――――誤算だった。
 少なくとも、ヴァール=トイズトイズの顔にはそんな苦渋の表情が
 ありありと浮かんでいた。
 ヴァールが狙っていたのは、今しがた鮮血が舞った左肩ではなく――――右腕。
 フィナアセシーノを持つ、利き腕と思しきその腕こそがクラウの脅威そのもの
 であり、この戦闘における鍵だと確信していたからだ。
 クラウと対峙し、短時間ながら戦闘をした事で、ヴァールはもう一つ確信を得ていた。
 絶命に繋がる攻撃は通じない。
 というよりは、その攻撃をさせない。
 クラウはその術に長けている。
 或いは極めているという表現が適切であると。
 何故なら、それが狂想人の特徴の一つでもあるからだ。
 デタラメに見えて、その実恐ろしく冷静で合理的。
 相手の性質を解し、行動を読み、自分にとっての不都合を塗り潰していく――――
 そんな特性を持つ。
 彼女もまた、狂想人の存在を知っていた。
 それもかなり身近な存在として。
 その為、クラウもまたその狂想人である事を早期に理解していた。
 が、理解したからといってどうなる相手ではない。
 攻略法は皆無に近い。
 加えてこのクラウ、戦闘能力が極めて高い。
 ただでさえ難敵、それに加え読みようのない無作為行動。
 普通に攻撃しては当たらない。
 なら、急所ではなく敵の攻撃の要を奪う。
 その一点のみに集中し、ヴァールはクラウとフェイルの戦闘を柱の陰から
 凝視し続けていた。
 そして、クラウが右腕で攻撃した瞬間を狙った。
 攻撃と同時なら、そもそも回避しようがない。
 だが結果は、ヴァールの攻撃が外れた形で現れた。
 左腕を吹き飛ばすつもりで放った魔術が、右肩に中程度の傷を負わせる程度。
 そして――――
「ふむ……ようやく尻尾を出しましたな」
 その代償として、攻撃した位置、角度を悟られてしまった。
 ヴァールの魔術は既存のものとは質が異なる。
 けれどその特性がまるで活かされない。
 クラウが意にも介していないからだ。
 事実上、ヴァールは無力化されてしまった。
「……」
 その一連の様子を、フェイルは睨むようしながら眺めていた。
 ヴァールの歯軋りが聞こえてきそうな展開。
 ただ、今の攻防は何処か奇妙でもあった。

 何故――――ヴァールの攻撃が外れたのか?
 
 フェイルが遠距離より狙撃した際、狙いを外したのは"目"の異変の所為。
 しかしヴァールが外す道理はない。
 彼女ほどの腕を持ちながら、自分が攻撃される危険のない状況で
 そんな失態を犯す筈がない。
 何かがある。
 まだ把握しきれていない何かが、このクラウをより難敵にしてしまっている。
 逆に言えば、そこを暴ければ光明を見出せるかもしれない。
「……」
 フェイルはこの緊迫した中、クラウから一瞬目線を切り、遠くで
 戦況を見ながら支援の機を窺っているファルシオンの方を見た。
 気配もなく異様な速さのこのクラウから目を離すのは、例え僅かな時間でも
 致命的となりかねない、賭け。
 だがどうしても必要だった。
 ファルシオンなら、気付いてくれる。
 この場面で自分を見る事の意味を。

 ――――今、仕掛けて

「了解しました」

 そんな返事が聞こえた気がした刹那――――ファルシオンの周囲から
 魔力の霧散現象が生じる。
 魔術を放つ際の予兆。
 この時間をより短く、現象そのものをより小さくするのが魔術士の腕の
 見せ所の一つ。
 ファルシオンは平均的な魔術士よりその点優れていたが、ヴァールには劣る。
「ほう」
 必然的に、クラウも魔術の発動に気付いた。
 それを知る由もないファルシオンはそのまま魔術を放つ。
 攻撃手段として選ばれたのは【氷輪】。
 視覚的にもわかりやすい青魔術だ。
 ファルシオンのその選択に、フェイルは思わず一瞬表情を緩めた。
 わかってる――――と。
 魔術によって作り出された氷のリングが、かなりの速度でクラウへと向かう。
 とはいえ、距離があり過ぎる。
 避けろと言っているようなもの。
「敢えて私が直ぐに気付く魔術を使い、そちらに目を向けさせる。
 本命は……貴公の矢ですかな?」
 クラウの読みは決して間違ってはいない。
 中間距離にいるフェイルがここで矢を放つのは、現実的な選択肢ではない。
 だからこそ、虚を突ける。
 ファルシオンとの連携として、考えられる上で最良の策とさえ言える。
 そう来ると読んだクラウの予測力は、非常に高い次元にあるだろう。
 だがフェイルは、残り一本の矢に手をかけず、佇んだままでいた。
「……む?」
 読まれたから突如作戦変更、攻撃を止めた――――そんな挙動ではない。
 クラウに戸惑いや狼狽を生み出す程ではなかったが、その小さな虚に
 フェイルは安堵に近い感情を抱いた。
 ようやく完全に人間らしさを見つけた、と。
「どうやら読み違えたようですな。そうなると、この魔術はどうやら
 別の意図がある。ふむ……」
 そう話すクラウの頭上を、【氷輪】が通り過ぎていく。
 ファルシオンの放った魔術はクラウを捉える事はなかった。
 そしてそれをクラウは確信している。
 最初から当たる筈がないと。
 遠距離攻撃は全て、このようなズレが生じている。
「よもや、二度目で気付かれていようとは……ふふ」
 そしてクラウも、その"能力"がフェイルに見抜かれた事を察したらしく、
 ついには口を綻ばせるだけに留まらず、笑い声を漏らし始めた。
 一方で、フェイルは必死になって考察をしていた。
 近距離では当たった。
 それは攻撃を仕掛けたフェイル自身が"当たらない"と覚悟していた攻撃だった。
 だが予想に反して当たった。
 逆に当てようとした攻撃は、回避すらせず当たらない。
 超能力でも使っているかのような、不可解極まりない事実。
 しかしこの世にそのような力があるとすれば、それは魔術のみ。
 そしてクラウは魔術士ではない。
 なら考えられるのは――――
「……試すしかない、か」
 そう心中で自分を鼓舞するように呟き、フェイルは右目を閉じ、弓を持つ右腕に力をこめた。
 虚を突く事に長けた、長け過ぎた相手。
 その性質に手がかりがある。
 仮定した内容に確信はなかったが、だからこそ実際に試してみるしかない。
 元々戦闘能力にはかなりの差がある。
 思い切った賭けに望みを繋ぐのも、一つの手だ。
「クラウ=ソラス」
 敢えて声を出し、その名を呼ぶ。
 クラウは笑みを消し、胸を張ってフェイルと対峙した。
「今一度問う。この戦い、負けた方が知り得る情報全てを譲渡する事に偽りはないね?」
「ありませんな」
「何に誓う?」
 一瞬の間の後――――
「ならば、この世界に」
 ――――答えは何でもよかった。
 既にフェイルは駆けていた。





 

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