デルの不可解な力を事前に目撃していた事もあり、油断は一切なかった。
 フェイルだけでなく、ファルシオンも、トライデントも、ヴァールも。
 だが、デルの動きはその警戒網をも突き破るものだった。
 何故なら、自律的な行動とは到底言い難いものだったからだ。
 その予想だにしない動きは、反応と外因的移動の混合によってもたらされた。
 そして、その後者の要因となったのは――――
「ようやく見つけたヨ。キミが支隊長だ」
 今し方、支隊長室の壁に激突したデルの視線が指す人物。
「ウケケケケ。よく防いじゃいましたね。褒めてあげます」
 剣を握った左手をプラプラと揺らす剣士。
 トリシュ=ラブラドールその人だった。
「トリシュさんが……【ウエスト】の支隊長?」
「俺としても、意外なところだったヨ。前支隊長の子供がまさか
【ウォレス】に所属してたなんてネ。見つからないワケだ。優先度の低い
 他分野のギルドにいたなんてサ」
 傭兵ギルド【ウォレス】所属の剣士が、諜報ギルド【ウエスト】の支隊長。
 しかも、明らかに情報屋とは縁遠いトリシュが。
 その情報自体が撹乱目的ではと疑わざるを得ないほど、突拍子もない情報に
 フェイルとファルシオンは暫し呆然と立ち尽くしていた。
 決してそれほど親睦を深めた仲ではない。
 だが、その短い期間の中でも、トリシュに情報屋としての要素など微塵も
 感じられなかった。
「そんな話は聞いていないな。とても信じられない」
 ヴァールも同意見だったらしく、元々鋭い目を更に鋭利にし、デルを睨む。
 トライデントもまた、口にこそ出していないが懐疑的な表情だ。
 だがそのデルは、これだけの人数の敵を目の前にし、トリシュ一人だけを
 常に凝視していた。
「仮にも諜報ギルドのトップだからネ。自分の知られたくない情報を
 保護する術は、当然心得ているでしょ。尤も、彼女の場合は自ら身につけたのではなく
 親からの教育で得た知識と人脈に過ぎないのでしょうガ」
「もう一つ褒めてあげます。随分とお金を使ったんじゃないですか?
 トリシュは安くないですからね」
「ええ。命を餌にして魚を釣るような日々で稼ぎに稼いだ私財の七分の六を投げ打って、
 どうにか捕まえた情報が『この街に住む指定有害人種の一人』ですからね。
 随分と苦労させられましたよ」
「ケケケ、まー見つかっちゃったものは仕方ないでござりまするねー」
 相変わらず奔放な口調で軽々しく発せられる、トリシュの言葉。
 だが会話は確実に繋がっている。
 それはトリシュが本当にこの【ウエスト】の支隊長である証に他ならない。
 だが、そうなってくると――――
「教えて欲しいものね。どうしてそんな立場の人間が、私達と行動を共にしてたのか」
 まさに、フェイルがそう問おうかと迷っていた矢先、その声は聞こえてきた。
 デルが現れた隠し部屋の入り口と思しき、高級棚に隠れていた扉が開き、
 声の主が現れる。
 そこには――――普段のまま、どこも傷めていないフランベルジュの立ち姿があった。
「フラン!」
「無事だったんですね」
 ようやく安否が確認出来た事に、フェイルとファルシオンは安堵の息を吐きながら
 デルへの警戒は解かないまま歩み寄る。
 尤も、デルに敵意は感じられない。
 実際、彼が探していたのがトリシュなら、フェイル達と敵対する理由はない。
「心配かけて御免なさい。でもその分、成果はあるのよ。私の手柄って訳じゃないけれど」
 そう微笑みかけたフランベルジュが誰かを背負っていた事に気付き、フェイルは
 慌ててその背後へ回る。
 すると――――彼女の背中の上から、小さな寝息が聞こえてきた。

 アルマ=ローランの。

「……よかった」
 思わず漏れたその言葉に、一体どんな感情が宿っていたのか。
 自分自身よくわからないまま、フェイルは寝入っているアルマの美しい髪を
 無意識の内に右手で掬っていた。
「一体何があったんですか?フラン」
 いつの間にか、そのフェイルの直ぐ隣に移動していたファルシオンが、
 微かに早口で問う。
 だが、それに対する回答は――――
「それについては俺が説明するヨ。そこのフェイル君が買ってくれた事だしネ」
「……敢えてこの場に出てきたのは、最後の一稼ぎをする為だったの?」
「先に彼女が出て行ったら、売る機会がなくなるからネ。ま、心配しなくても
 ツケにしておいてあげるヨ。キミは"お得意様"の身内だからサ」
「……」
 お得意様――――それが誰を指しているか、フェイルは直ぐに理解した。
 フェイルにとって身内と呼べる人物は、最早一人しかいないのだから。
「勝手に話を進めているようだが、こちらの話は終わっていない。
 デル=グランライン、お前には勇者計画および花葬計画の妨害容疑が掛かっている」
「スティレット様を裏切ったのなら、私は貴様を許さない」
 いがみ合っていても、兄妹なのか。
 妙に息の合った言動でデルを追い詰めるトライデントとヴァールに、
 フェイルは心中で苦笑を禁じ得なかった。
 が、直ぐに引き締める。
 フランベルジュとアルマは無事見つかった。
 ここに乗り込んだ目的は果たした。
 しかし、このデルという人物を中心に、今まで見えなかった糸が何本も
 見えそうになっているのは間違いない。
 その中には、フェイルや勇者一行、或いはアルマと繋がっている糸もあるだろう。
「二人とも、ちょっと待ってくれ。僕はその男から話を聞かないといけない」
 そう判断した結果、デルの思惑通り、彼を護る立場をとる事となった。
 真っ先に反応したのはトライデント。
 先程まではデルに向けていた槍先を、今度はフェイルへと向ける。
「邪魔立てする気か? フェイル=ノート」
「ここには窓もないし、これだけの人数だ。逃げられる恐れはないよ。
 なら買った分の情報は得ておきたい。貴方が彼を連行すれば、その機会を失う」
「……そいつを侮るな。先程の破壊を見ただろう」
 トライデントの言葉にも、一理あった。
 情報を得ている最中に、あの正体不明の攻撃をされれば、為す術なく絶命する可能性はある。
 明らかに危険な人物だ。
 だがそれでも、フェイルは情報を欲した。
 ここで得る情報が、デルというこの一連の騒動の中核に触れているであろう人物が
 話す情報が、絡まった全ての糸を映し出してくれると思ったからだ。
「それに、その男は情報戦の専門家だ。話術で巧みに君を誘導し、自分と敵対するよう仕向け
 逃げ果せるつもりでいるかもしれない。事実、その兆候は既に見られている」
「それについては心配ないのです。トリシュがここにいる限り、そこの代理ちゃんは
 逃げないのですよ。ウケケケケ」
 突如会話に割り込んできたトリシュの嘲笑じみた声に――――デルは口の角度だけで笑い返した。
「その通りだヨ。そして俺自身、逃げるつもりなんて一切ないネ。せっかくの
 資金集めの好機なんだから」
「私達からも料金を取るつもりか? 貴様何様のつもりだ」
「情報屋だヨ。だから常に商売の機会を窺っているんダ」
 ある意味、至極真っ当なデルの主張に対し――――反対意見はなかった。
 結局のところ、誰もが知りたがっている。
 知らなければならないと感じている。
 この男の持っている、値段の付いた真実を。
「……全てはネ、彼女を中心に回っているんだヨ」
 そう切り出したデルの目は――――

 或る一人の少女に向けられていた。






 

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