「……ぐ……」
 魔術によって凍り、通常以上の強度を得た矢の直撃。
 矢尻が突き刺さった訳ではない為、即致命傷という訳ではないが、
 猛烈な勢いで蹴り放たれたそれを頭に受ければ、無傷で済むはずもない。
 クラウは低い呻き声と共に片膝を付き、それでも気絶は避けようと歯を食いしばって
 意識を保っている。
 ただ、そこから何らかの行動に出る事は出来ないらしく、動かないまま。
 深刻なダメージを負ったのは明らかだった。
「やったか」
 叫ぶでもなく、昂ぶるでもなく、着地したヴァールはいつものように
 淡々とした表情で確認をとってくる。
 とはいえ、何も感情を抱いていた訳ではないらしく、若干頬が紅潮していた。
 そんなヴァールの心情を推し量るつもりはなかったが――――フェイルは
 微かに微笑みながら小さく頷き、クラウへと歩み寄る。
 勿論、警戒心を解く訳にはいかない。
 クラウは指定有害人種。
 それも、フェイルが今まで見てきた誰よりも危険領域に足を踏み入れているような
 挙動を見せていただけに、ここから"化ける"可能性は否定出来ない。
 実際、このメトロ・ノームの施療院でファオ=リレーが見せた豹変のような事は
 十分に起こり得る。
 果たして――――
「……見事な連携でしたな」
 クラウは、頭部に手を当てる事すらせず、そのまま折れた膝を伸ばし立ち上がった。
 顔こそしかめているが、氷の矢で頭部にまともに食らったにも拘わらず、
 意識の混濁は見られない。
 信じがたい打たれ強さだ。
 だが、激高や反撃の意思も見られない。
 それでもヴァールは、クラウを挟んでフェイルの反対側へ回り、
 いつでも挟み撃ち出来るポジションに移動していた。
「そう警戒する必要もありますまい。今の私が貴公等の追撃を防ぐ事は不可能。
 "回復"にはかなりの時間を費やす必要があります故」
「……その回復ってのも、僕達の使ってる言葉とは意味が違いそうだね」
 半ば皮肉げにそう話しつつも、フェイルは安堵感を抑えきれずにいた。
 三対一。
 それで勝ったからといって力比べで勝ったと言える筈もないし、
 そもそもそれを誇示するつもりも一切ない。
 とはいえ、これほどの難敵をここで退けられたのは幸運だった。
 もし一人でいる時に遭遇していたら、どうにもならなかっただろう。
 矢は全て失ってしまったが、それに見合う価値は十二分にある勝利だった。
「話せるのなら、直ぐにアルマさんの……アルマ=ローランの居場所を話して欲しい」
「断る理由はありませんな。約束なのですから」
 既に呼吸の乱れもなく、紳士然とした語り口調でクラウは肯定した。
 本当にダメージが残っているのかを疑いたくなるほど、その声に弱々しさは微塵もない。
 明朗な言葉で、フェイルが長らく熱望していた情報が語られる――――
「彼女の身柄は現在、諜報ギルド【ウエスト】が預かっている筈ですな」
「……諜報ギルドが?」
 それは、予想していなかった回答だった。
 カラドボルグは『勇者派』『花葬計画・一派』のどちらかがアルマを攫ったと
 言っていたが、諜報ギルドとなると、一体どの派閥に付いているのか判断が難しい。
 或いは彼が言っていた『その他』の可能性もある。
 とはいえ、アルマの居場所が特定しやすくなったのは朗報。
 諜報ギルド【ウエスト】の本部へ行けば、彼女が匿われている可能性が高いだろう。
 ただ、現在このメトロ・ノームは封鎖状態にある。
 以前はアルマと共に【ウエスト】本部へ柱内を通って行く事が出来たが、今は無理。
 扉を開けるには、魔崩剣を使えるハルを探す必要がある。
 そのハルは、今ここにいるクラウが代表を務める傭兵ギルド【ウォレス】に所属しているが――――
「余談ですが、ラインハルトなら既に退団していますな。退職願を提出してきたので、
 受理したばかりです」
 フェイルの思考経過を読み切ったらしく、絶妙のタイミングでクラウが新たな情報をくれる。
 余談どころか非常に重要な事実だった。
「その為に僕達から離れたのか……ならその後は父親に付く、って事?」
「いや、それはありますまい。あの男は父に尋常でない恨みを持っていた故」
「……え?」
 更に続く、予想しない情報の吐露。
 フェイルは混乱しそうな脳内をどうにか制御し、理性を保った。
 とはいえ、ハルが父――――ガラディーンを強烈に恨んでいるというのはにわかに信じ難い。
 少なくとも、フェイルはそういった印象をハルから受けた事は一度としてなかった。
 複雑な心情を抱いているのは想像していたが――――
「おい」
 クラウのもたらした情報を持て余していたフェイルに、ヴァールが乱暴に話しかけてくる。
「向こうにいる女、さっきから全くこっちへ来ようとしない。戦闘が終わった事に
 気付いていないんじゃないか?」
「あ……」
 そういえば――――と、フェイルは薄闇の中、梟の目でファルシオンの方へ視線を向ける。
 鷹の目とは違い、遠目で細部までは確認出来ないが、こちらの様子を窺っているという
 素振りも見られない。
「もしかしたら、さっきの魔術で魔力を使い果たしたのかもしれない。多分あれは
 相当高度な魔術じゃないかな」
「矢を凍らせた青魔術なら、間違いなく上級魔術だ。私が行ってくる」
 思いの外気が利くらしく、ヴァールは即座にファルシオンの方へと向かった。
 オートルーリングを使用するファルシオンを嫌っていた筈だが、今はそのような
 素振りは見せず、寧ろ気を遣っているようにすら感じる。
 まさかこの状況でファルシオンに止めを――――といった懸念もなくはなかったが、
 それならフェイルにいちいち断ってから行く必要もない為、フェイルはヴァールを
 信じる事にした。
「……それにしても、少々驚きましたな。まさか貴公にヴァール=トイズトイズが付くとは」
「一時的な協力だよ。協力というよりは強制に近いけど」
「彼女はスティレット=キュピリエに致命的な弱みを握られている故、裏切る事はしないでしょうが……」
「弱み?」
 また、新情報。
 流石に情報過多といった状況になりつつあるが、フェイルは聞き返さずにはいられなかった。
「……どうやら貴公は余り事情を知らないままにここまで来たようですな」
「それは否定出来ないね。指定有害人種についても、ようやくある程度の事がわかったって段階かな」
「成程。私がこのような不覚を取ったのは、それが原因ですな」
 クラウの自嘲的な笑みは、フェイルにとって眉をひそめざるを得ないものだった。
 知らないからこそ不利になる事はあっても、有利に働く要素はないだろう――――
「貴公は戦いの中でちょくちょく、夜目が利く方の目を使っていましたな」
「……ま、気付かれるよね」
 接近戦中心になった後も、梟の目を使ってクラウの位置は常に正しく把握していた。
 それがどの程度の有利性を生んだかはともかく、戦闘においてある種の安定感をもたらしたのは確か。
 このメトロ・ノームの現状においては、更に梟の目に頼る局面が増えてくるだろう――――
「既に壊れ始めていますぞ。貴公の目は」
 クラウのその指摘に、フェイルは描いていた青写真が赤く染まっていく現実を感じた






 

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