「こうして黙ってると普通の可愛い女の子なのよね、ファルって」
 アルマ邸の一室でスヤスヤと寝息を立てているファルシオンの姿に、
 水汲みを終え先に戻っていたフランベルジュがポツリと漏らす。
 一方、そのフランベルジュと行動を共にしていたトリシュの方は――――
「あの、ここに敵がいるんですけど。トリシュ、やっちゃっていいですか。
 水飲んで活力みなぎってるトリシュ、いつでもやれますよ」
 ファルシオンをここまで運んできたヴァールに敵意を剥き出しにしていた。
「……私は別にお前の敵じゃない。他の三人はともかく」
「あれ、そうなのですか。ならばトリシュ、無益な殺生を好まないという
 先代からの教えに従い矛を収めるとしましょう。忍耐忍耐」
 本当に納得したらしく、トリシュは露骨に殺意も敵意も消す。
 ある意味、器用な人間だった。
「で、その私達を敵視してる流通の皇女の付き人さんは、どうしてここにいるの?
 ファルをここまで運んでくれた事には感謝するけど、用は済んだんでしょ?」
「私の用はお前等を抹殺する事にある。ただ、不意を突いたり寝込みを襲ったりしても
 名誉の回復にはならない。口止めじゃないからな」
「だったら……」
「スティレットさんが怖くて逃げ回ってるらしいよ」
 余りどうでもいい雑談を膨らませたくないフェイルは、アルマ邸の台所にあったに
 保存食を更に盛りつけながら、ヴァールの自尊心と忠誠心を同時に刺激する発言で
 場の沈静を図った。
 否定すれば、スティレットが怖くないという事になる。
 案の定、ヴァールは反論したそうな顔ではあったが、自粛し言葉を飲み込んだ。
「とにかく、私の事は気にしなくていい。今後について話し合うなら勝手に話し合え」
「……とか言ってるけど、どうするの? フェイル」
 当たり前と言えば当たり前だが、フランベルジュは困惑していた。
 ついさっき、命を賭けて戦った筈の相手が知らない間に距離を縮めているような
 雰囲気になっているだけでも不可解な上、ヴァールはお世辞にも社交性や
 柔軟性が高い性格とは思えないだけに、不自然さが際立つ。
「一応、クラウの襲撃を退けられたのは彼女のおかげでもある。
 寝首をかくような真似をするタイプでもないし、フランは彼女の事は気にしなくて
 いいよ。彼女の担当はファルにして貰う」
「という事は、トリシュの担当なんですね! ふつつか者ですがよろしくです
 ヘボ剣士」
「アンタの担当なんてするつもりはないから」
 言葉は冷静だったが、やはり『ヘボ剣士』はガマン出来なかったらしく、
 フランベルジュは視線を動かさず裏拳でトリシュを攻撃――――するも、
 トリシュはなんなくそれを躱す。
 すっかり仲良くなったらしい。
「……取り敢えず、食事をしよう。今後についてはファルが起きてから――――」
「大丈夫です。もう起きています」
 台所にいたフェイルは、その声でファルシオンが目覚めていた事に気付いた。
「身体は大丈夫? 何か食べられる?」
「頂きます。アルマさんに許可をとっていないので、少し気が引けますが……」
「そのアルマさんを助けるには、栄養補給が必要だからね。一段落したら
 買って返せばいい」
 干し肉と堅焼きパン、更には木の実類を更に取り分け、それらを人数分
 トレイに乗せ、居間へと運ぶフェイルに、ファルシオンは穏やかな顔で頷いた。
 まだ顔色は良くないが、それなりに回復はしているらしい。
「どうやら、魔力が完全に尽きた訳じゃないらしいな。もしそうなら丸一日は
 寝入っていた筈だ」
「はい。情けない話ですが、魔力より精神力が先に切れた感じです」
 同じ魔術士であるヴァールの見解に、ファルシオンはそう自己を分析していた。
 逆に言えば、それだけクラウとの死闘が過酷だったと言える。
 クラウの敵意や殺気は、瞬間的なものに限定されていた。
 それも、本当の意味では殺気とは言えないものだったのかもしれない――――
 フェイルはあの戦いをそう振り返っていた。
 つまり、やはり殺さずにフェイルからデュランダルの情報を得ようとしていたという事。
 殺気といっても、実際に人殺しをする意思を指すとは限らない。
 実戦慣れしている上に狂想人のクラウは、殺気を放つ事すらも一つの攻撃、
 一つのフェイントとして戦略に組み込んでいるだろう。
 確実に消耗戦を強いられる厄介な存在だ。
 とはいえ、今はクラウ=ソラスに囚われている場合ではない。
「で、これからどうする気?」
 干し肉を肉食動物のようにカブりつくトリシュの隣で、フランベルジュが
 そう問いかけてくる。
 その答えは、既に出ていた。
「ハルを探す……と言いたいところだけど、ギルドを辞めたみたいだから、
 足取りを追うのは難しい」
 フェイルはハルが離れていった理由を、当初はギルドの方針だと思っていた。
 だがそれはクラウの証言によって誤りだと判明。
 しかもハルは父であるガラディーンに反目している可能性もあるという。
 目的が見えない今、闇雲に探しても見つかる可能性は低い。
「なら、ダメ元で一度【ウエスト】に通じる柱に……」
「生憎、その柱は閉まっていた。開ける方法を模索する必要がある」
 そうフランベルジュに答えたのは――――ヴァール。
 ここへファルシオンを運び終えた直後、一人で確認しに行ったらしい。
「……仕事、早いのね。流通の皇女の右腕だけあって」
「フン」
 フランベルジュの皮肉に対し、ヴァールは一切相手にせずそっぽを向いた。
 或いは素直に受け取って照れたという可能性も――――とあり得ない想像を
 一瞬だけ膨らましたのち、フェイルは改めて今後についての持論を述べた。
「クレウス=ガンソを連れてこようと思う」
「クレウス……? ああ、あの宮廷魔術士ね。まだ酒場?」
「多分。あの人がこの地下を封鎖した張本人だとしたら、封術の解除も出来るかもしれない」
 そう唱えつつも、実際にそう上手くいくとは限らないとフェイルは感じていた。
 以前、アルマが攫われた理由の一つを、『クレウスではこの地下街の管理が出来ない』
 と推察し、それに対するカラドボルグの回答も肯定的なものだった経緯から、
 クレウスは封鎖を解除出来ない可能性が極めて高い。 
 しかし状況的に、クレウスがメトロ・ノームの封鎖を行ったのは間違いない。
 そこから導き出される結論は――――『封鎖は出来ても解除は出来ない』という答え。
 もしそれが正鵠を射ているなら、クレウスを連れてくる意味は薄い。
「望みは薄いように思えますが……」
 ファルシオンも同じ見解らしく、木の実をやや強引に胃袋に収めながら、
 そう呟くように意見する。
 ただ、フェイルは小さい確率ながら、希望を見出していた。
 それは――――
「全ての柱を解除出来ないとは限らない。一部、例外的に解除出来る柱があるかもしれない」
 このメトロ・ノームの封鎖という現状の認識に、一石を投じるものだった。







 

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