『アニスの事は諦めろ』

 以前、ビューグラスはフェイルにそう告げた。
 切り捨てたのだと、フェイルは判断せざるを得なかった。
 だが心の何処かで、そうではないと思いたい気持ちがあった。
 そしてそれは、成就した。
 切り捨てたのではない。
 自分に任せておけばいい――――今となっては、そんな解釈が可能な言葉だった。
「……」
 だが、釈然としない。
 ビューグラスの真意を理解したフェイルに去来したのは、二つの相反する感情だった。
 娘を想う気持ちを持ち続けていた事への安堵。
 娘の為にその他の人命を犠牲にしている事への激高。
 どちらの比率が高いかは、フェイル本人にもわからない。
 わかっているのは、ビューグラスの行動原理が揺るぎないものという事実。
 生半可な倫理観や道徳心を盾にしても、まるで太刀打ち出来ないだろう。
「さて。花葬計画の概略は以上だ。ここまでの開示内容を踏まえた上で、
 アルマ=ローランの現状を正確に言い当ててみたまえ」
 だが――――今はビューグラスの本心について検証する時ではない。
 カラドボルグの話題転換が、その事をフェイルに思い出させた。
 アルマの現状。
 その最も重要な論点は、安全か否か。
 フェイルは既に答えを得ていた。
「……これまでの話を総合すると、あらゆる勢力にアルマさんを拉致する動機がある」
「へえ。あらゆる、か。いいよ。続きを聞こう」
 苛立ちを誘発するようなカラドボルグの反応を掻い潜るようにして、
 フェイルは自分なりの解釈を口にする。
 それは、自分自身へ言い聞かせる意味もあった。
「どうして、安楽死の薬の実験を地上でする必要があるのか。理由は単純です。
 不特定多数の人物を対象とするには、メトロ・ノームの人口は少なすぎる。
 少数を対象とした第一段階の実験をここで、それ以降を地上で行っていると推察出来ます」
 どちらの間引きも安楽死の臨床試験ならば、必ずそこには段階が存在する。
 薬の効果が存在するかどうか。
 存在するのなら、どの程度の確率なのか。
 効果があるのは、どんな人間に対してなのか。
 そういった段階を経て、ようやく薬は実用性を持つようになる。
 薬草士であるフェイルは、その事をよく知っていた。
「つまり、今後の実験は全てメトロ・ノームではなく地上で行われる。そこで『死の雨』という
 実験がこれからも繰り返されるのであれば、アルマさんの封術士としての能力、すなわち
 このメトロ・ノームの封印は、花葬計画にとって必要不可欠なものでしょう。
 薬の開発への外部からの干渉を完全に断つ為に」
 そして――――
「被験者をメトロ・ノームへ避難させる為に」
 フェイルのその推論は、カラドボルグの口元を緩ませた。
 花葬計画・二の被験者は指定有害人種。
 勇者計画において、狩りの対象となっている連中だ。
 当然、大多数を狩られてしまえば実験にならない。
 だから、匿う。
 このメトロ・ノームへと。
 フェイルがマロウによってここへ案内された最大の理由もそこにある。
 フェイルが指定有害人種の候補だったからだ。
 彼女達は意図的に、候補者をメトロ・ノームへ誘導していたのだろう。
 厳重に閉め切られた地下への鍵を渡すなど、"特別な空間への案内"を演出しながら。
「だから、花葬計画・二を進めている人達……つまり貴方達にとっては、
 この地下を封鎖出来るアルマさんは必要な人材。違いますか?」
「違わないね。俺達に関しては正解だよ。なら、他の勢力はどうだい?」
 あくまで推論を促す姿勢を貫くらしい。
 医師であるカラドボルグにそれをされると、問診を受けているようで
 気分は余りよくなかったが、フェイルは抵抗する時間も惜しんだ。
「純粋に安楽死を推進する連中、つまり花葬計画・一を目論んでる連中が
 貴方達と敵対しているのか、協力関係にあるのかは確信を持って答えられませんが……
 少なくとも、薬の更なる研究をする上で、地下の封鎖が出来るのは大きな利点になる。
 安楽死の研究を止めさせようとする勢力との断絶が可能になりますから」
「ここは無法地帯だよ? 元より、止めさせる権利は誰も持たない」
「武力行使を、ですよ」
 己の主張を突き通す為、戦闘を仕掛ける人間はごまんといる。
 まして安楽死という、人間の倫理に直結する問題となれば尚更だ。
「そして、もう一つの勢力。勇者計画を推し進めている人達。彼らはメトロ・ノームを
 封鎖する直接的な理由はないけど、封鎖されると困る理由はある。だから、
 花葬計画実行者からアルマさんを守る必要があった」
 あった――――そう、あくまで過去形。
 デュランダルがこのメトロ・ノームにいる今となっては、逆に彼が地上へ出る為に
 アルマさんの封術を使わせない、若しくは解かせる必要がある。
 それはクレウス=ガンソでは出来ない事だった。
 だからこそ、デュランダルはアルマの身の安全をフェイルに託した。
 今なら、それがハッキリとわかる。
 尤も、その期待は既に半分裏切ってしまっているが。
「素晴らしいね。八割方正解だ。これで君は、現在このヴァレロン……いや
 エチェベリア国で起こっている大きな変革の波について、大筋理解したに等しい」
 おざなりの拍手と共に、カラドボルグはにこやかに微笑んだ。
 実に似合わない笑顔だった。
「アルマ=ローランの所在についてだけど、結論を言えば不明だ。俺は把握していない」
「……そうですか」
「そうガッカリしなさんな。俺も彼女の所在は知りたがっている。少し考えてみよう」
 それは――――協力要請に等しい訴えだった。
 尤も、フェイルに断わる術はない。
 ここが空振りに終われば、いよいよ手がかりを失う。
「勇者計画派、花葬計画・一派、花葬計画・二派。仮に『勇者派』『一派』『二派』と
 しようか。この内、俺達『二派』はアルマ=ローランの身柄確保に失敗した。
 残るは『勇者派』『一派』……と言いたいところだが、『その他』も加えないといけない。
 全く無関係な連中が攫っていった可能性もある。何しろ彼女は絶世の美女だ。
 それだけで攫われる理由になる」
「シナウト、とか言う連中かもしれませんからね」
 フェイルはカラドボルグとの会話の中で、その名前を思い出していた。
 このメトロ・ノームにおける保守派であり、保守派でありながら過激な行動をとっている
 という集団。
 その実態は全く掴めていないが、その連中がアルマを匿った可能性もある。
「ああ。その可能性は除外していいよ。シナウトなんて連中は、もういない」
「え……?」
 その予想外の返答に思わず、フェイルは律する事を忘れ驚きを露わにした。
「でも、つい最近まで活動しているという話を聞いて……」
「実験を行う上で、シナウトの存在を利用したんだ。死者が出ても、彼らによる間引きだと
 思わせておけば、薬の投与を警戒されずに済む。花葬計画にシナウトは必要だったのさ」
 ――――だから、シナウトという連中がまだ存在している事にした。
 カラドボルグは、彼らがシナウトの名前を隠れ蓑に利用していた事を
 悪びれもなく暴露した。
「ただ、その為にはシナウトの存在を浮かび上がらせる別の存在が不可欠だ。
 引き立て役、とでも言っておこうか。第三者にもシナウトの存在を意識させる、そんな役がね」
「……土賊」
 ポツリと、フェイルは半ば無意識にその名を呟いた。







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