クラウ=ソラスはこれまで、その鎌にも似た形状の武器を自由自在に操り、
【ウォレス】に仇をなす多くの猛者達を時に表舞台で、時に人知れず始末してきた。
 彼の特異性の一つに、暗殺と戦闘の混在が挙げられる。
 基本、暗殺技能は不意打ちに特化しており、それは狙撃技術と類似の関係にある。
 故に、通常戦闘とは大きく異なる技術を必要とする――――が、
 クラウはその両方を嗜んでいた。
 ただ、そのような人物は決して多くはないものの、それなりには存在している。
 暗殺に長け、かつ通常戦闘もこなす。
 何十人もの相手と一度に戦う猛獣のような剣士が、暗殺役も兼ねる。
 そんな戦士もいるにはいる。
 が――――クラウは違う。
 暗殺という役割と技能を、通常戦闘時にも難なく使いこなす。
 その逆も然り。
 それはある種、天性の能力だった。
「何だ……これは!」
 戦闘中、しかも接近戦の最中でありながら、フェイルは思わず心中で愚痴を叫ぶ。
 フェイルはクラウに対し、身体を低くし突っ込ませながら弓を薙いだ。
 下から上、避け辛い軌道を描いた攻撃。
 ただし、それで仕留めるつもりなど欠片もない。
 一体どういう対応をするのか、どんな"受け"を持っているのかの確認の為の攻撃だ。
 その一撃に対するクラウの反応は、一言で言えば『異常』だった。
 フェイルが予想していたのは、長い柄によって下から突き上げられた弓を止める、
 というもの。
 クラウの武器は柄も刃部も長いため、接近した状態で刃部を使い弓を受ける、
 或いは切断するのは困難という判断だった。
 実際、刃部での受けは実行していない。
 クラウがした事は――――何もない。
 ただフェイルの薙いだ弓を顎に受け、仰け反り――――地面へ仰向けに倒れ込み――――
 倒れ込む速度とほぼ同じ速度で起き上がる。
 その異様さにフェイルは戦慄を覚え、瞬時に後方へ跳んだ。
 弓での一撃が直撃した事で、クラウの唇からは血が滲んでいる。
 だがその血がやけに生々しさのない、まるで作り物であるかのように見える。
 クラウ自身に生気がないからだ。
 加えて、今の動き。
 死人を相手にしているような感覚を抱き、フェイルは顔をしかめ右目を開けた。
「素晴らしいですな。通常なら、呆気にとられ狩られるところを、瞬時に後方へ跳ぶとは」
 クラウは対話を望む。
 その意図をフェイルは図りかねたが、数的優位に加え自身が動揺を隠せない中、
 付き合うのが得策と判断し、同時にそれが愚策になり得る可能性も加味しながら言葉を選んだ。
「……今のは戦略? それにしては、自分が痛むだけ損する行為だけど」
「貴公の得物が剣なら話は別ですが、弓で殴られた程度なら大した被害ではなき故。
 こちらは数の上で不利となれば、そのくらいは覚悟せねばならぬでしょう」
 この場にはいない、だが確実に身を潜めているであろうヴァールの追撃に対する牽制。
 回避ではなく直撃なら、追撃はない。
 そこまで計算しての行動――――そう考えれば確かに合理的ではある。
 だが、このクラウの速度なら、例え追撃が何処から来ようと回避出来る可能性が高い。
 寧ろ、後方のファルシオンの魔術も視野に入れるとなると、一瞬とはいえ硬直に近い
 状態を必要とする先程の動きは得策とは言い難い。
 フェイルは釈然としない心境で、次の一手に悩んでいた。
 足を使ってかき回す手は使えない。
 武器の長さ、リーチにも大きな差がある。
 接近戦で活路を見い出すしかない。
 弓という武器が超接近戦に向いている筈もないが、フェイルはその技術を飽くなき修練で会得した。
 その日々を信じ、先程同様突っ込んで先手を打つか。
 それとも、クラウが仕掛けて来るのを待ち、隙を狙うか――――
「……私の武器、名を『フィナアセシーノ』と云うのですが」
 逡巡を抱え動けずにいるフェイルに、クラウは自身の武器を誇示するかの如く
 右腕を持ち上げ高々と得物を掲げてみせる。
「これは私なりに、死に征く者への礼儀としてこしらえたもの」
「……礼儀?」
「貴公は『死後の世界』を信じていますかな?」
 唐突、だが脈絡がないとまでは言えないその問いを真剣に思案すべきとは思えず、
 フェイルは回答を拒んだ。
 クラウもまた、待つ気はないらしく直ぐに言葉を繋ぐ。
「私は信じておりませぬ。が、死者の魂の存在には一理あると思っている次第で、
 この武器はその魂が惑うことなく肉体から切り離され、逝くべき処へ逝く為に
 用意した物。巷では死神の鎌などと呼ばれ、私自身『死を司る天使』等と
 不本意な異名を頂戴したりもしました」
 紳士的な風貌の外見からは、天使という言葉は縁遠い。
 だがそれでもそう呼ばれているのには、相応の理由がある。
 フェイルは既に心当たりがあった。
 天使には羽がある。
 そしてクラウの動きはまさに、羽が生えた生き物のように軽やか。
 確かに、端から見れば死神の武器を持った天使に見えるのかもしれない。
「さて。本題です。私は貴公を狩るつもりはない。そうしてしまえば貴公から
 情報を得られませんからな」
「それは、そうだろうね」
 だからこそ、フェイルは接近戦を迷いなく断行した。
 逆に、フェイルも同じ。
 先程の矢――――実はクラウの頭部を狙ったものではなかった。
 頭部を掠めたのは、僅かに外した訳ではない。
 大きく外した結果だ。
「では、その共通認識を言語化しておくとしましょう。お互いに殺しはしない……が、
 敗北を認めた時点で相手が欲する情報を確実に譲渡する。如何かな?」
「……」
 それは、フェイルに対して言っているのではない。
 ヴァールへの牽制だ。
 命を奪う事を禁じられた不意打ちは、非常に高度な技術を要する。
 まして相手は神速とも言うべきクラウ。
 事実上、ヴァールの援護が封じられたと言っていい。
「わかった。それでいいよ」
 だが、そう答えるしかない。
 何故なら、フェイルもまたクラウの持つ情報は絶対に必要だから。
 この規則化は、その情報入手への大きな前進となる。
 クラウが約束を反故にしない保証はないが、それを考慮したところで意味は薄い。
 クラウの持つ情報に自身の命を晒す価値があるか否か、それだけだ。
 そしてフェイルは、価値があると判断した。
「アルマさんの居場所を教えてくれるのならね」
 ―――― 十分な戦果だ。
「よろしい。では――――」
「!」
 クラウが掲げていたフィナアセシーノが揺らめく。
 波状の刃部が彼の頭上、虚空を切り裂き、それはそのまま――――5m以上離れていた筈の
 フェイルの頭へと振り下ろされた。





 

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