「ならば説明するとしよう。安心したまえ、俺は説明は得意なんだ。
 常に患者への説明が求められる職業だからさ」
 その本人の言の通り、カラドボルグは流暢な物言いで話を進めている。
 それはフェイルにとって歓迎すべき事だった。
 もう既に、後戻りの出来ない所にまで来ている。
 エチェベリアという国家が推し進めている計画に対し、反発心を隠す気もない。
 なら、引き返す間も与えないくらい、矢継ぎ早に説明して貰える方がいい。
 そんな思いで、フェイルは説明の続きを待った。
「花葬計画の事の発端は、『安楽死の是非』にあった」
「安楽死……」
 唐突に出てきた言葉。
 しかしそれが、花葬計画の根幹にあるという。
「まあ、安楽死そのものは医学において昔から大きなテーマとして常に
 議論が行われていたんだ。要するに、これ以上の回復が望めないとか、
 生きていても自分、或いは周囲に対し苦痛しか与えない状況にある場合、
 その生命を合法的に眠らせる事が正義か、悪か」
 正義か、悪か――――その結論は出ていない。
 そしてこれからも、出る事はない。
 だから本来ならば、議論は既に終了して然るべき議題だ。
 しかしながら、安楽死に関しての言及は、決して過去の遺物とはならない。
 堂々巡りであろうと、常にどの時代にも強い主張と強い主張が戦い続けている。
 それは、戦争が決してなくならないのと同じ理由だ。
「戦争と同じで――――金になるテーマだからね。だから医学は、生命の重さという
 決して量れない物を量り続けている。滑稽だろう? けど、金の集まる分野が
 発展するのは、どの学問でも同じさ」
 カラドボルグの表情に、諦念や失望の色はない。
『それの何が悪い?』と開き直っている様子もない。
 当然のものとして、なんら疑問の余地なく承諾している――――そんな顔だった。
「その安楽死の可能性の一つとして提唱されたのが、花葬計画なんだよ。
 ここでは便宜的に『花葬計画・一』としておこう。『花葬計画・一』の目的は単純明快で、
 先程例に挙げたように、不治の病に冒された人間を本人達の希望で死なせる。
 そうする事で、当人や周囲の苦痛を和らげる。当然、苦しまないように
 特殊な"薬"を使ってね」
「その薬とやらを開発するのも、計画の一つですか」
「そう。具体的な調合方法も既に提唱されている。必要な材料は多数あるけど、特に
 入手困難なのが三つ。ロイヤル・パルフェ』『マンドレイク』、そして
『グランゼ・モルト』」
 それは――――フェイルにとっていずれも聞き覚えのある薬草だった。
 ヴァレロン・サントラル医院との提携を持ちかけた際、差し出すようにという条件の下に
 挙げられた三つ。
 混沌としていたこれまでの出来事の中に、確かな一本の線が見えた。
 ヴァレロン・サントラル医院は、安楽死に賛成の立場を取った病院だった。
 そして、その研究を行っていたのが――――
「開発はここメトロ・ノームで行われた。ピッタリだろう? 少なくとも、現時点において
 エチェベリアでは安楽死は完全に違法行為、殺人だ。その研究もまた同義」
 だが、メトロ・ノームで罪に問われる事はない。
 ここはそんな空間だ。
「実際に作成された薬は、実験と称し極秘に使用されていた。メトロ・ノームでも、
 そして……地上でも」
「……」
 衝撃的な事実――――ではない。
 薬の話が出た時点で、フェイルは既に予想していた。
 メトロ・ノームでは、保守派【シナウト】を名乗る連中が、
 間引きを行っているという話があった。
 地上では、グランゼ・モルトを使用したあの『死の雨』で間引きが行われた。
 間引き。
 その言葉の意味を、フェイルはようやく知った。
 増えすぎた物を減らす。
 増えすぎた苦痛を減らす。
 苦痛に満ちた――――生命を減らす。
 あの『死の雨』の正体は、安楽死の為の実験だった。
「……」
 今すぐにでも叫びたい衝動が、フェイルの身を焦がす。
 そんな非合法な実験に、武器屋『サドンデス』の店主ウェズ=ブラウンまで
 巻き込まれてしまったのかと。
 そんな狂気めいた事が、この国では平然と行われているのかと。
 表向きは戦争に勝利し、強国としての確固たる地位を築きつつある健常な国家。
 だがその内情は、信じ難い程に腐敗していた。
「君が知っているかどうかはわからないけど、以前アルテタという街でも
 死の雨と同じような実験が行われた。その時にも、結構な数の死者が出た。
 ただし、死なない人間もかなりいた。当然だけどね。あの薬は誰にでも効くものじゃない。
 それに、苦しまずに死ぬ事が出来なかった人間もいた。実験はまだまだ成功していない」
「……だから、花葬計画はまだ続いている?」
「続いているのは事実だけど、この場合正確には『花葬計画・一』は続いている、
 と言うべきだろうね。安楽死の為の実験もまた、未だに続いている」
『花葬計画・一』――――その表現にカラドボルグはこだわっているようだった。
 理由は想像に難くない。
「貴方が関わっているのは、その『花葬計画・一』じゃないって事?」
「ご名答。俺は安楽死には絶対的反対の立場だ。さっき言っただろう?
 人の力では救えない、逃れられない死……俺はそんな高貴なる死の先を見つめている。
 安楽死は、その邪魔でしかない」
 寧ろ、対極にある存在と言えるだろう。
「そんな腐れた計画が、ある時期を境に枝分かれした。研究内容自体は同じでも、
 その目的が全く違う『花葬計画・二』。俺が手を貸してるのは、勇者計画とその『花葬計画・二』だ」
「……目的が違う? 苦痛のない死を与える薬を、一体何に使うって言うんです?」
 薬、と呼ぶ事さえ大きな抵抗があるそれを、フェイルはそれでも薬と呼んだ。
 そう呼ぶ事で、見えてくる何かがあると思い。
 だが、見えてこない。
 正確には、目にしたくなかったのかもしれない。
 それは余りに、切ない事実だから。
「苦痛を与えずに死を与える薬は、『生命の限界値』の個体差を量る薬でもある。
 そんな薬の前では、鍛えられた肉体や精神など何の意味もない。単に生命力だけが試される。
 その観点から、医学はこの計画に強い関心を示している。当然、数多の薬草を用いて作られた薬の
 効能、という観点から薬草学も」
 薬草学の権威――――ビューグラス=シュロスベリーも。
 ただ、それは既に判明している事実なのだから、驚くべき事ではない。
 問題は、目的だ。
 ビューグラスが『花葬計画・二』に関与している目的。
 それは。
「もう一つ、生物学もまた関与している。この薬の、人体に対する作用への関心。
 そして……生物兵器に対する作用への関心、という観点からね」
 それは、すなわち。
「人間に必ずしも作用するとは限らない。そして、生物兵器へ作用する可能性がある。
 その二点から、『花葬計画・一』で作成された安楽死用の薬は、人間の生命を奪わず
 生物兵器を取り除く可能性を秘めている……そう提唱する人物がいた。
 もしそれが実現したならば、指定有害人種を救えるかもしれない、と」
 すなわち――――
「そう。君の妹、アニス=シュロスベリーを救う為、『花葬計画・二』は誕生した」


 ――――愛しき娘への、唯一無二の愛。






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