一部腑に落ちないところはあったものの、収穫は相当に多い。
 とはいえ、諸手を挙げて喜べる状況ではない。
 それが、ヴァレロン・サントラル医院、地下支部を出てたフェイルが
 最初に抱いた率直な感想だった。 
 最大の収穫――――それを決めてしまう事には強い抵抗があるが、
 それでも敢えて定めるならば、アルマの現状だ。
 拉致されて行方不明、という非常に厳しい状況に代わりはないが、
 彼女の生命が脅かされる可能性は極めて低い事がわかった。
 花葬計画を推し進めている二勢力はいずれもアルマの封術が
 恒久的に必要であり、ならば彼女に酷い事をする筈がない。
 問題は、デュランダルを中心とした勇者計画遂行者だが、仮に彼らが
 指定有害人種の隠匿を防ぐ為にアルマを先に捕らえた場合でも、
 彼女を積極的に痛めつけたり殺したりする理由はない。
 アルマの容姿を考えると、もし捕らえた人物が野蛮人なら非常にマズいが、
 デュランダルが先頭に立って推し進めている作戦の中に
 そのような人物がいるとは到底考えられない。
 デュランダルが許す筈がない。
 王宮騎士団【銀朱】副師団長は、誰よりも国への忠義を清廉な方向で持つ男。
 だからこそ――――フェイルには未だ信じられない。
 彼が、リオグランテを殺した事実を。
「……」
 カラドボルグの話では、勇者計画の最大の目的は『指定有害人種の殲滅』だと
 いう事だった。
 それは単に、命を奪うという意味ではない。
 その存在を極限まで貶め、エチェベリア国民の記憶からも消し去ろうという、
 より強い意味合いを含んでいる。
 勇者の称号についても同様だ。
 格を落とし、汚し、そして潰す。
 実に徹底している。
 その点はデュランダルらしさが現れていた。
 或いは、彼も少なからず立案の時点で計画に加わっていたのでは、と邪推するほど。
 だがやはり、全体像を見れば彼らしくない行動であり、計画である事に変わりはない。
 そういった齟齬も、フェイルの感情を強く抑圧する理由の一つだった。
 加えて――――花葬計画の真相、そしてビューグラスの本心。
 もしカラドボルグの話が真実なら、ビューグラスは今後どのような事があっても
 花葬計画を断念する事はないだろう。
 希薄かと懸念していた彼の娘への愛情は、寧ろ誰よりも濃く、そして強かった。
 断定は出来ないが、フェイルはそう確信していた。
 父は――――親だったのだと。
「……」
 しかしそれだけに、止められない。
 無差別殺人に手を染めてしまった親を、止め切れない自分がいる。
 その事実が、何よりも葛藤を生んだ。
 一体どうすればいいのか。
 自分は息子として、兄として、薬草士として、元弓兵として、何をすべきなのか――――
「で……何故ついてくるの?」
 思い悩んだ末に生まれた心の弛みが、フェイルにその科白を吐かせた。
 五歩ほどの距離を保ったまま、後ろからついてくる人物へと。
「私には、帰る場所がない」
 そう答えたのは――――ヴァール。
 カラドボルグとの交渉を決裂させて以降ずっと黙ったままだったが、ようやく声を発した。
「だったら、カラドボルグさんに弁護して貰えばよかったのに。それが出来ない理由があるの?」
「ある。あの男をスティレット様は信用していない」
 信頼ではなく、信用。
 その言葉の違いに大きな意味があるかどうかはさておき――――ヴァールはそう断言した。
「そんな人間に弁護されれば、恥の上塗りだ。既に私は三度、恥をかいている。
 四度目はない。いや、三度目の時点でもう私に居場所はなくなった」
「……」
 その内の二度に関与しているフェイルは、罪悪感を押しつけられたような気がして
 ただでさえ重い気を更に重くし、思わず立ち止まった。
「生憎、僕の所為と言われても困る。仕掛けたのはそっちで、僕達は身を守ったに過ぎない。
 酒場での失態もそっちの油断が原因だよね?」
「……」
 正論なのは間違いない。
 だが、正論は時に凶器にもなる。
 フェイルは後ろにいる無表情な女性がどんな顔をしているのか知りたくもなかった為、
 振り向く事なく歩行を再開した。
「……だから、ついて来ないでって」
「私はもう、スティレット様の下には戻れない。戻れば、私のような恥晒しを近くに
 置いている事が、そのままスティレット様の恥になる。それは絶対に許されない」
「そんな解説はもういいよ。こっちはこれから忙しくなるんだ。君の憂鬱に付き合う暇はないよ」
「私が貴様を殺せば、恥の半分は消える」
 それは――――脅しにしてはやけに弱い言葉だった。
 これまでヴァールという人間から常に受けていた冷酷さや強靱な意志がまるで感じられない。
 だが、それ自体は不思議でもなんでもなかった。
 人間は誰しも、目的があってそこに盲進する間は強い精神力を発揮出来る。
 何事にも動じず、何事にも揺るがない心があれば、強く映るもの。
 逆に言えば、それが揺らげば自然と瓦解する。
 ヴァールはまさにその状態なのだろう。
 まだ若く、人生経験も浅いであろう彼女が、そう簡単に修復出来る筈もない。
「……懲りないね。またやってみる?」
 そこまで把握していたからこそ、フェイルは敢えて挑発に乗った。
 乗ったというよりは、踏み越えた。
 案の定――――ヴァールは押し黙る。
 最初から、フェイルとまた一戦交えるつもりなどなかったのだろう。
「仮にそうして勝ったところで、恥の上塗りだ。この位置関係では不意打ちと思われかねない」
「まるで誰かが見ているような口振りだね。君が黙っていれば、不意打ちかどうかなんて
 誰にも、スティレットさんにもわからないよ?」
「……嘘は苦手だ」
 なるほど、そうなのだろうとフェイルは納得した。
「フェイル=ノート」
「……何」
「貴様は何故、時代遅れの武器を今尚使い続ける。何故、それで戦い続ける」
 既に答えと同じような事を話した記憶はあった。
 だが、そのヴァールの問いは、それとは違った回答を期待しているように感じ、
 そしてフェイル自身もまた、その質問から逃げる事に抵抗があった。
 似た境遇の彼女から――――その目に映る自分自身から逃げる訳にはいかなかった。
「弓矢は、人類が最初に知恵を使って発明した武器。つまり、人間が人間である証明」
「……」
「そう教えてくれた人の為に」
 そして、その人の生き甲斐だった弓矢への敬意の為。
 すなわち。
「親父の為だよ」
 フェイルは――――初めて、肉声で弓職人の事を、そう呼んだ。
「……」
 特に何らかの反応を期待していた訳ではなかったが、沈黙というヴァールの返答に
 若干の失望を覚え、発言を後悔。
 尤も、その心に偽りはなかった。
 自分にとっての父親は、彼であると。
「私は、貴様から受けた辱めを払拭しない限り、スティレット様の下へは帰れない」
 代わりに放たれた言葉は、誤解を招きそうな内容。
 ともあれ――――
「とはいえ、貴様と行動を共にするつもりはない。並び歩くのはここまでだ」
「わかったよ。それじゃ、ご勝手に」
「フン」
 鼻息荒くそっぽを向いたヴァールが、薄い暗がりに溶け込むように姿を消す。
 その残り香はなかったが、しばらくフェイルはその場で立ち止まっていた。






  前へ                                                             次へ