不可避の一撃――――フェイルは突如自分の頭上に現れたフィナアセシーノの
 刃の煌めきに、迷いなくそう判断した。
 一体どんな原理で、これだけの距離を一瞬で詰めたのはかわからない。
 神速のなせる術なのか、他に何か別の理由があるのか。
 その検証さえも捨て、フェイルは行動を起こした。
 それは唯一と言っていい、この状況において可能な行為。
 防御不可能。
 回避不可能。
 なら――――攻撃あるのみ。
 フェイルの視界には、フィナアセシーノの刃部しか映っていないが、
 勢いよく振り下ろされている以上、武器だけが飛んできた訳でない事は確か。
 相変わらず気配も生気も殺気も存在しないが、今目の前にクラウがいる。
 いると仮定し、フェイルは弓を前へと突き出した。
 殺傷力など殆どない、ただ弓を持つ右腕を前に出すだけの最少移動。
 ――――故に最速。
「つっ……!」
 それでも先に弾けたのはフェイルの頭部。
 フィナアセシーノの刃が髪の毛を数十本切り裂き、頭皮を抉る。
 が――――抉られたのは頭皮のみ。
「む……ぅ」
 フェイルの突き出した弓は、攻撃のみに集中していたクラウの首を捉えた。
 反撃など一切想定していなかったらしく、クラウはこれまで皆無だった
 驚愕の様相を浮かべ、フェイルの弓に無抵抗のまま後方へと押し出される。
 そのまま倒れる事こそなかったものの、三歩、四歩――――と体勢を
 崩しながら後退していく様は、ようやく僅かながら人間らしさを感じさせた。
「やりますな。まさか反撃されるとは露程も」
 だが、首に一撃を受けながら咳き込む様子すらない。
 やはり人ではない――――フェイルは灼けるように熱い頭部の負傷箇所を
 左手で触りながら、辟易とした思いを抑えられずにいた。
 それでも、負傷は最小限。
 出血も然程ではない。
 判断は正しかった。
 が――――紙一重。
 これからまた、同じような状況が何度も生まれてくる。
 そう認識せざるを得ない難敵に対し、更なる集中力が湧いてくる。
「街中……此処で言う街中とは上の世界、すなわちヴァレロンを指しますが……
 そこで数度見かけた貴公はどちらかと言えば、静かな青年という印象でしたが」
 クラウは尚、対話を望む。
 或いはこれが、彼の戦闘スタイルなのかもしれない――――という見解が
 フェイルの中に生まれていた。
 会話によって自分のリズムを作り上げる風変わりな戦士は、いるにはいる。
 ハルも何気にそういうタイプだ。
 或いはバルムンクも近いかもしれない。
 だが、クラウがそのような性質というのはかなりの意外性を認めなければならない。
「一皮剥けば、戦闘狂……は言い過ぎなのでしょうが、少々常軌を逸した
 戦闘への意欲を感じますな。自身の生命を脅かされても尚、動揺が見られない。
 いや、寧ろ危機的状況にあってより冷静に対処を出来る。そのような訓練を
 中長期的に受けてきたのでしょうな」
 たかが数十秒の戦闘の中で、クラウはフェイルの歴史を凄まじい速度で紐解いていく。
 情報の収集、そして分析。
 会話だけではなく、反応や表情からも相手を読み解いていく
 長期戦は不利――――フェイルはそう刹那に判断し、先手を取るべく膝を曲げ地面を蹴った。
「素晴らしき決断力に敬意を」
 クラウは再びフィナアセシーノを前方へ掲げる。
 だが今度は上段ではなく中段。
 フェイルが今まさに飛び込もうとしている軌道上に刃部を"置く"形だ。
 当然、直線的な動きで最短距離――――で捕まえられる相手ではない。
 左へ跳び、更に左へ――――と、クラウの周囲を回り、そこから隙を見て
 更に中へ飛び込む攻撃プランだった。
 だが、クラウが構えをとった時点でその作戦を変更。
 そのまま直線で一気に懐に飛び込む――――そう決断した。
 当然、目の前にはフィナアセシーノが迫り来る。
 しかし、その軌道上に構えたという事は、そこには来ないと読んでいる可能性大。
 読みを外せば、慌ててくれるかもしれない。
 その期待があった。
「そう来ましたか。が……想定内ですな」
 フィナアセシーノが揺れる。
 先程と同じ現象、だが先程とは動きが違う。
 振り下ろされるのではなく――――しなる。
「……!」
 まるで鞭のように、変則的な軌道で伸びてくる。
 それは、軌道こそ違えどデュランダルやファオ、或いはトリシュが見せた
 異様な腕の速度と共通点があった。
 クラウの不規則かつ鋭い一撃は、これもまた不可避――――
「む」
 その筈だった。
 想定していなければ。
 フェイルもまた、『可能性大』に留めていた事が幸いし、頭の片隅に攻撃が来る
 事を入れていた。
 膝を曲げ、低い体勢で突っ込もうとしたところを更に屈み、地面に向かって
 飛び込むようにして――――クラウの攻撃を避ける。
「ほう……今度は皮一枚も貰えませんでしたか」
 感心した様子で伸ばした腕を身体の傍に戻すクラウ。
 その腕の長さは取り立てて常人と変わらないし、フィナアセシーノは刃部が
 波状とはいえ、紛れもなく硬い金属だ。
 しかしフェイルの目には、それが鞭に見えた。
 リオグランテも含め、これまで見てきた指定有害人種が皆、似たような
 攻撃をしてきた。
 その事実がフェイルを窮地から救ったのだが――――同時に疑問も生む。
 誰が教える筈もない。
 なのに何故、似たような攻撃を仕掛けるのか。
 或いは――――指定有害人種とは"そういうもの"なのか。
 答えはこの場で出そうにない。
「我々のような汚染された人間は、何処かに同じ汚れを持っているのでしょう。
 飼っている、というのが正確かもしれませぬな」
 そんな中、フェイルの疑念を読み解き、率先してクラウが答える。
 だがそれは答えではなく、誇示だった。
「生物兵器によって汚染された身体故、生物兵器の性質が共通項となっているのでしょう。
 私達とは違った性質を持っていた貴公は、元々候補としては弱かったのですよ。
 尤も……だからこそ、より強い可能性も秘めているのですかな」
 その強弱が戦闘力を指している訳ではない事を、フェイルは即座に理解した。
 そして同時に、大きく息を吸う。
 先程の攻撃を躱せた事実は大きい。
 フェイルの中で、自分を信じられるきっかけになった。
 少しずつ、戻りつつある――――そう感じている。
 あの、王宮で毎日暗くなるまでデュランダルを相手に繰り返した、暗殺技能習得の訓練。
 それは決して狙撃に特化したものではない。
 使わない技術の筈だった。
 使えない技術の筈だった。
 この戦いは、殺し合いではないのだから。
 が――――
「……ああ言っておけば、『どうせ殺さないんでしょ?』って心理が働いて、殺しやすくなる」
 そう呟いたフェイルに、クラウは口元を緩める。
「ほう。気付いていましたか」
「頭を狙われれば、誰でも気付くよ」
 曲者。
 それは時として小者と同義だが、眼前の男は底が見えない。
 或いは今し方フェイルが話した真意すらも真意ではないのかもしれない。
 まるで、道化師。
 紳士然としたこの男は死神や天使に例えられていたが、実のところはまるて違う。
 明らかに、人が人として本来在るべきものを失っている。
「ならば……いよいよ気を抜ける相手ではありませんな」
 そのような人物を、こう呼ぶ事がある。
「見せて差し上げましょう。この世に留らざるべき魂の引力を」

 ――――狂想人〈ジョーカー〉と。





 

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