思えば、最初に地上で見かけた時から、漠然とではあるが何処か
 人間離れした雰囲気を醸し出していた――――
 眼前に現れたクラウ=ソラスを凝視しながら、フェイルは半ば強制的に
 当時を回想する。
 重要なのは、その出で立ちや得物ではない。
 "意"だ。
 他の人間と対峙する際、人間は視覚、嗅覚、聴覚でその人物を把握する。
 大半は視覚による情報だ。
 だが、その三つの感覚以外にも他人の感知において意味をなす要素は存在する。
 俗に言う『気』も、その中に含まれるだろう。
 特に殺気に関しては、訓練などしなくても本能が勝手に察知する。
 それはある種、本能同士だからこそ繋がるものと言えるだろう。
 では、"意"はどうか。
 意図的に発せられる感情が、視覚、嗅覚、聴覚以外で他人に伝達される事があり得るのか。
「さて。挨拶はこのくらいにしておきますか」
 フェイルは今、その答えを再確認した。
 敵意。
 殺意。
 そういったものの正体は、やはり言葉や表情ではない。
 まして本能とは正反対。
 生物が外界に対して放つ、一種の攻撃。
 総称すると――――悪意。
 フェイルは感じ取っていた。
 思えば、当初から無自覚で察していたのかもしれない。
 自分自身や、隣のファルシオンに対してではなく、もっと広範囲にわたって
 クラウがその悪意を撒き散らしている事を。
 だからこそ、どれだけ紳士的な話し方や振る舞いをしようとも、
 彼に対する警戒心と嫌悪感は消えなかった。
「誤解なきよう。私は貴公と敵対する位置にいない。私はあくまで"己の故知"に
 殉ずる存在。彷徨う所以もまた、そこに帰結する」
「……?」
 クラウの発言の意味が掴めず、フェイルは困惑しながら渇いた唇を噛む。
 己の故知――――ある種独特な言い回しであり、まるで現像が見えてこない。
「……貴方は、ギルドの代表として行動しているんですか?」
 一歩引いたフェイルと入れ違う形で、それまでずっと沈黙を保っていた
 ファルシオンが核心を突いた問い掛けを放つ。
 彼女はこの遭遇を好機と捉えているらしく、緊張の中にも前進の意図が見えた。
「貴公は確か……ふむ、勇者計画が一段落した今も彼と行動を共にしているのですな」
「質問に答えて下さい。貴方にはその義務があります」
 ファルシオンはそう断言し、更に一つ踏み込む。
 彼女は王宮が差し向けた『誘導係』。
 勇者一行を勇者計画の枠組みの中に収める為の。
 となれば、勇者計画に荷担していたとされる傭兵ギルド【ウエスト】の代表者である
 クラウにも、その誘導係としての役目を果たしていた可能性がある。
 なら、『義務』という強い表現は、そこから来ているかもしれない。
 フェイルは口を挟まず、成り行きを見守る事にした。
「成程、確かに義務はありますな。ではお答えしましょう。契約は反故にしました」
 全く語調を変えず、クラウは淡々と返答。
 片やその発言を受けたファルシオンは、明らかに感情を波立たせ、フェイルの位置まで戻った。
「無論、国家などという無形に等しいものに対し、何を期待していた訳でもありませぬ。
 利用するか、利用されるか。何処かで甘受出来るか、何処まで肉薄出来るか。
 そのせめぎ合いの末、我らウエストは独自の路線を征く事を決断した次第なのです」
「……」
 二人の間で交わされる言葉は、抽象性が高い。
 故にフェイルは、その全てを理解出来てはいなかった。
 だが、わかっている事がある。
 傭兵ギルド【ウォレス】が、王宮に依頼され勇者計画に荷担していた事が裏付けられた点。
 その勇者計画が終了したにも拘わらず、依然として王宮との間に何らかの契約が残っていた点。
 そして――――その契約を反故にした点。
 クラウは今、国家と敵対している。
 今までの会話からは、そう解釈するしかない――――
「私がここに現れたのは、貴公達にアルマ=ローランの無事を知らせる為」
「!」
 不意に発せられた、最重要事項に関する有益な情報に、フェイルは思わず目を見開く。
 これから、どうやってそこへ持って行こうかと考えていた矢先だけに、単に安堵する事が出来ない。
 掌の上で踊らされようと構いはしないが、握り潰されてはかなわない。
「やっぱり、アルマさんを連れ去ったのは貴方だったのか」
 自身の中に芽生えていた回答を、フェイルは苦味と共に口に出した。
 あの実力に加え、アルマへの並々ならぬ愛情を公言するバルムンクから彼女を奪うのは
 よほどの戦闘力がなければ不可能。
 加えて、カラドボルグの発言。
 該当する人物はかなり限られていたが、その最有力候補としてフェイルの脳裏に
 浮かんでいたのが、今目の前にいる人物――――クラウ=ソラスだった。
「彼女の身を案じているようなので、こうして直接伝えに来た次第。
 アルマ=ローランは傭兵ギルド【ウォレス】が責任をもって預かっていますのでご安心を」
「安心出来ると思いますか? 貴方ほど胡散臭い人物は中々お目にかかれません」
 珍しく好戦的な姿勢で、ファルシオンが魔具をはめた右手を掲げる。
「それは心外ですな。こう見えて、代表取締役などという立場に身を置くもので、
 他人へ与える心証が悪いというのであれば、直さなければなりますまい」
「僕達が貴方を信用出来ない理由は二つ」
 フェイルもまた、弓を構え戦闘態勢を作る。
 ファルシオン同様、クラウの言葉を素直に受け入れられない訳は――――
「ウォレスはこれまで勇者計画に積極的に協力していた。なのに突然国家に反旗を翻すのは妙だ。
 それに、一ギルドが国に表立って逆らうなんて無謀過ぎる。貴方がそれをするとは思えない」
「今のは、一つですかな?」
「もう一つは、貴方の存在そのもの」
 そう告げ、弓を引く。
 フェイルの持つ矢は、全部で三本。
 即効性のある毒が塗られている訳でもない。
 クラウは重装備ではない為、脳天や心臓を貫けば一撃で仕留められるが、それが容易でない事は
 十分に理解していた。
 何故なら――――
「貴方は、指定有害人種だよね?」
 そう問いかけるフェイルに、クラウが嗤う。
 フェイルが見てきた彼は口元を緩ませる事こそ何度かあったが、表情を崩して笑顔を作ったのは
 これが初めてだった。
「如何にも。貴公には以前、調整中の姿を見せてしまいましたな。あれは失態であった。
 見苦しいものを見せてしまった事、今ここに改めて詫びよう」
「……」
「貴公は同志の可能性があった。故にこれまでは手を出さず見守っていた。が、それは否定された。
 ならば最早貴公を気にかける理由はない――――が、貴公には借りがある」
 一語一句、クラウの言葉にはまるで悪霊が乗り移っているかのような禍々しさが宿っていた。








 

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