情報屋という職業を生業にしていれば、少なからず危ない橋を渡る事になる。
 その為、最低限の戦闘技術を身につけている者は多い。
 ただし、その大半は逃亡・離脱を前提とした上での戦術に有効な能力を
 鍛えている。
 脚力であったり、目眩ましや足払いなどの時間稼ぎの為の技術などが最たる例だ。
 それだけに――――棚を一瞬で粉々にしてみせたデルの登場は、
 フェイル達に十分な驚きを与えるものだった。
「これだけ大勢で押しかけて貰って申し訳ないケド、今取り込み中なんだよネ。
 申し訳ないケド、またの機会にしてくれるかな?」
 飄々とした物言いは、普段フェイルが接してきたデルの印象から逸脱するものではない。
 しかしその反面、醸し出す威圧感は以前までにはなかったものだ。
 単に破壊行為だけが、その空気を生み出している訳ではない。
 歩行する所作が既に、情報屋のそれとは明らかに違う。
 音を立てない軽さから、自己を主張するかのような重さをその一歩一歩から感じ取れる。
「そうはいかない。デル=グランライン、お前の行動は既に把握済みだ。
 規約違反を軽く考えて貰っては困るな」
 口火を切ったのは、トライデント。
 得物である槍を片手で持ち上げ、自身の視線と平行に突き立てる。
 その槍の先端は、以前フェイルが御前試合で戦った時とは違い、殺傷を目的とする
 鋭利さを有していた。
「勇者計画の"見逃し"と、花葬計画の"妨害"。その両方に嫌疑が掛かっている。
 大人しく連行される事だ」
「そちらこそ、"密偵"という立場を隠していたじゃないカ。似たようなものじゃないノ?」
「それが仕事の一部なのだから当然だ」
 密偵――――その言葉を、トライデントは否定しなかった。
 つまり、ビューグラスやスティレットと組んだ訳ではない、という事実を意味している。
 その目的とするところは、フェイルもファルシオンも容易に想像出来た。
 ビューグラスら『花葬計画・一』派と敵対する勢力。
 考えられるのは、『花葬計画・二』派、そしてもう一つ――――
「バレバレだヨ。キミがあの男の下で働いているのは」
「……」
 敢えて濁したのか、デルはフェイルの顔を一瞬だけ一瞥し、具体名を告げず口元を緩める。
 同時に――――これだけの人数の敵がいる中、まるで意に介さずまた一歩前へと踏み出した。
「動くな」
 短いトライデントの命令にも動じず、不純物を多分に含んだ眼差しをあちこちへ散らせる。
「この中で、今の【ウエスト】がどんな状況にあるか、正確に知りたい人はいるカイ?」
「この期に及んで何を……」
「キミは客になり得ないから黙っていて貰えるかナ? 俺は情報屋だ。そしてここは諜報ギルド。
 交渉と情報交換以外は受け付けないヨ」
 デルの言い分は、ある意味正しい。
 そしてその正しさは、目的の違うトライデントとフェイル一行との断裂を生むものだった。
 何故なら――――
「わかった。情報を買おう」
 フェイルにとって、デルが何者で何に与しているかなど、どうでもいい問題だからだ。
 そしてそれは、トライデントも理解していた。
 デルが交渉を持ちかけた瞬間、フェイル達にとってデルは貴重な情報を持つ
 重要人物となり、デルを連行すべくここへ来た自分と相対する事になると。
 たったの一言で、五対一が一対五になる。
 それが――――デル=グランラインという人物の能力であり、情報屋の力でもある。
「それではフェイル=ノート君に売ろう。今この【ウエスト】は、ようやく本来の姿に
 戻りつつあるのサ」
「……この惨状が?」
「それはただの結果に過ぎないヨ。ここは本来、支隊長の所有物件なんだからネ」
 支隊長。
 その代理として活動しているデルがその存在を口にしたのは、初めての事だった。
「諜報ギルド【ウエスト】は世界中に支点を出す大手ギルドだ。ここもその一つ。
 でもネ、ここからが少し特殊で、諜報ギルドというのは情報の共有が行われない、
 つまり商品を共有しない性質だから、独立採算制を採用しているんだヨ。
 支店であっても、他の【ウエスト】とは人材も資産も共有しない」
「支隊長が実質的な経営者という事ですか……ならその立場には憧れを抱くギルド員も
 多いんじゃないですか?」
 ファルシオンがそう問う意図は、誰でも容易に想像出来た。
 支隊長代理のクーデター。
 それ以外、考えられない。
「憧れなどという感情は持ち合わせちゃいないけどネ。何しろ前任者が幽霊のような
 人物なもので。代理の俺ですら、一度も姿を見た事がないんだヨ」
「幽霊……」
 その言葉に反応したのは、フェイル。
 あのクラウ=ソラスも同じ言葉で形容されていた。
「自分の所有するギルド内で、素性はおろか所在すら明らかにしないのだから、
 秘密主義もここに極まれりといったところでネ。尻尾を捕まえるのに、
 それはもう相当な時間が掛かったものだヨ」
「それ以上の余計な話はいい。お前の心の機微や信条もだ。核心を話せ。
 四肢を切り落とされたくなかったらな」
 痺れを切らしたのはヴァール。
 苛立ちを隠さず、トライデントと同じように魔術の象徴たる魔具をはめた
 右手を突き出して脅す。
「貴様の野心など、スティレット様はお見通しだ。これ以上"時間稼ぎ"をするつもりなら
 容赦はしない」
 ヴァールがここへ来る途中の柱の中で『私も【ウエスト】に用がある』と言っていた事を
 フェイルは思い出していた。
 ただ、それがスティレットの指示とは考えにくい。
 以前スティレットから聞いていた話を元に、スティレットへの手土産を探すべく
 ここへ共に乗り込んだ、という線が妥当だと判断し、この場の交渉を
 ヴァールへ委ねる事にした。
「貴様は支隊長派のギルド員を始末する機会を窺っていたんだろう? だがそれを実行すれば
 社会的にどうなるか、【ウエスト】ヴァレロン支店がどうなるかはわかり切っている。
 "誰かの仕業に出来る機会"を窺っていた」
「そしてその誰かが今、このギルド内にいる。そうだな?」
 ヴァールの発言を受け、補足したのは――――トライデント。
 一瞬顔をしかめたヴァールだったが、直ぐに冷徹な顔へ戻り、デルに圧力を掛ける。
 その誰か――――ヴァールとトライデントには、確信に近い心当たりがあるようだった。
「アルマ=ローランを拉致監禁すれば、必ず牙を剥く人間がいる。そしてそれは、
 この街の多くの住人が知っている」
「……!」
 トライデントの発言は、フェイルとファルシオンに明確な回答を与えるものだった。
「バルムンク=キュピリエをここへ誘い出した。そうだな?」
 いよいよトライデントの槍先がデルに接触しようとしたその時――――
「総評するヨ。六十五点だ」
 デルの身体が、"四人"の視界から消えた。






 

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