌となり、国家としての立場はおろか、物理的な崩壊も免れない。
 そこで、当時の国王ヴァジーハ一世は、一つの計画を立案した。

 それは"勇者計画"。
 表向きには、戦争による殊勲以外で民間人が出世できる称号を設ける事で、
 国内の活性化、武力の押し上げを図るというものだったが、実際にはその狙いは
 副産物に過ぎず、実際には別の意図があった。

 ――――生物兵器の実験台。

 魔術の効かない身体。
 常軌を逸した身体能力。
 そして、驚異的な生命力。
 そんな屈強という言葉では表現出来ない戦士を生み出すべく、第一次勇者計画は
 出発した。

 その計画において重要視された学問が、六つ。

 生物兵器の要となる『生物学』
 屈強な戦士に育てる為の『兵学』。
 膨大な研究費を捻出する為の『経済学』。
 魔術を無効化する身体を造る為の『魔術学』。
 生命力の増幅を目標とする『医学』。
 そして――――生物兵器と人間を結ぶ鍵となる『薬草学』。

 この六つを柱とした研究は、決して他国から目を付けられないよう、
 また自国の住民に悟られないよう、地下の施設で行われる事となった。
 その施設は、研究が進むにすれより広大な空間を必要とし、
 やがて"地下都市"と呼ばれるようになった。
 それが【メトロ・ノーム】の真実だ。
 
 当初の研究は順調だった。
 しかし研究とは得てしてそういうもので、一つ躓けば頓挫し、
 一つ頓挫すればそこから一気に崩壊していく。
 生物兵器を軸とした、対魔術士を想定した戦士の開発は、大局的な観点から言えば
 失敗だった。
 原因の一つは、人材の限界にあった。
 勇者計画と称して集めた、優れた才能を持つ一般人の数には当然限りがある。
 募集を続けても、研究を円滑に進められるだけの数を確保するのは困難だった。
 加えて、生物兵器の制御、調整が極めて難題だった事も躓きの理由となった。
 生物兵器と相性のいい人間でなければ、まるで研究にならない。
 身体はどんどん崩壊し、精神も乱れていく。
 経過観察すらままならない。
 優秀な才能を持った人間が、家畜のように使い捨てられていく。
 奴隷のように、死の順番を待っている。
 メトロ・ノームはいつしか、監獄になっていた。
 費用にも限度がある。
 生命にも限りがある。
 その中で、確実に成果をあげる事は、当時最高峰の頭脳を集めて組ませた研究班であっても
 不可能だった。

 ならば――――生物兵器に適した人間を広く、より広く募ればいい。

 ヴァジーハ一世の下した結論により、その計画は施行された。
 例えば井戸。
 例えば川。
 例えば料理。
 人間が体内に摂取する水、食料に生物兵器を混入させ、耐え得る身体を持つ人間を探す。
 その、倫理的観点からはにわかに信じがたい計画は、実際に歴史上において
 実行に移された事があった。
 影響は他国にまで及んだが、第一次勇者計画を完璧に秘匿していた事もあり、
 国家ぐるみの仕業だと疑う声は殆どあがらなかった。
 斯くして、計画は順調に進んだ。
 生物兵器によって身体に変調を来した人間は数多くおり、長年の調査によって
 その記録は次々と積み重ねられ、王城の一室で保管された。
 国王が変わり、次の代、また次の代と時代が流れていく中、生物兵器の拡散は定期的に行われ、
 その都度国民の誰にどのような変調があり、どのような力を得たかが記録されていった。
 そしてその何倍もの数の人間が、命を落とした。
 まるで花のように、さも当然であるかのように短く散っていく命。
 この計画は、皮肉を込めて"花葬計画"と呼ばれるようになった。
 更に時代は進み――――花葬計画には変化が現れるようになる。
 生物兵器への強い免疫を持つ人間の中に、精神だけが壊れる者が増えてきた。
 指定有害人種。
 他人への害悪となる可能性が70%を上回ると目される者はそう呼ばれ、駆逐の対象となった。
 だが、中には類い稀な戦闘能力を有する者もいた為、当時の国家は始末に手を焼いた。
 精神が壊れている為、懐柔も不可能。
 加えて、指定有害人種が他国に移動する、または他国で生まれるようになれば、
 勇者計画に端を発する一連の非倫理的な活動が他国に漏れてしまう。
 国家は勇者計画、および花葬計画の一部を凍結する事、そして研究施設である
 メトロ・ノームの破棄を決定した。
 だが、そこにはメトロ・ノームという空間を愛し、守ろうとする者達がいた。
 彼らは星を見る生活を放棄し、地下に住まう道を選んだ。
 神が人間に与えた生きるべき世界から逸れ、国家という絶対的正義に背いた彼らは人知れず――――


 "アマルティア"と呼ばれていた。 




 

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