「ファル……大丈夫?」
「はい。問題ありません」
 明らかに顔色の悪いファルシオン――――だったが、フェイルの心配を和らげるかのように
 かなり無理した様子で微笑んだ。
「案の定、魔力切れだ。オートルーリング頼りの魔術士が陥りやすい失態。
 楽に編綴出来るからといって、つい無理をしたり身の丈に合わない魔術を使ったりする」
 そのファルシオンを背負うヴァールが、無表情ながら何処かほくそ笑んでいるような声で
 そう指摘する。
 どうやら一刻も早く、ファルシオンへその嫌みを言いに行きたかったというのが真相らしい。
 そんなヴァールに対し、ファルシオンは笑みを消し、反論をすべく口を開こうとするが、
 やはり魔力切れの影響は大きく、直ぐに脱力し、ヴァールの背中にへたり込むように顔を埋めた。
「魔力の問題だけではありますまい。私の敗因はその娘の集中力にあったと言ってもよい」
「……そうだね」
 クラウのファルシオンへの称賛に、フェイルも全面的に同意した。
 事前に最低限の決まり事は設けていたものの、ファルシオンとクラウとの距離は常に遠く、
 しかも闇の中とあって、まともに敵味方の判別はつかない。
 ましてクラウは事前に攻撃が来ると察知出来る。
 そんな状況下にあって、ファルシオンは通常の魔術支援は不可能と早々に見切りをつけた。
 なら、一体彼女に何が出来るのか――――それを突き詰めて考えていたからこそ、
 フェイルの矢がはじけ飛んだ瞬間を狙って【悠久凍土】を放つ事が出来た。
 しかも、フェイルが最初にクラウへ向けて山なりに矢を放った際には、
 敢えてその攻撃への支援を行わなかったのも好判断。
 あの時点で矢を凍らせたところで、クラウは意にも介さず対応していただろう。
 それに、ヴァールの意識もクラウへの魔術による不意打ちに向いており、
 対応は期待薄。
 一度弾いた矢が再度自分を襲う武器となるとは思ってもいないクラウ。
 攻撃に失敗し、次の手段へと思考が移行するヴァール。
 その心理面の条件が揃ったからこそ、矢を凍らせるという手段が有効性を帯びた。
「咄嗟の判断か、それとも狙っていたのか。いずれにせよ、中々出来る事ではありませんな」
「……」
 ヴァレロン屈指の実力者に褒められたファルシオンは、ヴァールの背中に顔を寄せたまま
 全く動かない。
 フェイルは一瞬、照れているのかと思い様子を窺ってみたが、どうやら違うらしい。
「魔力が尽きると、強烈な睡魔が襲ってくる」
「……みたいだね」
 ヴァールの補足に納得したフェイルは、微かな寝息を立てるファルシオンの頭を
 軽く撫で、再び視線をクラウへと向けた。
「時間が惜しいから、貴方への質問はこれで最後にするよ」
「聞きましょう」
「貴方と、貴方のギルドは勇者計画および花葬計画にどんな形で関与しているんですか?」
 敵勢力の見極め。
 ヴァールとファルシオンがやって来た事で、頭を整理する時間を得たフェイルは、
 現時点において最も重要な情報はそれだと結論付けていた。
「勇者計画については、全面的に協力するのが傭兵ギルド【ウォレス】の方針ですな。
 もう一つの計画、花葬計画については……【ラファイエット】次第、といったところでしょうか」 
 勇者計画に【ウォレス】が荷担しているのは、あのエル・バタラにおける各参加者の
 勝敗の調整という点から明らかだ。
 同じように、【ラファイエット】もその線が濃い。
 勇者計画を牽引していたのはあの大会の優勝者であるデュランダルなのだから、国策か、
 或いは王族が深く関与している事が確実。
 国家への忠誠を見せる意味でも、また単純に金が動いていた可能性を考慮しても、
 妥当な方針といえる。
 無論、ギルトと国の癒着など、本来はあってはならない事だが――――
「花葬計画に関しては、随分と大雑把なんだね」
 問題はその花葬計画。
 こちらも国策の線濃厚だが、カラドボルグによると、花葬計画は二つに枝分かれしているという。
 一つ――――『花葬計画・一』は、安楽死の為の薬の開発。
 国策の可能性が高いのはこちらだ。
 もう一つ――――『花葬計画・二』は、アニスを救う為の計画。
 つまり花葬計画・二は、指定有害人種を普通の人間に戻す為の計画、と言い換える事が出来る。 
 よって、指定有害人種のクラウが率いる傭兵ギルド【ウォレス】は、どちらにも荷担する
 主体的な動機がある、という推察が可能だ。
 それだけに、クラウの返答は意外だった。
「貴殿が花葬計画について、その全容を既に知っていると仮定しましょう。その場合、
 恐らくは私が元の……健全な人間の肉体に戻りたいと考えているか否かによって、
【ウォレス】の方針が決まってくる。そうお考えなのでしょうな」
「……異論はないよ」
 指定有害人種となったクラウには、常人にはない幾つかの能力が備わっている。
 それだけを取れば、例え"化物"と罵られようと、能力を捨てたくないと考えても不思議ではない。
 例えば戦闘狂なら、寧ろ確実にそう思うだろう。
 だがこのクラウは決して戦闘に快楽を覚えてはいない。
 狂想人は決してそういった性質を有さない。
 彼らは戦闘ではなく"戦局"に快楽を見出す。
 個々の戦いではなく、あるまとまった武力闘争、例えば戦争といった全体としての争いに目を向け、
 そこに己の存在意義や目的を得る人間だ。
 よって、全体像を把握出来る知識や広い視野、或いはコネクションを持っている事が条件。
 クラウは当然、そこに含まれる。
「ではお教えしましょうか。私は指定有害人種である事に何ら不満はなく、寧ろ満足しています。
 だからこそ、早い段階でデュランダル=カレイラが狩りの対象としたのでしょうな」
「……」
 クラウが一時、行方不明になった際の事をフェイルは思い出した。
 あの時には、クラウのものと思しき血液がエル・バタラの会場の室内に残っていた。
 それがデュランダルの仕業なのは、試合場でリオグランテを殺害した事から、容易に想像出来る。
「なら、安楽死については?」
「どちらでも。特に興味を抱く話題ではない故に」
「って事は、花葬計画には反対の立場なんだね。【ウォレス】は」
「そういう事になりますな」
 答えと裏付けがほぼ同時に手に入った事で、フェイルは一定の満足を得た。
「アルマさんを貴方が拉致したのは、花葬計画反対派への協力? それとも賛成派への反発?」
「いずれにせよ、依頼があってそれを私が遂行した、という前提の質問ですな」
「その理解で構わないよ」
 クラウが自発的にアルマを攫うなら、アルマの所在を曖昧にはしない。
【ウエスト】にいるかもしれない、とは絶対にならない。
 それを見越したアウロスに、クラウは
「依頼人については無論、話せませんが、アルマ=ローランを"保護"するように言われたのは確かですな」
「了解。それで十分だよ」
 欲しい情報は全て得た――――という訳ではないが、時間と天秤にかけた場合、ここまでが最善。
 そう判断し、フェイルはクラウへと背を向けた。
「いいのか? あの道化師、もっと色々知ってるんじゃないのか?」
 そのフェイルに併行するように、ヴァールがついてくる。
「そっちこそいいの? 行動を共にするつもりはない、って言ってた筈だけど」
「当然そのつもりだ。進む方向が同じなのは全くの偶然だ」
 惚けたような物言いに、思わずフェイルは目を丸くし、ヴァールの方に顔を向ける。
 彼女の口からそんな冗談が飛び出すとは、とてもじゃないが想像出来なかった。
「何だ?」
「いや……」
 苦笑しながら、フェイルは立ち止まる。
 別に嫌がらせをするつもりはなく、ヴァールが怪訝そうに睨みながら立ち止まり、
 ファルシオンを背負い直す仕草を見せた。
 その様子を横目に、フェイルはクラウの方へと振り向く。
 クラウはやはりダメージを受けているような雰囲気は微塵もなく、
 こちらをじっと眺めていた。

『濁流から逃れよ』

 以前クラウが言っていた助言が脳裏をよぎる。
 フェイルは予感していた。
 彼との――――クラウ=ソラスと再び相まみえる日が来ると。






 

  前へ                                                             次へ