諜報ギルドの歴史は古い。
 昔『盗賊ギルド』という呼ばれ方をしていた時代もあったが、
 現在は盗賊まがいの行為に及ぶことはなく、その中の一部門に過ぎなかった
 情報収集に特化したギルドとして栄え、現在に至る。
 それまでは主に個人が営んでいた事業だが、人脈の組織化、共有化によって
 情報管理は瞬く間に高度化し、その取り扱いに関しては年々重要度を増している。
 一方で、ギルド――――すなわち職業組合としての本来の意義を失いつつある面も無視できない。
 ギルドとは元々、同職業に属する者達が情報を共有し、需要と供給の最適化を目指して
 運営される組織だ。
 だが諜報ギルドはその性質上、人脈こそ共有出来ても情報そのものの共有は困難。
 というのも、諜報ギルドを利用する人々の多くが『他の諜報ギルド員にも教えるな』と
 情報の広がりを拒む傾向にあるからだ。
 実際、もし諜報ギルドが依頼人全ての依頼に応え、且つその情報をギルド内で共有した場合、
 諜報ギルドという組織は国家や闇社会の重要機密まで収め、世界で最も
 重要な機関と化す事になる。
 そのような事が許容される筈もなく、結果的に諜報ギルドの情報収集はギルド員"個人"が
 自身の依頼に対し責任を持って管理する形で一応は落ち着いている。
 つまり、個人経営の情報屋という概念をそのままに、そういった個人事業主が
 お互いを適度に有効利用する場として、また利用者がお目当ての情報屋と出会いやすい場として
 諜報ギルドは存在している。
 故に、諜報ギルド員はお互いの情報を教え合う事はない。
 勿論、扱う情報にもよりけりで、共有しても差し支えない程度の情報であれば
 より自分の職場を質の高い諜報ギルドとすべく積極的に開示する事もある。
 その為、情報にはそれぞれ細かくランクが付けがなされ、それによって
 料金形態も決定し、現在の『集合情報屋』とでも言うべき体裁が整っている。
「……どうなってるんだ、これは」
 諜報ギルド【ウエスト】は、そのような基本的概念から逸脱する事のない、
 真っ当な形式のギルドの筈だった。
 そして、真っ当な諜報ギルドは職業組合という社会的立場から、保護対象ともなっている。
 情報を扱う機関が社会に対し一定の貢献を認められており、その存在を国家に許可されて
 いるからこそ、国営でこそないが、各地域においてそれなりの規模で運営する事が出来ている。
 国家を揺るがすような機密を組織で保有しないからこそ成立し、個人で保有する権利が
 あるからこそ国家に守られている――――という訳だ。
 だが、フェイル達が踏み込んだ【ウエスト】の建物内に、ギルドとしての機能は
 最早残されていなかった。
 そこにあるのは――――屍。
 それも夥しい数の遺体が、無造作に転がっている。
 ある者は仰向けに、ある者はうつ伏せに。
 そしてその全員が、身体に大きな損傷はなく、特に出血も見当たらない状態で
 通路に横たわっている。
 それでも遺体とわかるのは、明らかに異質なその姿に起因する。
 両手が、そして顔が、強張った状態で硬直している。
 殆どの遺体が、顎が外れそうな程に口を大きく開け、目を見開いたまま動かない。
 眠らされたり、気絶させられたりしているのなら、決してこのような状態にはならないだろう。
 死んでいる――――と一目でそう判断出来るほどの無念の形相がそこかしこにあった。
「遅かったか」
 予想し得ないその状況に呆然と立ち尽くしていたフェイル達を余所に、
 ヴァールだけは一切取り乱した様子もなく、冷えた視線を遺体の一つに向けていた。
「……この惨劇を予見していたんですか?」
「予見まではしていない。ただ、アルマ=ローランがここに匿われている可能性があるという時点で、
 襲撃を受ける可能性は十分にある」
「ここまでして、彼女を狙うだけの理由がある……と考えている連中が存在する、と?」
「そうだ」
 ファルシオンの問い掛け、そしてヴァールの答えを耳に入れたフェイルは、
 死屍累々の視界から目を逸らし、現状の分析に着手した。
 切り替えは容易ではない。
 想定していない最悪の事態を前に、簡単に頭を切り換えろという方が無理な話だ。
 つまり、混乱したまま、それでも受け入れなければならない。

 ――――今この建物内が戦場と化している可能性に。

「ファル。今は細かい分析をしてる余裕はない。アルマさんを探そう」
「……わかりました。二手に分かれましょう。戦力分担をしてでも、捜索時間の短縮、範囲の拡大を
 行うべきです」
「私もそう思う。正直混乱してるけど……事態が深刻なのは明らかよね」
 フランベルジュが賛成の意を唱えつつ、その視線を向けたのは――――フェイルの矢筒。
 そこには最早、一本の矢も入っていない。
 クラウ=ソラスとの戦闘で全て使い果たしてしまった。
「ヴァール、だったかしら。貴女とファルとトリシュが組んで頂戴。貴女は無条件で信用出来ないから
 二人に監視して貰う」
「好きにしろ」
 名指しされたヴァールも、他の面々も異論はなく、必然的に残されたフランベルジュとフェイルが
 組む事になった。
「何かあったら、大声でもう一組に状況を伝える。いいですね?」
「了解であります隊長! 敵がいたらトリシュがギタギタにしてあげますよケケケケケ」
 一足早く、トリシュが駆け足で通路を右側へ曲がる。
 必然的に、ファルシオンとヴァールはそれに続く事となった。
「私達は左」
「……ああ」
 率先して歩を進めるフランベルジュに続き、フェイルも移動を始めた。
 メトロ・ノームの柱から通じていたこのフロアはどうやら最上階らしく、曲がった先には
 下りの階段のみが遠巻きに見える。
 そしてその間、廊下にも幾つかの遺体が横たわっていた。
 その全員が、戦闘用の装備を身につけていない。
 傭兵の類ではなく、諜報ギルドの人間という証拠だ。
「どうして、僕と組む事を選んだの?」
 視覚から得た情報を分析に回す一方で、フェイルはフランベルジュへ向けて問いかける。
 警戒しながら早足で前進するフランベルジュは、振り向く事なく答えた。
「戦力を分担したところであのヴァールって女が急に敵対してきたら、私や"今の"アンタでは
 手に負えないでしょ? それだけよ。魔術用の結界が使えるファルと、私より強い
 トリシュが一番妥当な監視役でしょ?」
「……僕の矢が尽きたのを気にかけたんだね」
 矢がなくても戦える――――そう反論したい衝動を、フェイルはグッと抑えた。
 戦える。
 でも、矢がなければただ弓で接近戦をこなすだけの凡庸な戦力でしかない。
 弓と矢があり、接近戦と遠距離戦を同時に対応出来るからこそ、フェイルの戦術は
 高水準の戦闘にも勝機を見い出す事が出来る。
 フランベルジュはその事を見抜いていた。
「すっかり成長して……立派になったね」
「止めてよ。鬼軍曹が褒め言葉なんて気持ち悪い」
 本来、軽口を言い合う場面ではなかったが――――強張った身体と心を少しでも解すべく、
 二人は薄く口元を緩めた。






 

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