狙撃と遠距離戦。
 この二つには、接近戦と遠距離戦以上の隔たりが存在する。
 遠距離での戦いを得意としているからといって、狙撃が上手いとは限らない。
 寧ろ求められる能力は全く異なる、とさえ言える。
 狙撃は反撃を一切想定しないからだ。
 一方的な攻撃。
 不意打ちを前提とした、死角からの渾身。
 それはある種、卑怯と呼ばれる部類に属する。
 どのような目的があっても、どれだけ崇高な意思があろうとも。
 それ故に、フェイルはデュランダルから暗殺技能の指南を受けた際、
 どうしても気が乗らなかった。
 自身が愛する、自身の"父"が愛した弓を使って、闇をまとう作業に
 没頭しなければならない。
 卑劣な攻撃の道具としなければならない。
 不本意ここに極まれり――――それが本心だった。
 だが、御前試合における王宮の仕打ちによって、それ以上に
 心が沈んでいたフェイルは、いつしか暗殺技能の取得に抵抗心を失っていた。
 ただ義務的に、言われるがままに真似、そして実行する。
 それはフェイルが弓矢を用いた接近戦を訓練していた時とは正反対の訓練。
 本来ならば、そのような心境で学んでも中々学習出来ないものだが、
 フェイルは真綿に染み込む水の如く、狙撃の技術を我がものとしていった。
 才能、天才性といった生まれ持った才能が作用した訳ではない。
 単に教えた人間が優秀過ぎた事と、その訓練に無我夢中で臨んだからだ。
 自分にはもう何もない。
 そう諦めていた事で、雑念や邪念、向上心すらも失い、ひたすら技術と向き合った。
 その結果、フェイルは金の取れる技術を手にしていた。
 そして――――今。
「……こうも隙がないと、狙撃しようがないよ」
 早々に判断し、その旨を前方にいたファルシオンへ告げた。
 そのファルシオンも、どうにかヴァールを支援しようと魔術を放つ隙を窺っていたが、
 まるで嵐の中を舞う落ち葉を狙うような感覚に陥り、何も出来ずにいた。
 その間にも、ヴァールはクラウの鎌状のハルバードに翻弄され、
 必要以上に距離を取りながら、時にケープレルを再度出現させ、自らも魔術を放ち
 応戦している。
 だが、どの攻撃もクラウにはまるで通じない。
 それどころか、一瞬の足止めすら出来ない。
 明らかに、ヴァールは倒す為の攻撃というより身を守る為の攻撃に終始している。
 そうしなければ、一瞬で自分が倒されるという危機感の下に。
「何を編綴しても、当たる気がしません。それどころか、彼女に誤射してしまう確率が
 遥かに高いくらいです」
 それくらい、クラウの動きには規則性がない。
 "意"が読めない、或いはそのものが存在しないため、本来人間に対して有効な読みや
 感知といった作業が一切適用出来ない。
「どれだけ不意を突こうとしても、全てを見透かされている。いや……今この空間が
 彼の術中、彼の中の一部。そんな気さえする」
 遠距離からの攻撃を無効化する方法は幾つかある。
 戦士なら盾。
 魔術士ならば結界が最も一般的だ。
 武の達人と呼ばれる人物なら、攻撃を読み回避する事も出来るだろう。
 クラウの場合、それらとは全く異なる方法で――――或いは方法ですらなく
 遠距離攻撃を事実上、無効化している。
「……フェイルさんは暗闇の中でも視えるんですよね」
 手詰まりに近い状況にあって、ファルシオンがポツリと呟く。
「例えばその逆……という訳ではありませんが、霧の中での視界はどうですか?」
「霧……試した事がない、かな」
 梟の目、と名付けたとはいえ、実際にその目が梟と同質であるかというと、
 必ずしもそういう訳ではない。
 梟ならば、夜目が利く代わりに光に弱い。
 だがフェイルの左目にそのような性質はない。
 あくまで、夜目が利くという共通項から名付けられたに過ぎない。
 なら――――霧の中でもしっかりと視える可能性は、なくはない。
「私が【細氷舞踏】という魔術で氷霧を発生させます。もしそれで、あの男性……
 クラウ=ソラスが一瞬でも隙を見せたら、そこを狙い撃って下さい」
「わかった。やってみる」
 断る時間はない。
 まして、検討する余裕などない。
 矢は残り二本。
 失敗は許されない。
「いきます」
 オートルーリングによって、ルーンが綴られていく。
 あっという間に編綴は完了し、そのルーンの光が消えると同時に、ファルシオンの
 前方にダイヤモンドダストが発生した。
【細氷舞踏】の範囲はかなり融通が利く。
 広げれば広げるだけ消費する魔力も増えるが、それを気にしなければ、
 ルーリングする際のルーン配列によってかなりの範囲まで広げられる。
 だが、オートルーリングの場合はルーン配列は最初から登録しておく必要がある為、
【細氷舞踏】として登録された魔術を使う際には、その登録した内容――――効力範囲でしか
 出力されない。
 にも拘わらず、ファルシオンはオートルーリングで【細氷舞踏】を使用した。
 そして、その際に発生したダイヤモンドダストがみるみる遥か前方へと広がっていく。
 こういった状況を想定して、あらかじめ登録していた――――わけではない。
【細氷舞踏】という魔術の用途は主に『味方を氷霧で隠す』か『敵への目眩まし』の二つで、
 前者の場合は自分の周辺、後者の場合は敵陣の周辺へ発生させるのが普通。
 だがファルシオンはその両方、つまり自分の前方へ広範囲にわたって氷霧が現れるような
 ルーン配置で魔具に登録していた。
 それは、勇者一行の他の二人が"剣士"だから。
 味方を隠すくらいなら結界で事足りる。
 敵の視界を奪う場合、どうせ接近戦を仕掛ける二人にとって自身も氷霧の中に飛び込む
 必要があり、余り意味がない。
 その為、自身の『前方』を霧で覆う事で、リオグランテとフランベルジュが迂回しながら
 敵へと接近し、霧が晴れる頃には左右で挟み撃ち――――といった戦術を打ち出し、
 その為にこういった範囲での出力で登録していた。
 つまり、遠距離攻撃への支援というのは想定外。
 通常なら、前方に氷霧が広がるという魔術は、自陣からの遠距離攻撃には邪魔にしかならない。
「……」
 フェイルは左目だけを開け、じっと前を見据える。
 夜霧と化したダイヤモンドダストが、数多の柱を経由し、徐々に忍び寄るその光景を――――

 


 展開は一方的だった。
 クラウの放つ正確無比な攻撃は、淡々とヴァールが一瞬前にいた空間を削ぎ続ける。
 当たらない。
 が、空振りとは言えない。
 回避を繰り返すヴァールは消耗を募らせ、クラウは何一つ失わない。
 そのクラウの攻撃が、徐々に勢力を弱め――――そして止まる。
「中々にしぶといですな」
 その言葉には、正直な賛辞が含まれている。
 ヴァールはその事実を憎々しく思いながらも、攻撃の手を緩めているクラウに対し
 屈辱を感じられずにいた。
 もしこの眼前の幽鬼にも似た男が全ての攻撃性を自分に向けてくれば、
 その全てを受け止める自信はヴァールにはなかった。
 魔術士として磨いてきた技術に逡巡はない。
 新たな流れが生まれようと、その流れを凌駕する強さを得る自信はあった。
 ――――今もそれは変わらない。
「しかしそろそろ、本気を出してもよき頃合いではないですかな?」
「……チッ」
 見抜かれている事は、見抜いていた。
 先に全てを見せた方が不利――――そのような決まり事はないが、切り札は
 隠し通す事に意味があるとヴァールは考えていた。
 だが、隠したまま朽ちてしまえば意味も消える。
 代々受け継がれてきた、魔術を超える魔術――――それを魔術士の本流とする
 念願が沈没してしまう。
 ヴァールは大きく息を吸い込み、ルーリングを行う為の体勢を整えた。

 刹那――――周囲が氷霧に包まれた。






 

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