「成程。スティレット=キュピリエの懐刀、勇者一行の監視役、
 そしてデュランダル=カレイラの愛弟子による共闘ですな。
 これは相当気合いを入れ臨まねばなりますまい」
 そうクラウ=ソラスは呟きながらも、その一方で危機感とは程遠い
 静穏な表情に終始していた。
 唯一、その表情を視認可能な距離にいる上、ある程度夜目の利くヴァールは、
 薄闇に浮かぶ戦闘時とは思えないクラウの余裕に対し、憤りではなく
 脅威を覚え、出現させたばかりのケープレル=トゥーレが突進を仕掛ける中、
 次の行動への思案が一歩遅れた。
 それでも、僅か一瞬。
 ましてケープレルの攻撃中。
 通常の敵なら特に問題とはならない時間損失――――の筈だった。
「では、参る」
 だがそれが大きな"出遅れ"に繋がる。
 仕掛けたのはヴァールが先。
 出遅れる道理などない。
 ないが――――そう自覚せざるを得ない。
 次の瞬間、ヴァールの視界に飛び込んできたのは、クラウの閃撃。
 そう表現するしかない、刹那の一薙ぎ。
 鎌状の武器の閃きは、その初陣にて二体のケープレルの胴と両脚を分断した。
 まだ明らかにその武器が届く位置まで接近していないにも拘わらず。
 それだけではない。
 ヴァールは直感的に危機を感じ、その場を跳ね自身の右側へ回避を試みる。
 結界すら間に合わない――――そんな脅威が迫っていると察知した為だ。
 事実、それは正しい判断だった。
 確かにヴァールは脅威に晒されていた。
 クラウの放った『衝撃波』は、ケープレルの脚を貫通し、そのままその先にいた
 ヴァールにまで達しようとしていた。
「よく躱しましたな」
 不敵にそう言い放つクラウの足下には、魔術で生み出された氷の蛇が粉々に
 なり四散している。
 直後、ケープレルの胴が地面へと落下し、衝撃音が鳴り響く。
 その様子を視認したヴァールは、戦慄すら覚えていた。
 ヴァールの放ったケープレルへの対処。
 遠距離からファルシオンの援護。
 そして――――自分への攻撃。
 眼前の男は、この三つを一つの動作、一撃のみで易々と遂行した。
 ケープレルの脚を狙ったのは、単に突進を止める為だけではない。
 ファルシオンの放った【蛇心氷点】を衝撃波で粉砕する為――――だけでもない。
「ふむ……どうやら人間にとっての致命傷が爆発の引火条件ではないようですな」
 ケープレルの性質を知り、その見極めを行う為。
 つまり、どういう条件で爆発するかを確認する為のものだった。
 脚を斬られた人間は出血死する可能性はあっても、瞬間的に絶命する可能性は低い。
 そこまで綿密に計算された、濃密な一撃だった。
「さて、どうしたものですかな。近距離、中距離、遠距離……三段構えとなると
 中々に厄介故、処理方法も苦慮しなければなりますまい」
 相変わらず淡々とそう告げるクラウの得物が、高く掲げられる。
 死神の鎌――――誰もがそれを想起するその武器は、明らかに歪だった。
 通常、大鎌は長柄と直角になるよう刃部が取り付けられており、その刃が非常に大きい。
 そしてその刃部は内側が刃になっており、斬れるのはその方向のみ。
 だからこそ『刈る』為の道具であり、本来は草刈りに使用される物であって、
 人間を仕留める為の武器としては非常に扱い難い。
 大鎌が死神の鎌に例えられるケースが多いのも、首を刈るという彼らの性質に加え、
 人間的な武器とは言い難い点が加味されているのも少なからずあるだろう。
 クラウの武器は、死神の鎌に類似している。
 構造はそれに限りなく近い。
 が、鎌ではない。
 何故なら、刃部の"外側"にも刃があるからだ。
 つまり、刈る必要はない。
 両刃の鎌――――それは最早、鎌の定義から逸脱している。
 どちらかと言えば、ハルバードの変形型と言う方が正しい。
 それに加え、形状も純粋な大鎌とは異なる。
 まず、長柄も刃部もかなり細い。
 加えて、刃部が純粋な曲線ではなく、複雑な凹凸を成している。
 何より――――刃部の中央が空洞になっている。
 いずれも、死神の持つ鎌とは異なる性質であり、鎌ですらない。
 ヴァールはその特異な武器を眺めながら、冷静さを取り戻していた。
 あれは、先程の攻撃――――衝撃波を生み出す為の形状であり、その出力を
 可能としているのは、クラウの人間離れした力。
 それが腕力なのか、それとも他に何らかの要素があるのかはヴァールにはわからない。
 わかっているのは、クラウの能力が常人とは明らかに異なる点。
 その常人というのは、これまでにヴァールが敵対してきた数々の難敵も含まれる。
 つまり――――戦士として規格外。
「……」
 ヴァールは一歩、二歩と後退し、距離を少しでも広げようと試みる。
 彼女の本質は魔術士。
 近距離はこなせるとはいえ、必ずしも自身の力を最大限発揮出来る距離ではない。
 だが、三歩下がった時点でヴァールはその足を止めた。
「貴公の判断は正しい」
 それを見透かしたかのように、クラウが告げる。
 戦闘中のお喋りが好きな性格らしく、発言の一つ一つに迷いがない。
「貴公が私と離れれば、私の標的は分散する。分散すれば自身にとって有利。が、三人にとって
 有利とは限らない。何故なら私は、遠距離から仕留める方に慣れを持つ故」
 そのクラウの発言がフェイクでない事を、ヴァールは身をもって知っていた。
 先程、最初の接近を許した際の高速移動。
 あの原理、正体を見極めていない以上、距離をとるのは必ずしも得策ではない。
 それでも、自分が命を落とす危険性は若干ではあるが減るだろう。
 とはいえ――――三人となると、話は変わってくる。
 ヴァールはこれまで、一人で戦ってきた。
 独りでスティレットを守ってきた。
 味方がいる状況での戦闘は経験が少ない。
 その少なさは本来、身勝手な方向へ傾くものなのだが、ヴァールの生真面目な性格が
 真逆の方向へと作用していた。
「とはいえ、良策とも言えませんな」
「!」
 クラウの身体が揺らめく。
 その刹那――――ヴァールは彼の身体を見失った。

 


 三人の中で最も後方に位置し、クラウの隙を探っていたフェイルは、あらためて
 自分の役割がとてつもなく重い事を思い知らされていた。
 隙がない。
 それ自体は、多くの実力者に共通するものであり、狙撃手であるならば
 それを失敗の理由や免罪符にする事など出来る筈がない。
 ただ"意"を持たない人間となると、話は別。
 殺意、敵意どころか、クラウからは意識が感じられない。
 意識とは本来、自分自身だけのものであり、自分の意識だけが唯一自分の察知可能な
 意識なのだが、敵意に代表されるように、他人に向けて放つ意識に関しては
 感知出来る。
 それを所謂"気"と呼ぶ者もいるが、実際には"意"と"気"は異なる。
 気とは、生気がそうであるように、人間が無意識の中で放つもの。
 殺気もまた同様。
 意はあくまで、自律した人間の能動的主観が独立化・個別化したものの総称だ。
 なので一見、気を消す事の方が難しいように思えるが、実際には意を消す方が遥かに難しい。
 というよりは、あり得ない。
 気は発生するものであり、それはつまり消去出来るものでもある。
 意は常にそこにある。
 少なくとも、意識ある人間は誰もが持つ。
 だが――――クラウは意識を保ちながら"意"が存在しない。
 隙がないというよりは、隙の概念が存在しない。
「……参ったな」
 心中でそう愚痴りながらも、フェイルはヴァールに対し攻撃を仕掛けようとしている
 クラウの姿に、粗探しをする心境で神経を注いでいた。






 

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