―――― 五秒

「見事なり、フェイル=ノート」
 そのクラウの言葉は、まるで潔い敗北のセリフ。
 だが実際にはそうではなく、自分の特性――――攻撃を事前に読める能力を
 フェイルが看破したと確信しての賛美だった。
 既に放たれた矢は、読みの対象とはならない。
 つまり、今クラウへ向けて放物線を描いている矢は、クラウの特性の外にある攻撃だ。
 とはいえ、読む読まない以前に、回避する事自体が非常に容易な軌道と猶予。
 先程フェイルが放ったその最後の一矢は、普通ならまず"当たらない"。
 そして最後の矢を放ったフェイルに残された武器は、弓のみ。 
 何も知らずにフェイルと対峙していれば、自棄になって突っ込んできたと
 解釈すべき場面なのだろうが、クラウは寧ろ警戒を強めていた。
 接近戦もこなす弓兵。
 その情報は、既にクラウの辞書に記されている。
 故に迷いはない。
 他の二人――――ファルシオンとヴァールの援護も視野に入れ、尚且つ
 全力で向かってくるフェイルに対し、油断なく迎え撃つ。
 メトロ・ノームの暗鬱とした空間を切り裂くように疾走しながら、
 フェイルは敵の心理状態と立場を冷静にそう分析していた。

 ―――― 四秒

 打てる手は打った。
 もう矢も手元になく、あらゆる方策は打ち止めだ。
 後はもう、計略を巡らす事もない。
 ただ、己が鍛えてきた戦闘技術と、これまで生きてきた中で磨かれた集中力によって、
 運を研ぎ澄ますのみ。
 本来、運というものは自分の力では制御出来ない、完全なる外部の作用。
 主導的に、主観的にどうこう出来る動力ではない。
 だがフェイルは今まで歩んできた人生、経験してきたあらゆる事情から、
 運とは磨き鍛えるものだと密かに思っていた。
 誰にも口に出来ない、まるで努力賞を思わせる幼稚な思想。
 頑張れば、運さえも味方に付ける事が出来る――――この上なく陳腐で、
 そして純粋な仮説だ。
 その是非を問う気は、フェイルにはない。
 ただそうであって欲しいという願いがそこにあるのみ。
 その願いを弓に宿し――――
「はああああああああああああああ!」
 フェイルは己を鼓舞すべく吼え、見開いた左目に神経を集中させる。
 その瞬間、クラウとの距離――――フィナアセシーノ全長の丁度二倍。
 フェイルの弓はまだ遥かに届かない。

 ―――― 三秒

「さあ、私を滅してみ給え!」
 クラウもフェイルの咆哮に応じるかのように、叫ぶ。
 同時にフィナアセシーノを持つ右手、そして右腕が閃いた。
 ただそれは、ファオ=リレーやトリシュの左腕のような、人間離れした動きではない。
 ただ、バルムンクのような正当派の凄味とも異なる。
 それは――――技巧に特化した攻撃。
 フィナアセシーノによって、まるで宙に魔方陣でも描いているかのような、直線的、かつ
 鋭角な連撃を生み出してくる。

 ―――― 二秒

 鎌に似た槍といった形状なので、打突は有効とは言えないその武器で、払いと薙ぎを次々と
 繰り出してくるクラウに、フェイルは弓一張で対抗した。
 金属製ではないその弓は、一度でもフィナアセシーノの刃を食らえば切断されてしまう。
 胴の部分に弓を当て、防がなければならない。
 連撃に対しては連撃で対抗。
 一撃目の衝突で強制的に突進を止められたフェイルは、その場で足を止め、クラウの攻撃をせき止める。
 だが、止めるのがやっとで、攻撃に移る事が出来ない。
 武器の長さから、フェイルの弓の方が若干小回りが利く――――とはいえ、クラウの手数は尋常ではなく、
 しかも一撃一撃が重い。
 直撃は食らっていないのに、弓を持つ腕があっという間に疲弊していく。
「さあ!」
 高揚状態にあるのか、クラウの目が若干血走っている。
 連撃は止まない。
 まるで横殴りの豪雨のようにフェイルを襲い続ける。

 ―――― 一秒

 先程フェイルの放った矢が下降し、クラウを目指して落下してくる。
 だが、今のフェイルにその矢をクラウの意識から外すような、集中力を乱すような
 新たな仕掛けは何も出来ない。
 つまり――――フェイルの攻撃は失敗。
 
 ―――― 〇秒

「矢を自ら掴むか弓で弾き攻撃とする、その狙いは無効!」
 クラウは寸前で回避する事も出来る状態だったが、敢えて連撃を続け、その攻撃の最中に
 フィナアセシーノで矢を弾き飛ばした。
 フェイルが落下してきた矢を使って攻撃しようとしていた事を読んで。
「この一瞬の隙を突き仕掛けて来る不意打ちも無効!」
 更に――――突如放たれたヴァールの魔術、炎の塊をもフィナアセシーノで切り裂く。
「……!」
 ヴァールは絶妙な、非の打ち所のないタイミングで攻撃を仕掛けた。
 フェイルの放った矢にクラウが意識を向ける、ほんの一瞬を突いた完璧な不意打ちの筈だった。
 しかしそれすらも、クラウは問題にしない。
 彼に攻撃を察知させない事は不可能――――そう認めざるを得ない。
「今この瞬間に私へと斬りかかるのも無効……いや、弓では斬りかかる事がそもそも出来ませんな」
 勝利を確信し、クラウは高揚した精神を鎮める。
 その表情には笑みが消え、寧ろ失望すら漂わせていた。
 フェイルの攻撃の失敗を受けて。

 ――――"予定通りの失敗"を。

 刹那、音がフェイル達の頭上に響き渡る。
 先程クラウが弾いたフェイルの矢が、天井に当たった衝撃音――――ではない。
 何かが何かに物理的に衝突した音とは明らかに異なる、異質な音。
 その音を生み出したのは、フェイルでもなく、ヴァールでもなく、クラウでもなく――――
 ファルシオンだった。
 ファルシオンはヴァールと同時に魔術を放っていた。
 ただしそれは、クラウを攻撃する為のものではない。
 クラウが弾いた矢を狙って放たれた青魔術【悠久凍土】。
 広範囲を凍らせる効果を持つ、ファルシオンが使用出来る最も難易度の高い上級青魔術だった。
 その魔術によって矢は瞬く間に凍り、その重さでほぼ真下へと落下する。
 まるで氷柱のように。
 だがその氷の矢は、都合よくクラウの真上にはない。
 落下したところで、クラウやフェイルからは離れた位置だ。
「陽動……だとすれば中々の――――」
 そこまで声にしたところで、クラウは理解した。
 油断はしていない。
 フェイルからは決して目を離さず、今直ぐにでも攻撃を再開し止めをさせる。
 そんな絶対的有利な状況下にあったにも拘らず、クラウの目は驚愕で見開らかれていた。
 その目が映したのは――――ヴァール=トイズトイズ。
 彼女が、跳躍していた。
 落下してくる氷の矢をめがけて。
 無論、それはクラウへの直接攻撃ではない。
 読み切れなかったその動きに、クラウは後手に回ってしまった事を自覚し、一気に警戒心を増幅させ、
 空中から飛んでくるであろう攻撃に備える。
 ヴァールが氷の矢を自分の方へ蹴り飛ばしてくる――――そう読んで。
 ただしその読みは、自身の頭で行ったもの。
 いわば普通の思考経路。
 故に、視線の動きも挙動も、目の前のフェイルにとってよく馴染んだものだった。
 三対一。
 卑怯なのは知っている。
 でも――――
「……ぬ!」
 ずっと守勢に回っていたフェイルが、ヴァールに気を取られていたクラウめがけ弓を振りかざす。
 クラウはその攻撃に即座に反応し、フィナアセシーノで受けようとしたが――――
「でも、負ける訳にはいかないんで」
 その攻撃はフェイントだった。
 フィナアセシーノの胴と弓が接触した刹那、フェイルは跳躍し、その接合点を支点として
 クラウの身体を飛び越える。
 そのフェイルの身体が、一瞬クラウに死角を作った。
「――――!」
 次の瞬間。
 ヴァールに蹴られ、回転しながら飛来する氷の矢が、フェイルを掠め――――クラウの頭部を直撃した。






 

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