主不在のアルマ邸は、閑散としている訳ではないものの、何処か
 虫の鳴かない草原のような寂寞感と緊張感が漂っていた。
「……以上が、明らかになった情報の全部だよ」
 アルマ邸に戻ったフェイルは、そこで待っていたファルシオンと
 フランベルジュ、そしてハルとトリシュに対し一通りの説明を終え、
 息継ぎとは違う種類の息を浅く吸い込んだ。
「勇者計画と、花葬計画。この二つの詳細と関連性についてはこれでほぼ
 網羅出来たと思う」
 最後にそう付け加えたフェイルは、各々の様子に対し目を凝らす。
 顕著な反応があったのは――――ハル。
 とはいえ、それは驚きや嫌悪感など、両計画の内容に対しての反応とは言い難い。
 寧ろ、一抹の寂寞感を抱いているような眼で、じっと虚空を眺めていた。
 フェイルはそんなハルの様子に、察するものがあった。
 彼は傭兵ギルド【ウェスト】所属。
 そして、王宮を代表する一人、王宮騎士団【銀朱】師団長にして剣聖の称号を
 持っていたガラディーン=ヴォルスの息子。
 そこには強いしがらみがあり、個人的な思惑での行動はかなり制限されているだろう。
 ハルだけではない。
 同じギルドに所属するトリシュもそうだし、リオグランテという仲間を失った
 フランベルジュ、王宮の間者として生きてきたファルシオンもまた、
 複数のしがらみに捕われている。
 当然、フェイルもそうだ。
 だが――――同時に二つの目的を追いかけられるほど、現状に余裕はない。
「……悪いが、俺がお前らと協力するのはここまでだ」
 まず、ハルがそう告げ壁から背を離す。
 その目は遥か前方を見据えていたが、そこに何が見えているのか
 フェイルにはわからなかった。
「わかった。今までありがとう。心強かったよ」
 だが、何も聞く事はせず、まして止める事もせず、感謝だけを告げる。
 その言葉は本心からのものだったし、ハルがこの先どのような立場になろうと
 それは変わらない――――そんな感情を込めて。
「心配すんな。アルマの嬢ちゃんを危険に晒す真似はしねーし、お前らと敵に
 なる気もねー。ただ、ま……俺も一応社会人なんでな。務めってのはあんだよ」
 それは、フェイルの気持ちを酌んだハルなりの誠意。
 社会人の務め――――すなわち、仕事。
 所属ギルド【ウォレス】の下で行動する、もっと言えば今回の一連の流れに
 ウォレスが一枚噛んでいる事を示唆する内容だった。
 本来開示すべきではない情報。
 ハルは笑顔でフェイルの肩を叩き、それを贈る。
「生き残れよ。全部終わったら、お前の店でまた仕事サボらせて貰うぜ」
「……あれ、サボりだったんだ。やっぱり」
 背を向け手をヒラヒラとさせ、アルマ邸を出ていくハルの後姿を、
 フェイルは呆れ半分、感謝半分で見送った。
 次は――――
「ん? なんですか? 視線がトリシュに集まってますね」
 ハルと同じくウォレス所属の彼女。
 当然、ハルに付いていくとばかり思っていたフェイル達は、トリシュがいつまで経っても
 動こうとしない事に疑念を抱いていた。
「トリシュ、貴方は?」
「当然です!」
「いやあのね、会話が成立してないから。真面目にお願い。これからどうするつもりなの?」
 決してフザけている訳ではないと知りつつも、フランベルジュは前頭部を抱えながら訴える。
「ああ、そういう事でしたか。トリシュてっきり、『私と一緒に行くんでしょ?』と
 暗黙の了解的にカッコつけて聞いてるのだとばかり」
「……え?」
 思わずフェイルとファルシオンが顔を見合わせる。
 彼女の見解は明らかに間違っているが、その間違った仮定に対し『当然です』と
 答えたという事は――――
「……私と一緒に行動するって事?」
「そりゃそうです。もうトリシュ達は一蓮托生、二つで一つ、そういう仲ですから!」
「そういう仲ってどういう仲よ! っていうか、貴方ウォレスの人間でしょ?
 ギルドに戻らなくていいの?」
 若干顔が赤いフランベルジュの問いに、トリシュは口を歪ませ薄ら笑う。
「普段からトリシュを奇人変人扱いして都合の良い時だけ利用しようとするような連中に
 協力する義理はありませんのですよ。無視してやればいいんです、ケケケケケ」
 社会人とは思えないような責任感のなさ。
 トリシュらしい、の一言で片付けられない事もないが、フェイルは違う見解を
 頭の中で組み立てていた。
 彼女――――トリシュが指定有害人種候補である事は、ほぼ間違いない。
 あの異様な左腕が、その証拠だ。
 尤も、候補止まりなのか、指定有害人種そのものなのかは不明。
 いずれにせよ、彼女がギルド内で特別視されていた可能性は高く、それが彼女の強さや
 人格の奇抜さだけではなく、肩書きによるものであったと推察出来る。
 そこで浮上するのが、デュランダルが傭兵ギルドを潰そうとしていた件。
 トリシュがそれを語っていた事実も、無関係ではない。
 デュランダルの目的は、指定有害人種の殲滅。
 ならばトリシュもその標的になり得るかもしれない。
 そして、彼女がそれを知っている可能性はかなり高い。
 何故なら、彼女はデュランダルを倒そうとしていたからだ。
「トリシュはこれから、ギルドを潰そうとする不届き者を始末するのです」
 図らずも、そのタイミングでトリシュ自身がその目的を宣言した。
 ギルドに愛情はない。
 だがそのギルドを潰そうとしている相手を倒すと言う。
 なら、理由は一つ。
 自分の為に、デュランダルを倒そうとしている。
 すなわち、狙われている事を知り――――
「倒される前に倒す?」
「そうです。実はトリシュ、あの野郎に命狙われてやがるので、返り討ちどころか
 不意打ちでぶっ殺して差し上げるつもりなのですよ。ウケケケケ」
 なんともトリシュらしい発想だった。
「だ、だったらなんで私と一緒にいるの?」
「逆に不意打ちされた時に護って貰う為に決まってるじゃないですかーやだー」
「な、何なんのよその都合の良い扱いは! 私は貴女の護衛でも盾でもないのよ!?」
 そう憤るも、フランベルジュには語調ほどの怒りを生じている様子はない。
 寧ろ、トリシュのような一匹狼的な剣士が『護って貰う』と口にした事で、
 彼女の信頼を得ていると解釈した――――かもしれない。
「ああ見えて、純粋なところがありますから。フランは」
 ファルシオンもまた、フェイルと同意見だった。
 実際にトリシュがどういうつもりなのかは、二人をもってしても読めない。
 だが、彼女が共にいたがっている事は間違いないようだ。
 エキセントリックではあるが戦力になる以上、敢えて突っぱねる理由はない。
「なら、逆に僕達が危険に晒された時は君に護って貰うとするよ。相互扶助だ」
 フェイルがそう告げると、トリシュはフランベルジュに意地の悪い笑みを向けたまま――――
「トリシュは高いですよ? 一回助けるごとに三日分のお給料を貰います」
 割と安請け合いでそう快諾した。






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