諜報ギルド【ウエスト】の周囲は、驚くほど閑散としていた。
 遺体がそこかしこに倒れている状況にあって、自警団や憲兵が
 駆けつける様子もなく、まるでその一角だけが孤立したかのように
 ひっそりと静まりかえっている。
 尤も、あの『死の雨』以降、このヴァレロン新市街地から遠ざかっていた
 事もあり、フェイルには今この街全体がどうなっているのかを
 把握出来る状況になく、これが異常なのか、それとも必然なのかは
 分析も詮索も不可能。
 なら、敢えて深く考える事はせず、今すべき事をする――――
 そう結論付け、遺体の一つが背負っていた蓋付きの矢筒と、その傍に
 転がっていた小弓を拾い、謝罪の意を示すべく小さく祈る。
 弓は接近戦での使用が困難なほど小ぶりだったが、それを気にしても仕方がない。
 新たな武器を得、祈りを終えたフェイルは、ようやく薄れてきた背中の痛みに
 微かな安堵を覚えつつ【ウエスト】の玄関へと急いだ。
 そして、再びその建物内へと侵入した刹那。
「これは……」
 思わずそう声が漏れるほど、異様な光景が眼前に広がる。
 上の階や建物周囲にはあれほど遺体が転がっていたというのに、
 一階には誰もいない。
 受付にも人影はなく、また壁や床が汚れている様子も見当たらない。
 この事からわかるのは――――
「襲撃者は一階から侵入したんじゃない……?」
 それ以外には考えられない。
 となれば、侵入経路は窓か、フェイル達が通ってきたメトロ・ノームの柱に限られる。
 後者は、封印がなされていた事で不可能だとばかり思っていたが、方法自体はない事もない。
 誰かがアルマをここへと連れてきたのなら、アルマを脅し封印を一時解除、柱へ入った後に
 再封印したと考えられる。
 その何者かがこの惨劇を繰り広げている、という可能性がまず一つ。
 次に考えられるのが、アルマが封印を解いたその瞬間をついて、何者かが侵入――――
 そして【ウエスト】を蹂躙している、というシナリオ。
 どちらも十分に可能だ。
 階段を昇り二階へと向かったフェイルは、その階層においても生きた人間、死んだ人間
 いずれも見当たらないという事実を得て、侵入経路を柱に特定した。
 そこから見えてくるのは、襲撃者の目的がアルマではない事。
 アルマと同時に侵入したのなら、アルマを見つける為に【ウエスト】を襲撃する道理はない。
 トライデントの発言通り、【ウエスト】粛正の為の来襲なのは間違いないらしい。
 しかしその事実は、アルマの身の安全を確保する理由にはならない。
 逆に【ウエスト】ギルド員の生き残りが、保身の為にアルマを人質にとっている可能性もある。
 もしアルマが粛正の渦に巻き込まれていたら、いつ命の危険が迫っても不思議ではなく、
 一刻も早く彼女を見つけ出すという目的に変更はない。
 ただ、今はそれ以上に急がなければならないのが――――
「フラン! いるなら返事をして!」
 三階へ到達した時点で、フェイルは敢えて大声でそう叫んだ。
 自分を窓の外へと突き落とした何者かが、まだ【ウエスト】内に潜んでいるかもしれない。
 その状況で自分の生存と居場所を明らかにするのは決して得策とは言えないのだろうが、
 もしもフランベルジュがその"何者か"と戦闘中なら、一秒でも早く合流すべきだ。
 だが、返事はない。
 それでも、何度も呼びかけを続けながら移動し、つい先程までフランベルジュと
 共にいた資料室へ――――辿り着いてしまった。
 ここに至るまでに返事がない時点で、少なくとも普通の状態でフランベルジュが
 この場所にいる可能性はない。

 ふと頭に浮かぶのは――――リオグランテの姿。

 エル・バタラの会場、ヴァレロン総合闘技場の救護室で彼の身体の一部を目にした
 あの時の感情が蘇り、一気に汗が噴き出る。
 もし、同じ惨状がこの先に待ち受けているとしたら?
 あの時のリオグランテと同じように、息をしないフランベルジュが床に横たわっていたら?
 フェイルを突き落とした何者かが、フランベルジュを見逃す道理はない。
 つまり、フェイルの想像は現実となる可能性が高いという事になる。
 だが、ここであの時のように確認もせず逃げ出すような真似は出来ない。
 フェイルは意を決し、一瞬歯を食いしばり――――資料室の扉を開けた。

 そこには、誰もいなかった。

「……」
 安堵か、それとも拍子抜けか。
 自分の感情が上手に理解出来ないのを自覚しながら、フェイルは一通り資料室を探し、
 やはりフランベルジュの姿がない事を悟り、再び廊下に出る。
 すると――――
「フェイルさん?」
 突然の声と共に近付いて来たのは、今探している相手ではなかった。
 先程のフェイルの叫び声を聞きつけ、ファルシオン達が駆けつけてきたようだ。
「ファル! 殺気や戦闘音は感じなかった? フランが襲われてるかもしれないんだ」
「え? どういう……」
「どちらもしていない。だが、あの女剣士の気配も感じない」
 状況を把握しきれず眉をしかめていたファルシオンの真後ろから、
 代わりにヴァールが回答してきた。
 フェイルが多くを語らずとも、何が起きたのかをある程度把握したらしい。
「そうか……マズいかも」
「フランに何があったんですか?」
「この建物の構造を調べる為に窓の外から確認してたら、僕が誰かに突き落とされたんだ。
 もし敵意のある人間の仕業なら、僕の傍にいたフランベルジュが危ない」
「……突き落とされた? フェイルさんが、ですか?」
「幸い、ケガは殆どしてないからそこは気にしないでもいいよ。それより……」
「状況は理解した。だが、それならまず女剣士の仕業だと疑うべきじゃないのか?」
 またも冷静、且つ迅速に情報を処理するヴァールの、ある意味当然とも言える指摘。
 だがフェイルは、即座に首を横へと振り、その可能性を否定した。
「その否定は仲間だからか?」
「いや。状況的にだよ。突き落として殺すなら、斬り殺した方が確実でしょ」
「殺すつもりはなく、だが一人になりたい。そういう意図があったとしたら?」
「……」
 そこに意図を見出すだけの材料など、何処にもない。
 ないが――――フェイル達が知る由のない何らかの『一人で行動したい理由』が
 フランベルジュにないとも言い切れない。
 客観視出来るヴァールだからこその指摘に、フェイルは沈黙せざるを得なかった。






 

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