――――それは、神に弓引く愚考であり、希望という名の暗澹。


 薬草が人間社会において担ってきた役割を、神からの贈り物と定義する集団が存在する。
 彼らの持論はこうだ。
 人間は世界で最も英知に長けた生物であり、世界はその人間が
 より多く繁栄し、個体においてもより長く、より強く生きていく事を
 望んでいる。
 それが世界全体の水準を高める事に繋がり、その世界を統べる神の格を
 上げる事にも繋がる。
 しかし神は人間に万能性を与えず、寿命をも設けた。
 それは発展の為。
 自主的に向上心を高める為には、不自由でなければならない。
 空が飛べないから、より高度な移動手段を求めた。
 時間を止められないから、より効率的な生活を求めた。
 不完全故に、人間は常に高みを目指し、階段を上る。
 英知があるから、上り方を常に試行錯誤し、停滞しない。
 世界を豊かにする為には、英知に長け不完全な人間が長生きする環境が好ましい。
 だが永遠の命は与えられない。
 であるならば、世界の何処かに手がかりを設ければいい。
 決して終点――――永遠を手には出来ないが、そこに近づくまでの道は用意する。
 それが神の目論見であり、世界の理。
 薬草とは、神がこの世にもたらした、人間を導く為の光。
 永遠に近づく為の、しかし決して届かせる事のない、意地悪な道標――――

「如何にも、低俗な宗教家が思いつきそうな話だと思いませんか?」

 問いかける相手の目を見ながら、リジル=クレストロイが穏やかに語りかける。
 彼の願いは、その目に凝縮されていた。
 不安など一切ない。
 が、光もない。
 漆黒に染まる覚悟で身を委ねた研究の成果が、今まさに花開こうとしている最中にあって、
 ビューグラス=シュロスベリーにはまるで覇気が感じられなかった。
「とはいえ、これが薬草学が薬草学として普及した原始です。学問とは常に、ある種の仮説が
 あって初めて開始地点に立てる。例えその仮説が陳腐だろうと高尚であろうと無関係に。
 その最たる例が魔術学です。そうですよね? ルンストロムさん」
「でしょうな。魔力などという肉眼で確認出来ない力は、誰かが『人間には隠された力がある。
 可能性を秘めている』と言い出さなければ発見しようがない。如何に陳腐だろうと、
 結果的にはそれが一つの体系をもたらしたのですから、何事もわからないものです」
 落ち着いてそう答えながらも、ルンストロム=ハリステウスは自身の座る椅子の感触が気に入らず、
 若干苛立たしげに机を指で叩いていた。

 ここは――――柱の中。
 各界の権威が集結して行われる、主要国首脳会議の会場。
 最近は欠席者も多かったが、久方ぶりに全員が揃い、それぞれの現状を報告し合っている。
 以前集まった時とは、各々異なる顔色で。
「さて……今回集まって貰ったのは、最終結論を出す為です」
 議長的な役割を担う、生物学の権威リジルの宣言に、魔術学の権威ルンストロムと、
 薬草学の権威ビューグラスを除く三人が同時に顔を上げる。
「あらぁ、今更そんなことするの? もう計画は佳境じゃないのかしら♪」
 経済学の権威スティレット=キュピリエは相変わらず諧謔を隠れ蓑に。
「そうでもないさ。こういう確認事項は必要だろ? 誰かさんみたいに、日に日に
 態度がコロコロ変わる奴もいるしな」
 医学の権威カラドボルグ=エーコードは皮肉を込めて。
「いや。我々の意思確認が問題なのではない。そうだろう? リジル」
 兵学の権威ガラディーン=ヴォルスは誰よりも達観し。
 それぞれの発言に逐一頷き、リジルは両手の掌をテーブルへと置いた。
「ガラディーンさんの言うように、僕達の意思確認は特に重視されるべきじゃありません。
 そもそも僕達は情報以外の共有物はないですからね。カラドボルグさんも口ではそう言いながら、
 本気で不満を抱いてはいないでしょう?」
「いやいや、俺は怒ってるよ? そこのねーちゃん、人の邪魔ばっかしやがるし」
「あらぁ、それはこっちのセリフじゃない? ここ数日、私の大事なヴァールが戻ってこないのも
 誰かさんが一枚噛んでるみたいだし?」
 一触即発――――の雰囲気は微塵もない。
 口頭だけの遊戯。
 それでいて、お互い常に耳を澄ませている。
 自分の蓄えになる金言が、何処かに眠っていないかと。
 情報戦とは、ある種宝探しにも似ている。
 そんな二人に対し、リジルは何処か懐かしさを携えた目を向けていた。
「それでも、ここで皆さんに集まって頂いた理由はちゃんとあります。
 二つの調査に関する結果が出ました」
 その言葉に――――リジルを除く全員が強い反応を示す。
 当然ではあった。
 この場にいる全員にとって、その調査はある種の"答"だったからだ。
 答が欲しいが為に、この六人の中に加わっている者も複数いる。
 リジルの宣言は即ち、目的への到達を意味していた。
「ついに……出たか」
 その中の一人、ガラディーンが瞑目し、しみじみとそう漏らす。
 彼が答を欲している事は、この場にいる全員の共通認識だった。
「では、まずガラディーンさんが欲している情報から公開しましょう。
 指定有害人種の特定が全て終了しました。その結果はこの冊子に記載しています。
 全員の居場所も把握済みです」
 足下に置いていた革製の鞄の中から、リジルは厚めの冊子を六部取り出し
 各自の机の上へと並べた。
「拝見してもよいのだな?」
「構いませんけど、一つ補足があります。約一名、姿を消しました。捕捉出来ていません」
「……何だと?」
 ガラディーンの目つきが変わる。
 彼にとって、その約一名が重要かどうか――――それはまだわからない。
 にも拘わらず、そのような反応になったのは、リジルの視線が訴えていたから。
 行方がわからなくなった人物は、ガラディーンが情報を欲していた人物と一致すると。
「残念ながら、油断や怠慢の類いではありません。そうならざるを得ませんでした」
「……いや、責めるつもりはない。情報に感謝を」
「いえいえ。僕がこの国で自由にさせて貰ったのは貴方のおかげですから」
 朗らかな笑顔で、リジルは感謝の意を示す。
 一方、その隣に座っているルンストロムの表情は堅い。
 リジルが提示した指定有害人種に関する資料は、彼にとって余り望むべき結果ではなかった。
 少なくとも、自分にとって有益とは言いがたい内容。
 だが、そんな事もある。
 長い長い人生の中でそれを何度も体験してきた魔術学の権威は、そっと資料を閉じ、席を立つ。 
「あら、もうお帰り? 長時間の会議は身体に毒かしら♪」
 対面に座るスティレットが、戯れを笑顔に描く。
「現状、皆さんの役に立てる有益な情報を持ち合わせておりませんのでね。それに私は
 以前から申していたように、立場上両計画への支援は出来かねますので」
 ルンストロムは一貫して、今回の件に距離を置いてきた。
 つまり、魔術国家デ・ラ・ペーニャは関与しない、という意思表示でもある。
「それで十分よん♪ 帰り道、馬車に轢かれないようにね♪」
 ヒラヒラと手を振るスティレットは、既にルンストロムから視線を外していた。
 彼からは金の匂いがしない――――と言わんばかりに。
 そんな流通の皇女を一瞬だけ睨み、魔術学の権威は一足先に会議室たる柱の部屋をあとにした。
 残りは五名。
「で、もう一つの方は?」
 既に指定有害人種の情報については全て把握済みのカラドボルグが、進行役のリジルを急かす。
 彼の興味は、あと一つの方の調査にあった。
 "高稀なる死"
 彼の目的は、そこに集約される。
「そうですね。質疑応答の前に、そっちも先に結論を発表しておきます」
 リジルは大げさに頷き、資料を凝視するガラディーンを除く三人へ向けて、口頭での説明を始めた。


「ヴァレロン全地下街化計画の残滓とも言うべき、このメトロ・ノームを管理する少女アルマ=ローラン。
 彼女の正体……いや、彼女の本質についてお話します」

 ――――それは、神に弓引く愚考であり、希望という名の暗澹。

 
 けれども彼女は、現存していた。

 


 "荒野の牢獄"

 "業の奴隷"

 


 それでも彼女は、確かに存在していた。












chapter 9.


- the girl "Alma=Roland" who dreams a star -








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