施療院の中の空気が少しずつ変化している事は、フェイルも感じていた。
 異質なのは、それが敵意や殺意とは全く違うものによる変化である点。
 カラドボルグ=エーコードに敵意はない。
 だが、彼は確実に室内の雰囲気を変容させていた。
「君は既に、自分自身が何者なのかを知っているね?」
 変容の理由は、その問いに集約されていた。
 カラドボルグの目は、明らかに今までフェイルを見ていたそれとは違っている。
 実際には、これまでは"隠していた"、或いは"覆っていた"。
 今は、本来彼が見るべき目で見ている。
 そんな印象をフェイルは受けていた。
「……ええ。指定有害人種かどうか見定められていたらしいですね。
 貴方も俺がそうだって、知ってたみたいですけど」
「当然さ。指定有害人種の候補リスト作成に協力した立場としてはね」
「……」
 カラドボルグの語った事実は、フェイルにとって予想すらしていないものだった。
 だが、だからといって驚くに値する内容でもなかった。
 指定有害人種、などという言葉で一括りにされている存在がある以上、
 それを括った人物がいるのは当然であり、目の前の人物が関与していたからといって
 特に不可解な点はない。
 若すぎるというのも、特段否定理由にはならないのだから。
「君はどうやら該当しなかったらしいから、説明する必要も義務もないんだけど……
 一応、濡れ衣って事になると言えばなるし、その侘びに解説してあげるよ」
 フェイルはここでようやく理解する。
 何故、この医師が発する空気が、場の雰囲気が変化したのか。
 彼は今、患者ではなくなった人物を見る目でフェイルを見ていた。
 つまり――――関心外だ。
「指定有害人種の定義を誰かに聞いたかい?」
「……何らかの理由で特異体質を得た人間の中で、その体質が他人への
 害悪となる可能性が70%を超えている見なされた人間、でしたっけ」
「そう。ただしそれはあくまで、便宜上の定義に過ぎない。本質とはかけ離れている」
 本質。
 その言葉に、フェイルはピンと来るものがあった。
 今の自分の説明は確かに、指定有害人種の本質を捉えてはいない。
 この施療院で以前、ハイト=トマーシュが話した言葉の中に、それは含まれていた。
「生物兵器によって特異体質を得た者……」
「正解だ。それこそが、指定有害人種の本質。"何らかの理由"なんてのは表向きに
 過ぎない。生物兵器によって汚染された人間の内、有害な存在となった者を
 指定有害人種と定義している。少なくとも、この国はね」
 カラドボルグが実際に候補リストを作ったのなら、そう断言するのも当然だろう。
 彼がそのようなリストを作ったのは、国家の依頼があったからと判断出来る。
 理由は二つ。
 デュランダル=カレイラがその指定有害人種を抹殺しようとしている事。
 勇者計画の主役に抜擢されたリオグランテもまた、指定有害人種であった事。
 この二つが示すのは――――国家が指定有害人種について把握し、更には
 この世から消そうとしている事実。
 ならばこのエチェベリアという国が、カラドボルグに、或いはそれ以外の大勢の医師に
 依頼したと見るべきだ。
「指定有害人種を放っておけば、いずれ国民に被害が出るかもしれない。
 いずれその特異体質を得るに到った理由……生物兵器がそうだと気付く者が
 出てくるかもしれない。そうなれば、再びデ・ラ・ペーニャと戦争になるかも知れない。
 その阻止の為、指定有害人種は抹殺しなければならない。疑わしき者は徹底的に
 調べなければならない。場合によっては……『疑わしきは滅する』としなければならない」
 最後を除き早口で捲し立てたカラドボルグの感情は、フェイルには読み取れなかった。
 少なくとも、憤りを覚えている様子は微塵もなかったが。
「今の説明が、この俺になされたものだ。嘗められたものだろう?
 こんな今時子供でも騙せないようなエセ功利主義を説いてこられた日には
 対応に困って苦笑いを浮かべてしまったよ。毎日死と向かう医師を何だと思ってるのやら」
 それは皮肉というより寧ろ、自虐に近い述懐だった。
 確かに、医師は毎日死を向き合っている。
 生命を救う使命と同時に、時に死を受け入れる必要がある。
 その医師に対しての説明としては、陳腐を通り越して滑稽でしかない。
 だが、医師に対する国家の認識など、そんなものだ――――
 カラドボルグはそう吐き捨てているようだった。
「……国家が大々的に進めていた"勇者計画"は、勇者を失墜させるのが主目的だ。
 だが本質は違う。勇者を失墜させるのではなく、指定有害人種を……いや、
 指定有害人種と自分達が決定した人間を『間引く』為の口実作り。それが本質だ」
 それは――――余りに乱雑な、そして非人道的な計画だった。
 そして同時に、余りに効率的だった。

 エチェベリアの国家は今、求心力を失っている。
 戦争に勝利したにも拘らず、その功績が王族ではない個人に向けられている事が大きな要因だ。
 民間人の英雄である"勇者"の称号もまた、大きな障害。
 当然、それらを排斥したところで、王族の復権はない。
 ならば、勇者という存在を失墜させればいい。
 勇者を名乗る人間が、最低最悪の評価を受け、そして挽回の機会を得られない状態――――
 すなわち、死してしまえばいい。
 その機会に、隣国との戦争によって生じた被害――――生物兵器による被害で今後
 この国に混乱をもたらしかねない存在も始末出来れば、なお良い。
 幸い、その生物兵器に冒された人間の多くは、尋常でない力を手に入れる。
 その力は、勇者候補として歩み続ける内は『勇者ならではの優れた才能』と見なされる。
 だが、その勇者候補が悪事などによって評判を落とせば、『暴力の可能性を秘めた危険な力』
 と見なされる。
 そしてその勇者候補が指定有害人種と判明すれば、『国民を脅かす脅威だった』と見なされ、
 それを葬った人物が国家の命を受けていたと知れば、『王族の速やかな決断』は評価され、
『犠牲はやむを得ない』との風潮へと国民感情は流れゆくだろう。
 期待が大きければ大きいほど、失望もまた大きくなる。
 失望が大きければ大きいほど、擁護論は減る。
 そしてそうなれば、『やむを得ない犠牲』が他の人物に対象を移しても、国民感情は継続される。

 勇者計画とは、生物兵器によって不幸にも『人とは違う力を得た』リオグランテを利用し、
 勇者の称号を失墜させ、生物兵器に汚染された人物の淘汰への大義名分とする事だった。

「……何が……勇者計画だ!」
 フェイルは自分の感情を制御する術に長けている。
 性格も、これまでの人生経験も、その糧となっていた。
 だが――――この時ばかりは、怒りを抑えきれなかった。
「そんな国家の都合や取り繕いの為に……戦争の尻拭いの為に、リオは……」
「勇者候補だけじゃない。君もまた、その為に人生を変えられたんだろうね。
 王宮出身なんだろう?」
「……僕の事はいいですよ。別にどんな理由で王宮に招かれたとしても、
 あの場で学ぶ事は山ほどあった」
 例え『指定有害人種候補』だから、そのデータを得る為に招かれたのだとしても、
 そこに憤りはない。
 だが、利用されるだけされ、勇者としての夢や希望を何一つ実現することなく
 晒し首にも似た形で葬られたリオグランテを思うと――――どうしても感情を抑えきれなかった。
「以上が、勇者計画の全容だ。そしてもう一つ、花葬計画」
 今にも拳を床に叩き付けたい衝動に駆られていたフェイルに、カラドボルグは冷静に告げる。
「これから先は、更に醜い現実の指摘だ。聞くかい?」
 まるで、不治の病である事を告知するかのように。
「……」
 フェイルは迷う事なく頷き、その現実に耳を傾けた。






  前へ                                                             次へ