諜報ギルド【ウエスト】の内部は、傭兵ギルドとは異なり広い部屋は少ない。
 その代わり、廊下から見える扉の数はその数倍に上り、部屋の多さを現わしている。
 個室の多さは、すなわち個人主義たる証。
 諜報ギルドとしては当然の構造だが、それでも今のフェイルにとっては
 焦りと苛立ちの萌芽となった。
 アルマを探す――――その目的を第一に考えなければならない状況にあって、
 この建物は余りに嫌らしすぎる。
 まして、隠し部屋の一つや二つ、普通に存在していそうな性質の施設。
 その中で、どれだけ冷静さを保てるか――――それが何よりも重要だ。
「こっちは誰もいない。気配もしない」
 進行方向から見て左側の部屋を全て確認し終えたフランベルジュが
 そう報告した直後、フェイルも右側の部屋が全て同様である事を視認し、小さく溜息を吐いた。
 最上階にはアルマの姿はない。
 また、手がかりになりそうな物もなく、人物も存在しない。
 あるのは、以前アルマと共に入ったデル=グランラインのいた部屋をはじめとした
 無数の空き部屋のみ――――
「……」
 そこまで現状を整理したところで、フェイルは"二つ"の違和感を覚え、それを
 口にすべきか判断に迷った。 
 今は何も考えず、アルマがこの建物内にいるかどうか最短時間で探すべき。
 そう考える一方で、今のまま探し続けると、自分達まで遺体群の一部になりかねないという
 警鐘が遠く聞こえてくる。
「下の階を探しましょう」
「……うん。移動しながら聞いて欲しい事があるんだ」
 迷う時間はない。
 その最終判断から、端的にフランベルジュへ違和感を伝える事にした。
「了解。で、何?」
「僕達はここを最上階って認識してるけど、本当にそうなのかなって思って」
「間違いないでしょ? だって上へ昇る階段がないじゃない」
 その階段がある地点まで到達したフランベルジュが指摘するように、
 そこには降りの階段しかない。
 当然、フェイルにもそれは見えている。
 ただ――――
「……最上階にこれだけ人が集まってるのは、ちょっと不自然に感じる」
 ここに至るまでに見かけた遺体の数は、一〇を超える。
 しかも、ファルシオン達が探索している反対側は除いてこの数だ。
 彼らが誰にやられたのかはわからない。
 そもそも戦ったかどうかも。
 けれど、彼らがここにいたのは紛れもない事実。
 当然の事だが、別の場所の遺体を何者かがここへ運んだ――――とは考えられない。
 だとしたら、何故ギルドの最上階にこれほどの人数がいたのか。
 仮に何者かが襲撃してきたと仮定した場合、侵入を食い止める場所は入り口に
 近ければ近いほどいい。
 わざわざ最上階に多くの人員を配置する意味はない。
 フェイル達が通ってきた道は、つい先程まで封印されていたのだから、
 入り口は一階に限定されると考えるのが妥当。
 そこから敵が現れたとギルド内に知れ渡れば、建物内にいたギルド員には『戦う』『逃げる』
 の二択が迫られる事になる。
 戦うなら、一階を目指すだろう。
 逃げるなら、窓からの逃走が最も逃走出来る可能性が高く、飛び降りても負傷しない
 二階辺りの窓を目指すのが合理的だ。
 いずれにせよ、最上階を目指す理由はない。
 仮に、何らかの方法で最上階から襲撃者が現れたのだとしても、最上階にこれだけの数の
 ギルド員がいる時点で不自然だ。
 通常、最上階には大勢の人間が集まるような部屋は配置しない。
 そもそも、最上階にしては部屋数が多過ぎる。
 これらの不自然さが違和感となり、フェイルは下へ降りる事に抵抗を感じていた。
「ここは最上階じゃない、って言いたいの?」
「うん。確かこの階層には支隊長代理の立場にある人物の部屋があった。この役職が
 【ウエスト】で一番上とは思えない。なら……最上階にある部屋とは思えない」
 それがもう一つの違和感。
 フェイルにはどうしても、これは無視出来ない事だと思えてならなかった。
 そんなフェイルの心情を表情から察してか、フランベルジュが神妙な顔で頷く。
「……わかった。そこまで言うなら、確かめてみようじゃない」
 フェイルも頷き返し、同時に階段から駆け足で離れ、最寄りの部屋へと向かう。
 資料室らしきその場所には、無数の本棚と椅子、そして小さめの窓があった。
 小さいとはいえ、身を乗り出すくらいは問題なく出来る。
 フェイルはその窓から顔を出し、内側に顔を向け、見上げ――――
「やっぱりか」
 自分の違和感が正しかった事を知る。
 もしここが最上階なら、屋根までの距離は短い筈。
 しかし明らかに一階層分と思われる余分な面積の壁が存在している。
 窓こそ見当たらないが、この上にも空間がある――――フェイルはそう確信した。
 恐らくは、幹部しか出入りできないであろう、通常のギルドの最上階に該当する階層が。
「いかにも秘密主義な諜報ギルドらしい仕掛けよね。最上階に何を隠してるのやら」 
 フェイルの傍で、窓の方ではなく資料室内に目を向けつつ嘆息混じりに呟いたフランベルジュの
 その言葉の通り、階段を排除してまで最上階に秘匿性を持たせているのなら、
 それはつまり何かを隠す目的があるという事。
 同時に、他の隠し物を保管するのにも適した場所だ。
 それは、人であっても同様に。
「アルマさんは上だ。ファル達と合流して――――」
 刹那。

 フェイルは身体を乗り出していたその窓から"落下した"。

 不注意で落ちた訳ではない。
 その背中には、自由落下の最中にも自覚出来るほどに衝撃がハッキリと残っている。
 かなり強い力で、建物の外へと押し出された。

 一体、誰が?

 あの場にいたのは、フェイル以外にはフランベルジュのみ。
 彼女が? 
 それはあり得ない。
 フランベルジュが何らかの理由でフェイルを始末するつもりなら、
 これまでに幾らでも機会はあった。
 今ここでそれを実行して何の得があるのか。
 そもそも、命をとるつもりなら落とすより背後から剣で貫く方がよっぽど確実だ。

 なら、他に誰がいる?
 人間の気配はなかった。
 なのに実際、窓から突き落とされた状況にある。
 幾ら足音や気配を消す達人でも、手が触れる場所まで接近すればわからない筈がないし、
 何よりフランベルジュの視界に収まっていた筈。
 彼女は室内に目を向けていた。
 だからこそ、フェイルは無防備な状態で窓から身を乗り出していた。

 と、言う事は――――
 
 そこまで思案したところで、フェイルの身体にはギルドの根ざす硬質な地面が
 直ぐそこまで迫っていた。







 

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