「確証はないけど……」
 フェイルはその質問に断言出来るほど、スティレットについて詳しくもなければ
 思惟した事もない。
 だが、彼女は流通の皇女。
 その普遍的な目的は、すなわち――――金だ。
「お金を集める事。いや……お金が集まる事、かな」
「より正しい答えだね。彼女は自分の元に金が集まる構造を常に保持しなければならない。
 恥を嫌うのもその為だろう。恥は求心力を奪うからね。医師も同じだ。一つの失敗が
 未来の数千人の患者を奪う」
 この時初めて、カラドボルグの顔に憂いが混じったようにフェイルには見えた。
 それが正鵠を得ているかどうかは不明ながらも、彼の中に医師としての強い矜持が
 垣間見えたのは間違いない。
「だが、金は誰にでも平等だ。どのような愚者でも金があれば大病を治せるし、
 どのような聖人でも、金がなければ疫病で命を落とす。それでも命が平等だと言うのなら、
 つまりは金こそが平等であり、財布の重みが命の重みだと俺は考える」
「……貴様の下らない持論など、どうでもいい」
「おっと、つい脱線してしまったか。これは俺の悪い癖だ」
 ヴァールの冷え切った声に、カラドボルグが思わず頭を掻く。
 その仕草すら、この場の空気を制御する為の小細工ではないか――――フェイルは
 そんな懐疑心を視線に混じらせ、二人のやり取りを眺めていた。
「つまるところ、スティレットの厄介な点は"金の巡り"という、風のように気まぐれに
 方角が変わるものを目的としている点だ。昨日は俺達の味方でも、今日はもう敵かもしれない。 
 確認作業が必須なのも当然だろう?」
 カラドボルグの切れ長の目が、ヴァールへと向けられる。
 いや、視線そのものは最初からヴァールに固定されていた。
 だが、その目は先程まで、彼女の後ろにあるもの――――スティレットへと向けられていた。
「現時点で、スティレットは花葬計画・二へ協力する意思があるか否か。彼女の右腕である
 君は当然、把握している筈だ。答えて貰おうか。味方である俺は、それを知る権利がある」
 しかし今は、ヴァール本人を見据えている。
 それを感じ取っていたのか、ヴァールは一歩、後退った。
 気圧されたからではない。
 半身になる為。
 臨戦態勢だ。
「……と、言いたい所だが」
 それを確認した後、カラドボルグは破顔し肩を竦めた。
 実力行使を怖がった様子はない。
「君の立場も尊重しよう。スティレットについてこれ以上聞く事はしない。女を虐めるのは
 趣味じゃないからな。その代わり、この問いには答えて貰う」
 押して、引く。
 強い条件の後、弱い条件。
 当初の要求を通す為に、高い要求を敢えて先に出す。
 駆け引きの基本中の基本であり、使い古されていながらも常に有効であり続ける、
 すなわち常套手段。
「君と協力し、アルマ=ローランを拉致した人物は誰だ?」
 その回避困難な攻撃に対し、ヴァールは沈黙で耐えた。
 そして思慮する。
 自分の回答によって、スティレットに対する被害を最小限に食い止める為にはどうするべきか。
「ちなみに、嘘は無駄だ。医師は顔の筋肉の動きで嘘を見破れる」
 それが真実か否かを判断する事は、ヴァールには不可能。
「素直に本当の事を言ってくれれば、スティレットへの弁護を請け負おう。
 君の敗北は、君がより多くの人間を引きつけた結果。君は良い仕事をしたが、俺がポカをした。
 ま、ほぼ事実だから弁護と言えるかは微妙なところだが」
 勝敗は既に決していた。
「……」
 ――――その筈だった。
 だが、ヴァールは重い口を開かない。
 カラドボルグの口車に乗る事を恐れているのか、或いは――――彼は既に"敵"なのか。
 いずれにせよ、交渉はここで決裂した。
「やれやれ。医師の最後通告を無視する患者、意外と多いんだよね」
 これ以上の会話は無意味と判断したらしく、カラドボルグは大げさに首を左右へ振り、
 ヴァールから視線を外した。
 最早興味の外、と言わんばかりの露骨さで。
「さて、フェイル君。彼女からの情報を得る事には失敗したけど、俺は引き続き
 アルマ=ローランの居場所を探る。君もそうするだろう?」
「ええ」
「なら情報を共有しよう。二日後、またここへ来るといい」
 再会の指定。
 フェイルの顔が露骨に歪む。
「そう怪訝そうにするな。別に君を"俺達の"花葬計画に引き込むつもりはない。
 共有するのはアルマ=ローランの所在という一点のみだ」
「……なら、断わる理由はありません」
 沈黙のまま佇む、無表情のその女性が話してくれれば直ぐに解決――――という保証もない。
 嘘を吐くかもしれないし、知らない可能性もある。
 結局のところ、カラドボルグの提案は通るべき道ではあった。
 ただ、懸念は消えない。
「どうして……そこまでしてくれるんです?」
 見返りを求められる。
 それは間違いない。
 ただ、それにしても一体どれだけのものを返せばいいのか、というほどの情報と
 展望をカラドボルグは提供してくれた。
 余りに都合が良すぎる。
 親しい訳でも、まして味方でもないのに。
「理由は二つ。君自身と、君の妹」
「妹……」
 それがアニスを指している事は、疑いようがない。
 彼はビューグラスの味方だし、何より指定有害人種の調査をしていたのだから、
 アニスの素性、フェイルの素性は知っていて当然だ。
「君も気付いているだろう。勇者計画の最大の目的が『指定有害人種』を屠る事なら、
 彼女は危険だ。彼女は既に指定されているからな」
「……」
 その事実は、フェイルも知っている。
 王城の"あの部屋"で見た資料に載っていたから。
 だから、状況的にアニスがデュランダルに狙われる可能性は十分にある。
 しかしアニスがいる病室に今自分が行けば、追跡され居場所を特定される恐れがあると
 判断した結果、ヴァレロン・サントラル医院に任せたままになっている。
 そう。
 ヴァレロン・サントラル医院に。
「まさか――――」
 フェイルは戦慄と同質の感情を抱き、全身を粟立たせた。
 それはあと少しで、薄汚い殺気へ変質しかねないものだったが――――
「心配は無用。俺は別に君の妹をどうこうする気はない。指定有害人種を人体実験の
 被験体にする、なんて事もない」
「……」
 安堵は出来ない。
 だが、自分の懸念を完全に言い当てられた上で否定された以上、それ以上の
 追及など出来る筈もない。
 カラドボルグの医師としての良心を信じるしかなかった。
「ただ、経過観察はさせて貰う。ヴァレロン・サントラル医院の患者としてな。
 それが、俺の目的にも繋がるんでね」
 そう軽薄に話すにカラドボルグに対し、フェイルは――――
「……アニスをよろしくお願いします」
 若干の間を空けたのち、搾り出すようにそう言い頭を下げた。
「脅迫じゃなく懇願か。やっぱり、君とは敵対すべきじゃなさそうだ」
 どの行動が一番、アニスに安全をもたらすのか。
 それだけを、単純にそれだけを考えたフェイルの行動は、カラドボルグから一定の評価を得た。
「現時点で俺から提供できる情報は以上だ。いや、あと一つ」
 仰け反るように胸を張り、カラドボルグはフェイルの頭を見下げるような角度で
 虹彩に収めた。
「俺は、個人的に君が気に入っている。そしてそれは、目的にも繋がっている。
 だから信用や信頼は不要だけど、過度の警戒も不要だ。今後、敵は多くなる。
 仮想敵を無闇に増やさないようにしたまえ」
 そして――――この濃密な説明会に終止符を打った。







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