自分の目に異変が発生したのを自覚したのは、何時だったか――――
 フェイルはその回想に最早意味などないと理解しつつ、左手で左目を覆い、
 口を真一文字に結ぶ。
 その異変の要因は、推察は出来ても確信は決して得られなかった。
 元々が常人には携わっていない能力。
 つまり、本来の人間が持つべきではない力。
 当然、全てが未知数だ。
 成長と共に失われゆく運命なのかもしれない。
 酷使によって衰えていくのかもしれない。
 ただ、確かなのは――――この目に頼らないようにと奮闘したものの、
 結局は頼らざるを得ない宿命を背負ってしまった。
「敗北した方は、可能な限り勝者の欲する情報を提供する……でしたな。
 聞きたい事がありましたら、そちらから質問して構いません」
 クラウの頭部は、流血こそしていないが氷の矢が直撃した部位――――
 左側の額にはかなり大きな腫脹が見られる。
 だがそれをまるで感じさせないほど、クラウはその部位を気に留めていない。
 フェイルは勝者となった今も、そんな彼にある種の不気味さを抱いたままだった。
「……どうして僕の目が壊れかけているとわかる? 外見上、その所見が出てるの?」
「否、と言っておきましょう。血走ったり飛び出したりしている訳でもありませんな」
「なら、貴方の能力に関係がある」
 特に気の利いた推理ではなく、他に選択肢がないというだけの事だったが、
 クラウは感心した様子で口元を緩めていた。
「戦闘中にも感じたけど……貴方は他人の攻撃を何らかの方法で読んでいる。
 それも、心理的なものじゃない」
「その通りですな。私には、微弱な魔力の流れを察知できる器官が備わっているようです」
 微弱な魔力の流れ――――それが何を意味するのか、フェイルにはわからなかった。
「魔術の研究者によると、人間は魔術を使用出来る、出来ないに拘わらず
 魔力を体内に有しているそうです。魔力は通常、魔術を使用する為の魔石……魔具に
 付いている石ですな、アレがなければ移動はしないというのがかつての通説だったそうですが、
 実際には筋肉を動かすだけで微弱な魔力の流れが生まれるようなのです。
 より正確には『筋肉の初動』の時点ですな」
「つまり、目立った動きをする前……筋肉の隆起などの予備動作の時点で感知出来るの?」
「そういう事ですな。とはいえ、小さな所作による魔力の流れまでは汲み取れません。
 ある程度の大きなエネルギーの動きに対する魔力の流れでなければ」
「……そういう事か」
 相手を攻撃する場合は、例えどれだけ予備動作を小さく抑えようとしても、
 殺傷力を生み出す為の最小限の"溜め"は必要。
 魔術による攻撃に至ってはそれ以前の問題で、確実に魔力の動きがある。 
 幾らオートルーリングでも、魔術の第一段階――――魔力を魔石に集中させる時点で
 攻撃する事が読まれてしまっては、どうしようもない。
 心理や感情の起伏ではなく、物理的な感知がクラウの能力の正体だった。
「人体の魔力の動きは、その際に使用するエネルギーに比例します。力を込めればその分だけ
 魔力が多めに流れる。あくまでこれは体内の流れなので、魔力自体が消費する訳ではありませんが」
「だとしたら、僕のこの目の状態がわかるのは……」
「貴公の想像通りでしょう。その目で特殊な視界を作る際に、大きな魔力の流れが生まれるのです。
 私が見る限りでは、全力で走る際に両足に流れる魔力以上」
 それは――――如何にフェイルの鷹の目、梟の目が眼球や眼輪筋など目の周囲に大きな負荷をかけているか、
 これ以上なくわかりやすい例えだった。
「ですが、その魔力の流れがハッキリと、使用する度に小さくなっています。無論、貴公が
 魔力の流れを制御しているとは考えられませんので、その意味するところはというと――――」
「目、そのものが弱っていている」
 フェイルは目を押さえていた左手で、目の周囲を軽く揉みほぐしてみた。
 確かに多少の疲労感はあるが、特別大きくはない。
 だからこそ、深刻さを自覚せざるを得ない。
 筋肉疲労とは別のところで、目に限界が迫っている――――そう解釈するしかないのだから。
「……わかった。目の事はもういい」
 フェイルは左手を顔から離し、その瞬間に頭を切り換えた。
 覚悟はしていた事。
 ならもうこの件に時間を割いてはならない。
 得たい情報は山ほどある。
「まずは、アルマさんの居場所……【ウエスト】へ行く方法だ。その前に確認したいんだけど、
【ウォレス】がこのメトロ・ノームの出入り口を封鎖しているの?」
 クラウと遭遇する直前、フェイルはそう推察していた。
 デュランダルがメトロ・ノーム内にいる指定有害人種を追っていて、クラウ達【ウォレス】が
 それに協力しているのなら、理屈としてはそうなる。
「いや。その限りではありませんな」
 だが――――クラウは即座に否定した。
「恐らく貴公は勇者計画との関連で【ウォレス】を疑っているのでしょうが、
 あの計画に関わっていたのは我々だけではありますまい」
「確かに……」
 エル・バタラにおけるバルムンクの負け方も不自然だった。
 両ギルドが反目し合っている中で、その可能性は低いのでは――――とフェイルは
 読んでいたが、【ラファイエット】が同じように協力していた可能性は完全に否定出来ない。
「【ラファイエット】の仕業だっていうの?」
「それはわかりかねますな。その線もある、という程度の認識です」
 クラウは断言を避け、曖昧な返答に終始した。
 はぐらかす理由があるとは考えられない為、フェイルはこの件を一旦保留にすると決め、
 別の質問へ移行するよう頭の中を整理する。
「……ハルが何処へ行くか、見当は付かない?」
 現時点で、最も知っておくべきはハルの所在。
 彼がいれば、誰が柱に封術を施したかなど関係ない。
 が――――
「それは流石に無理ですな。神の目でも持たない限り」
「それもそうだよね……」
 ハルを探すか、無駄足かもしれないが、【ウエスト】へ続く柱へ行ってみるか。
 いずれにせよ、一刻も早く移動すべきではある。
 アルマに今すぐ危険が迫る訳ではないというカラドボルグの見解は理論的だったが、
 それが絶対に正しいと言える訳ではないのだから。
 だがその一方、ここでクラウからまとまった情報を得ておかなければ――――という気持ちも強くあり、
 フェイルは数秒ごとに決断を迫られていた。
「……次の質問。指定有害人種とは何?」
 ジレンマの中、フェイルが選んだのは勇者計画、花葬計画に大きく関与しているこの言葉への質問だった。
「成程。私が確実に知り得る情報を選びましたか。知りたいのは定義ですかな?」
「何らかの理由で極めて特殊な体質を得た人間の内、その体質が他人への悪となる可能性が70%を上回ると
 判断された者の呼称。それは知ってる」
「ふむ。ならば……」
 フェイルが知りたいのは、もっと具体的な、もっと現実的な情報。
 すなわち――――
「このヴァレロン新市街地……いや、エチェベリア国において、指定有害人種が誕生した理由。
 そして現在、間引きされようとしている理由。そんなところですかな」
「……」
 フェイルは沈黙のまま、一つ頷く。
 クラウの予想はフェイルの知りたい事を網羅していた。
「ハイト=トマーシュ司祭は、魔術国家デ・ラ・ペーニャとの間で生じた戦争の際に使用された
 生物兵器として使用された馬に食いちぎられて毒が回り、死ねない身体になったと言っていました」
「間違いありませんな。こちらの持つ情報と一致しています」
「彼は、その馬が生物兵器となり毒を持ったのは偶然だと言っていましたけど……僕にはそうは思えない。
 そもそも、生物兵器ってのは確か魔術に対抗する為に作られたものなんだから、その全ては研究成果だ。
 そして研究には意図が必ずある」
「同感です」
 そうフェイルに同意したのはクラウではなく――――ヴァールに背負われ、血の気のない顔で
 今にも気を失いそうなほど衰弱したファルシオンだった。






 

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