謎めいたソーテックの死に直面し、部屋を出ると――――その廊下には苛立ちの
 表情を浮かべ天井を眺めるトライデントの姿があった。
「……!」
「むむむ。敵です。やらねばねばねば」
 そのトライデントに対し、ファルシオンとトリシュが即座に身構える。
 一度命を落としかねない攻撃を仕掛けられているのだから、当然の反応だ。
 だがフェイルは率先して前へ出て、右手を伸ばし二人を制した。
「フェイルさん……?」
 怪訝そうに眉尻を上げるファルシオンに一つ小さく頷き、フェイルは更に前へ出る。
「トライデントさん。聞きたい事があるんです」
 自分と同じタイミングで入って来たトライデントが、アルマやフランベルジュと
 遭遇した可能性は高いとは言えない。
 だが、彼が何かを知っている可能性に賭け、フェイルは丸腰で近付いた。
「金髪の女性剣士、またはアルマ=ローランを見かけませんでしたか?」
「……アルマ=ローランについては自分も捜索中だ。剣士は見ていない。
 それにしても、まさか君とスティレット女史の護衛が同行しているとはな」
 トライデントの興味は、最後尾にいたヴァールに向けられていた。
 だがその顔は好奇心に満ちたものとは程遠く、依然として仏頂面のまま。
 尤も、トライデントという人物はフェイルの知る限りでは、
 大抵このような表情なのだが――――
「貴方はあの"光る柱"があった場所で私達を攻撃してきた筈です。
 それなのに、今はまるで敵意を感じない……一体どういう――――」
「それについて自分の言える事はない」
 ファルシオンの疑問を途中で一刀両断するその姿勢も、やはり変わらない。
 ただ、敵意がない事は確か。
 つまり、彼自身はフェイル達に対し、特に敵対心を抱いていない現れでもある。
 何者かに命令されていた。
 その何者かがこの場にいないのだから、襲う理由はない――――
 言える事はないと名言する一方で、行動はこの上なく雄弁だ。
「なら、言える範囲の事だけでいいから教えて欲しいんです。
 アルマさんはクラウ=ソラスによって誘拐され、この【ウエスト】に
 身柄を拘束されている……と僕達は認識しているんですけど、貴方の見解は
 同じですか? それとも、他に首謀者がいるんですか?」
「何故【ウエスト】にアルマ=ローランが匿われているか、それを考えれば
 自ずと首謀者とやらは見えてくるだろう」
「……まさか」
 フェイルは思わず絶句した。
 しかし確かに、トライデントの言葉は理に適っている。
 何故、アルマがこの【ウエスト】に身柄を預けられたのか。
 諜報ギルドという機関の性質を考えれば、そこに依頼人がいるものだと
 どうしても考えてしまう。
 けれども、その先入観を取り払ってしまえば、もっと簡潔に考える事が出来る。
「諜報ギルド所属の何者かが、アルマさんの誘拐をクラウ=ソラスに依頼した……?」
 その答えに、フェイルだけでなくファルシオンも辿り着いた。
 常に依頼される側の諜報ギルドの情報屋が、アルマを"強奪"するよう
 クラウ=ソラスに依頼していたとしたら、一連の流れに全く矛盾はない。
 問題は、誰が、何の目的でそれを行ったかだが――――
「デル=グランラインだな」
 誰より早く、しかし誰もが頭の中に浮かべていた名前をヴァールが口にする。
 先程のソーテックの呪詛を、そしてデルが少なからずアルマと面識がある事実を
 考慮すれば、その可能性が極めて高い。
 支隊長代理という、ギルド内における権力者である事も、この説を支持している。
 クラウ=ソラスほどの人物に誘拐などという卑劣な行動を依頼出来る
 人物は、相当に限られるのだから。
 加えて――――
「恐らく正解だ。そしてこのギルドには、幹部しか知らない"四階"が存在する。
 一体何処に入り口があるのか……」
 どうやらトライデントも、この三階の上にもう一つ階層がある事までは知っているらしい。
 だが、入り口については把握していない。
「そうなってくると、フランもその四階にいる可能性が高いですね。
 偶然発見して乗り込んだ……という事は状況的にないと思いますが。
 幾らフランでも、窓から落ちたフェイルさんを無視して先に進むとは思えません」
「僕もそうであって欲しいと思うけどね……」
「いや」
 半ば冗談のつもりで同調したフェイルに対し、短くも鋭く否定したのは――――ヴァールだった。
「その四階への入り口、お前が突き落とされたという資料室にあるかもしれない」
「そんな筈はありません。フランはフェイルさんを見捨てるような真似は……」
 即座に否定しようとしたファルシオンだったが、途中で言葉を止め、思案顔で俯く。
 フェイルもまた、ヴァールの言う可能性について検討を始めていた。
 あの状況で、フランベルジュが自分を突き落とした可能性はゼロ。
 なら、誰かが資料室に侵入し、それを実行した事になる。
 予め資料室に誰かがいた形跡はなかったのだから。
 とはいえ、もし入り口から誰かが入って来たなら、気配を殺していたとしても
 フランベルジュが視認出来ていただろう。
 なら――――もし、あの部屋から"突然"誰かが現れ、フェイルの背中を押したとしたら?
 その後、フェイルの無事を窓越しに確認し、その誰かを追いかけたとしたら?
「資料室へ行ってみよう」
 筋の通る仮説が構築されたと判断し、フェイルがそう呼びかける頃には、
 既にトリシュが誰より早く駆け出していた。
「もしかして、ああ見えて誰よりフランを心配しているのはあの人かもしれません」
 半ば冗談、或いは本気の比率が高いのかもしれないと思わせる表情で
 そう呟いたファルシオンも、そのトリシュに続く。
 一方、ヴァールはというと――――
「貴様を探していた」
 元々鋭い目を更に鋭くし、トライデントと対峙していた。
「……自分に何か用か、流通の皇女に従いし魔術士」
「貴様がスティレット様に張り付く蟲である事はわかっている」
 ヴァールの声が普段よりやや大きく、感情がこもっている事実にも驚いたが、
 フェイルはそれ以上にその内容に一驚を喫する事となった。
 トライデントはビューグラスやスティレットに与していたのではない――――
 そう明確に示す発言だったからだ。
「だったらどうする? この場で自分を消すか」
「……」
 挑発とも取れるそのトライデントの発言に、ヴァールは一瞬だけ間を置き、
 戦闘態勢をもって返答した。





 

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