メトロ・ノームには無数の柱が存在する。
 その柱の中には、地上と地下を繋ぐ螺旋状の階段や、梯子が常設されている。
 そして現在、そのあらゆる柱が封鎖されていて、地上へ上がる事が出来ない。
 ――――これらの現状から連想するのは『全ての柱は同じ人物が封鎖していて、
 同じ方法でなければ解放出来ない』という状態だ。
 実際、フェイルもずっとそう誤認していた。
 そう。
 それは誤認だった。
「……本当に開いちゃった」
 なんて呆気ない――――思わず口にしたフランベルジュだけでなく、
 その場にいた全員がそう感じずにはいられないほど、
 クレウス=ガンソはあっさりと【ウエスト】へ続く柱の扉を開けてみせた。
「やっぱり、ごく一部の柱に関しては行き来出来るようにしてたんだね」
 自分の仮説が正鵠を射ていた事に、フェイルは満足感や優越感ではなく
 安堵感を抱いていた。
 もしこれが間違っていたら、いよいよハルを探すしかなくなる。
 幾らアルマが直ぐ危機に瀕する状況にはないとはいえ、それ自体が今直ぐにでも
 変化しかねないほど、めまぐるしく事態は動いている。
 まして、指定有害人種を狩ろうとしているデュランダルがこの地下に
 来ているとなれば尚更だ。
 とはいえ――――フェイル達の目の前の柱が解放された今となっては、
 デュランダルがメトロ・ノームに留まっているかどうかは定かではない。
 他にも既に解放されている柱がないとは限らないからだ。
「オレ様が不当な扱いを受けている間に解術を使ったヤツがいるとすれば、
 それはアルマ=ローラン以外はあり得ねぇな。今ヴァレロンにいる封術士は
 オレ様とアルマ=ローランだけだ」
 柱を解放し終えたクレウスは、苦々しい面持ちで状況を語る。
 酒場で拘束され続けた事を根に持っているらしい。
「で、これでオレ様は放免って事でいいんだな?」
「うん。お疲れ様」
 拘束を解く代わりに指定した柱を解放しろ――――酒場【ヴァン】に
 駆けつけたフェイルは、クレウスに対してそんな取引を持ちかけた。
 当然、クレウスが断る筈もなく、あっさりと取引は成立。
 長い拘束期間の割に、特に衰弱した様子もなく、クレウスはいとも容易く
 解術を施していた。
「運良くデルがいれば、お前等の知りたい情報は教えてくれるだろうよ。金さえ積めばな。
 それじゃ、オレ様はとっとと消えるぜ。もう二度とお前等とは関わりたくねぇしな」
 そう吐き捨てながらクレウスが視線を送っていた相手は――――ヴァール。
 一度は恥をかかせた相手ながら、エル・バタラでは逆に恥をかかされた相手。
 尤も、それも勇者計画の為の演技だった事は間違いないが、クレウスは明らかに
 ヴァールを恐れていた。
 傲慢で誇り高い性格らしく、それを表面に出す事はしていなかったが、
 視線を向ける頻度が何より雄弁に物語っている。
「好きにしていいよ。ただ、最後に一つだけ」
「……何だ」
「貴方にはアルマ=ローランの代わりは務まらないの?」
 その残酷ともいえるフェイルの問い掛けに、クレウスは――――
「……………………さぁな」
 回答を放棄し、飄々と、しかし逃げるように背を向けた。

 


「狭い! 狭すぎる! トリシュ閉所恐怖症なんですけど! こんな狭い所じゃ
 剣だって振れないし踊る事さえ出来ないじゃないですかウケケケケ!」
「トリシュ……うるさい。いいから早く昇って」
 既に梯子を昇り終えているフェイルは、中々上がってこないトリシュを
 しゃがみ込みながら倉庫内で待っていた。
 この倉庫は、以前アルマと共に訪れた、諜報ギルド【ウエスト】へ続く道の途中。
 というより、既にここは【ウエスト】の一部と言うべき場所だ。
「別に貴様等に助言する訳じゃないが、【ウエスト】は胡散臭い。スティレット様も
 信頼を寄せている訳じゃなかったからな」
 フェイル同様、既に倉庫へ昇っていたヴァールが、腰に手を当てながら
 聞かれてもいない事を話してくる。
 明らかに、様子がおかしい。
 それは今に始まった事ではなく、フェイルが彼女と酒場【ヴァン】で語らった頃からだ。
「……解せませんね」
 そんなヴァールの変化をファルシオンが感じ取れない筈もなく、
 ヴァールの隣で訝しそうに彼女を睨んでいた。
「あれだけ私を敵視していた貴女が、今は平然と私達と行動を共にしています。
 ちょっとあり得ない転進のように思いますが」
「別に共にしてる訳じゃない。私も【ウエスト】に用がある。だからお前達を利用して
 その目的を果たそうとしているだけだ」
「なら、その用とやらを聞きましょうか。私達に不利益な内容なら、当然
 看過する訳にはいきません」
「……」
 魔術戦ではなく舌戦で、再戦を試みる二人。
 フェイルは間に入るべきかどうか検討したが、藪蛇となる事が確実な状況で
 敢えてそこに挑む理由もない為、早々に視線を外し倉庫内を見渡した。
 以前ここへ訪れた時の記憶は、余り鮮明に残っていない。
 ただ、確実に変化はあった。
 入り口を塞いでいた筈の石板が、最初から退かされていた事。
 もう一つは、小動物らしき何かが動き回っていた前回と違い、今は物音一つしない事。
 それが示すのは――――
「と、と、と……到着です! トリシュやりましたね! 偉大な第一歩!
 これで最早トリシュに克服出来ない困難はありません! もう何者にも
 束縛されない自由謳歌トリシュ列伝クワワッと推参です! さあ、フランベちゃんも
 一緒に踊り明かすのです!」
「……付き合いきれない」
 倉庫に辿り着いた途端暴れ出すトリシュに、梯子から這い出るように移ってきた
 フランベルジュはジト目を向けていた。
「っていうか、フランベちゃんって呼ばれてるの……?」
「私が許容してるようにとらないで。井戸に行く途中に十回くらい断ってるから」
 でも結局押し切られたのだから、許容している事になるのでは――――という
 言葉を飲み込み、フェイルは再度思考の整理を試みた。
 石板と物音の件から、フェイルが以前ここへ来た後にも、この"通路"が
 使われたのは間違いない。
 そしてそれは、アルマの解術によって、恐らくはアルマ自身が通った可能性が濃厚。
 ただ、もしアルマだけでの移動なら、以前もそうしたように、石板を元の位置に
 戻していただろう。
 クラウが攫って【ウエスト】の誰かに彼女を預ける。
 その人物の指示に従い、この梯子と倉庫を通って、【ウエスト】のギルド内へと向かった。
 どうやらその線で間違いない――――フェイルはクラウの証言が正しい事を確信した。
「それじゃ行こう。多分、この先にアルマさんがいる」
 まだファルシオンの問い詰めとトリシュの舞が続行中の最中、フェイルは
 渇いた口を強引に潤し、螺旋階段の方へ向かった。





 

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