戦闘中、戦力差を埋める為に計略を巡らす事はこれまで何度もあった。
 それは訓練が大半を占めていたが、実戦においても相当な数経験していた。
 そしてその多くは、少年期――――生きる為に"狩り"をしていた頃の実績。
 自分よりも遥かに速く動き、獰猛な牙と爪で、場合によっては毒で自らの身を
 守ろうとする野生動物達との生存競争の際に自然と身につけたものだ。
 フェイルは考える事そのものを苦にしない。
 どれだけ疲労していても、苦痛があっても、思考を鬱陶しがる事はしない。
 それは子供の頃の環境にも起因するが、何より大きな理由は『身体を動かすよりも
 あれこれ考えている方が楽しい』という性格面にあった。
 そんなフェイルにとって、クラウ=ソラスとの戦闘は特別なものだった。
 楽しさはない。
 が、嬉しさは存在した。
 自分がこれまで培ってきた技術、体験、生きた証をそのままぶつけられるからだ。
 そしてそれは、一対一に限りなく近い状況となったこの戦いにおいて、
 理想的な精神状態を作り出す。
 恐怖も気負いもなく、勝利への過度な欲求もなに。
 あるのは、目の前の敵が何を考え、何を行動するか――――
 すなわち敵への考究。
 フェイルの場合、それが最大限の集中力となる。
 そこから導き出された答えは、ある種自分自身の投影でもあった。

 クラウは――――常に敵対する人物の行動を先読みしている。
 もちろん、完全に他人の思考を読める能力などこの世には存在しないので、
 予測の域は出ない。
 が、その予測を人間離れした精度で行える"何か"を有している。
 魔術ではない。
 或いは、指定有害人種ならではの――――生物兵器からの汚染によって
 発生した特殊な"能力"かもしれない。
 フェイルの両目と、そして彼自身の右腕と同じような。
 その能力によって、敵の攻撃の瞬間を事前に把握している。
 そう考えれば、遠距離攻撃が外れてしまうのも必然だ。
 攻撃を仕掛けられる寸前に、先に動けるのだから。
 遠距離から攻撃する場合、相手の小さな動きまで把握するのは不可能。
 まして今まさに仕掛けようとする最中に、気配を感じさせない敵が身体を
 一歩二歩動かしていたとしても、到底わかりはしない。
 まして現在、このメトロ・ノームは薄闇に包まれている。
 良好な視界の中で、フェイルが鷹の目を使えば見抜けたかもしれないが、
 この暗がりの中ではその仮定も無意味だ。
 クラウは何らかの方法で、敵が攻撃するタイミングを事前に知る事が出来る――――
 それがフェイルの出した答えだった。
 先程、フェイルの弓での一撃を敢えて受けたのも、その事実を隠す為だと
 すれば納得がいく。
 致命傷にはならないとわかっている攻撃を受け、本当に危険な攻撃に対する
 最適な防御方法を隠す。
 狂想人らしさ、そして策士らしさを兼ね備えた非常に大胆な策だ。
 その仮説が正しいか否かを試す方法は?
 フェイルは一計を案じる。
 フェイントを織り交ぜる事には恐らく意味がない。
 本物の攻撃と見せかけの攻撃を見抜くくらい、行動を読む能力を使わずとも
 クラウほどの猛者なら造作もないだろう。
 その技量を上回れるほど、フェイルの戦闘能力は高くはない。
 ならば――――
「……む?」
 フェイルは駆けた。
 クラウから遠ざかる方向へ駆けた。
 それも背走ではなく、クラウに背を向けて。
 この敵前逃亡を思わせる行動に、クラウのフィナアセシーノを握る右手に力が入る。
 その事実を把握する事は出来ないが、フェイルはクラウが後ろから斬り付けては
 来ないと確信していた。
 彼の速度なら、容易にそれは出来る。
 殺す気でも、殺さず情報を得る心づもりでも、どちらだとしても好機。
 が、それだけに警戒心が生じる。
 クラウは既にヴァールの位置を把握している為、二人が何処から攻撃してくるかは
 わかっている。
 位置関係から、ヴァールの方が近い為、先にヴァールの攻撃が届く。
 よって、仮に攻撃中にヴァールとファルシオンが同時に自分を攻撃してきても、
 フェイルを仕留め、ヴァールの攻撃を避け、そしてファルシオンの攻撃を回避する――――
 それで問題ない。
 間違いなく、フェイルを追うべき場面だ。
 しかし、もしクラウが敵の攻撃するタイミングを事前に知る能力を持っているなら、
 ここでは動かない。
 何故なら、警戒するからだ。
 ヴァールでもなく、ファルシオンでもなく――――フェイルの攻撃を。
 フェイルはクラウに背を向けながら、残り一本の矢を取り、弓に番いながら疾っていた。
 クラウを攻撃する為、矢を射るのに適度な距離をとる移動だった。
 もしクラウが常人なら、フェイルの行動を『攻撃の為』と瞬時に理解する事は絶対にない。
 ヴァールやファルシオンの援護の為、或いは敗走と考えるだろう。
 後者は通常なら考え難い行動だが、事前にフェイルが勝利者特典の確認をした事で、
 先程『殺さず情報を得たい』との意思を示しておきながら致命傷となり得る攻撃をしてきた
 クラウへの意趣返しになる。
 頭の良い彼なら、そこまで瞬時に考えられるだろう。
 それだけに、フェイルの行動理由をこの二つに絞るのが自然であり、フェイル自身も
 そう誘導した。
 援護待ちなら問題なく捌ける。
 敗走なら一刻も早く仕留めるべき。
 いずれにせよ、待ちの一手はあり得ない。
 が――――クラウは攻めてこない。
 これから行うフェイルの攻撃を、本来あり得ない読みで事前把握したからだ。
 フェイルはそれを既に確信していた。
 そして今、裏付けられた。
「一体どれだけの強さを持ってるんだ、クラウ=ソラス」
 心の中でそう呆れつつ、フェイルは足を止め、同時に振り向きつつ矢を放つ。
 その矢は、クラウの現在地へ確実に突き刺さるよう制御されていた。
 ただし、直線的な軌道ではなく、急角度な放物線を描いていた。
 以前、バルムンクに仕掛けた『高射』と似た攻撃だ。
 あの時は足下から顔を狙い、回避されたその矢を上から降らせるという二段構えだった。
 今回は、純粋に上から降ってくる矢という一段のみの攻撃。
 ただ、クラウの能力が『攻撃予測』に特化していると仮定すれば、このなんでもない
 攻撃には別の意味が生まれる。
 矢がクラウの現在地に落ちるまで、五秒ほど。
 その計算で放たれた矢は、メトロ・ノームの天井まで届く事のない勢いで上昇を続ける。
 五秒。
 クラウでなくとも、或いは戦士でなくとも躱せるだけの時間。
 その五秒のカウントダウンが始まった瞬間、フェイルは先程と逆方向――――つまり
 クラウへ向けて駆け出す。
 攻撃の瞬間を既に読み終えられた、最後の一矢。
 その矢が宙を舞う中、フェイルの"賭け"に対し――――クラウの顔からついに余裕が消えた。




 

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