息苦しさを覚えながら、二人は静かに戦闘態勢を持続する。
「弟達が迷惑をかけてしまいましたからな。今回の報告は、私なりの贖罪なのですよ」
「どうしてアルマさんを拉致したの?」
「そこまで話す義理はありませんな」
 無事だという情報には意味があっても、それを知るだけでは意味がない。
 クラウ=ソラスがアルマ=ローランを奪った理由。
 傭兵ギルド【ウォレス】がメトロ・ノームの管理人を捕縛する必要性。
 それを明らかにしなければ、物事が進まない。
 そして、それを知る為には、今ここで唯一の手がかりを見失う訳にはいかない。
「もし、貴公がどうしてもアルマ=ローランを奪回したいというのならば、私もそれを
 阻止する為に戦わねばなりますまい。既に借りも返し、貴公に肩入れする理由もないのですから」
「よく言いますね。こうなる事を最初から想定していたでしょう?」
 ファルシオンの鋭い指摘にも、クラウは笑顔を消さない。
 図星なのは明らかだった。
 今、彼が身内の借りを返す理由などない。
 フェイル達の前に現れたのは、彼らウォレスにとって有益となる何かがあるから。
 そしてその何かとは――――
「彼の狙いはフェイルさんです。恐らく……」
「師匠の情報を得ようとしている」
 クラウに聞こえない音量での会話を試みようとしたファルシオンに対し、フェイルの声は
 彼まで聞こえる大きさだった。
 隠す意味はない。
 既にクラウもまた――――臨戦態勢に入っていたからだ。
「話が早いですな。流石は銀仮面デュランダル=カレイラ唯一の弟子」
「僕が勝手に師匠と呼んでるだけで、弟子でもなんでもないけどね」
「彼が唯一気にかけている存在。それで十分ですな」
 クラウがどれほどデュランダルについて把握しているのか――――最早知る意味もない。
 フェイルもファルシオンも、決してクラウをよく知っている訳ではなかったが、
 都合よく情報を落としてくれるような甘い相手とは到底考えられなかった。
 なら、これから訪れるのは奪い合いのみ。
 情報の奪い合い。
 そして、アルマの奪い合い。
「フェイル=ノート。貴公の持つ全てを貰い受ける」
 先手を取ったのは――――
「その男は私の獲物だ」
 この場の三人、誰でもなかった
 薄闇を裂くように轟く、金色の閃光。
「ぬ……!」
 メトロ・ノームの天井から降り注ぐように落ちてきたその光に、クラウが呑まれていく。
 それは、魔術だった。
 放ったのはファルシオンではない。
 彼女は驚いた様子で、その突如出現した魔術に目を見開き凝視している。
 が、フェイルは真逆の反応を示していた。
「ファル! 集中は切らさないで! 一対"三"でも勝てる保証のない相手だ!」
 光が着地し、轟音が鳴り響く。
 紛れもなく黄魔術。
 雷撃がクラウを直撃し、その衝撃で地が削れ破片が吹き飛ぶその光景を
 フェイルは瞬き一つせず『梟の目』で目視していた。
 そこに――――
「フン。他愛も……」
「ヴァールさん! "当たっていない"!」
 クラウの姿が見えない。
 そう即座に判断したフェイルが怒鳴るように叫ぶ。
 魔術を放った正体は――――ヴァール=トイズトイズだった。
「……何?」
 ヴァールはフェイル達から10m以上離れた柱の陰に隠れるようにして、編綴し終えた
 自身の魔術の着地点を凝視する。
 ただし、目で視ている訳ではない。
 そこにクラウの存在がないか、気配を探る為――――
「やれやれ、不意打ちがなっていませんな」
「!」
 背後から声。
 あり得ない事だと、ヴァールはそう瞬時に思わざるを得なかった。
 実際、この一瞬で移動出来る距離では到底ないのだから。
 が、それでもヴァールはそう思うべきではなかった。
 あり得ない事は起こり得ない。
 ならばそこに発生するあり得ないという感情は無駄でしかない。
 無駄は隙を生み、隙は危機を生む。
 まして敵は傭兵ギルド【ウォレス】の代表者であり、ヴァレロン屈指の実力者。
 そして――――指定有害人種。
 致命的だった。
 ヴァールは自分自身の未熟さを後悔する間もなく、その身体を舞わせる。
 クラウの"死神の鎌"を模した、剣とも斧ともつかない武器によって
 二つに切り裂かれ、上半身のみとなって宙を舞ったその肉体が地面に転がり――――
「……?」
 そんなイメージが、ヴァールの頭を支配していた。
 が、実際にはヴァールにクラウの刃は届いていない。
 確実に仕留められた――――筈だった。
 反射的に回避すべく跳んでみたが、間に合うタイミングでは到底なかった。
 しかしクラウの武器はヴァールを切り裂く為には使われず、その代わりに――――
「一本、無駄打ちですな」
「……」


 ――――遥か10m先から放たれたフェイルの矢を迎撃する事に使用された。


 矢は寸断され、もう使い物にならない。
 梟の目、鷹の目の両方を同時には使用出来ない為、その様子を肉眼で確認する事は
 出来なかったフェイルだったが、音で矢が切り裂かれた事は把握済み。
 それでも、ヴァールを救う為に放った矢に後悔はない。
 彼女が不意打ちで仕掛けなければ、クラウのあの信じがたい速度での移動を
 確認する事は出来ず、一瞬で殺されていたかもしれないからだ。
「あれは一体……」
 ファルシオンもまた、そのイメージを抱いたらしく、若干声を震わせ呟く。
 腕を信じがたい速度で伸ばす。
 それは、今まで見た数人の指定有害人種が共通して行った攻撃。
 が、今のクラウの動きはまるで質が違う。
 腕ではなく脚。
 しかも、地面を爆発的な力で蹴った訳でもない。
 まるで幽霊であるかのように、全く音もなく瞬間的に10mの距離を移動していた。
「……わからない。わからないけど」
 クラウと対峙するヴァールが、二体のケープレル=トゥーレを出現させる。
 殺されかけた彼女だったが、逃げたり怯えたりする様子は行動からは見られない。
 その精神力は大したもの。
 が――――気負いが見られる。
 フェイルに借りを作り、相殺しようという意図が、フェイル達との合流を拒んでいるような。
「フェイルさん。貴方は最寄りの柱の陰に隠れて、狙撃体制に入って下さい」
 ヴァールの姿を遠巻きに眺めながら、ファルシオンはルーンを綴る。
「不本意ですが、ここは彼女と連携を図ります。汲み取ってくれれば、ですが」
「でも、一つ間違えば君が……」
「ここまで来て、死を恐れるつもりはありません。リオに申し訳ないですから」
 ファルシオンの瞳に、決意の炎が灯る。
 それは、果たして何色の炎なのか。
「私と彼女が隙を作ります。フェイルさん、出来れば一発で仕留めて下さい」
「……やってみる」
 ケープレル=トゥーレが二体同時にクラウを襲う。
 それと同時に、何一つ示し合わせもせず、ファルシオンの青魔術【蛇心氷点】が放たれる。
 オートルーリング拒絶派と推進派。
 決して交わらない二人の共闘が、静かに始まった。







 

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