世界には発展が在る。
 それは誰かが風穴を開けたり、先陣を切ってガムシャラに駆け抜けたりする事で生まれる推進力。
 特に、多くの人間から嘲笑される夢想家が、その力を生む。
 そしてそのような人間は、どの分野にもどの時代にも必ず存在する。
 だから、世界から発展が消える事はない。
 そのように、出来ている。
 けれど、どれだけ望まれる発展であろうと、その全てが正義であるとは限らない。
 正義は人の数だけ存在する、いわば思想そのもの。
 当然そこには、虐げられる思想もあれば、蔑ろにされる思想もある。
「……私の一族は、魔術を次の段階に進める研究をしていた」
 そう呟くヴァールは、酔っていた。
 目の前に酒にではない。
 酒場の雰囲気にでもない。
 己の立場に、でもない。
 けれど、酔っていた。
「魔術をより強力なものにすべく、様々な試行錯誤を繰り返していた。従来の体系と異なる術式、
 魔力の引き出し方……全てを一から構築した」
「その成果が、君の使うあの魔術か」
「一子相伝、門外不出の術式だ」
 明らかに、ヴァールは酔っていた。
 その口調はこれまでと異なり、何処か滑らかで、そして誇らしげ。
 酔っている人間特有の高揚感に溢れている。
「いずれ、一族の魔術が魔術国家を、この世界を震撼させる。そんな夢を見ていた。
 それが私の代になるのか、更に後になるのかはわからない。既に術式は完成の域にあり、
 後は有効性を内外に知らしめるのみだった」
「……君があの"流通の皇女"についているのは、そういう理由か」
 有名人の護衛。
 ガーナッツ戦争以降大きな戦争のないこの大陸で、魔術士が名を上げる数少ない方法の一つ。
 大物の右腕が使う、今までにないような魔術――――それが絶大な印象を与えるのは言うまでもない。
 彼女の忠誠心は、純粋にスティレットという人物そのものに向けられている訳ではなかった。
「だが、時代は変わった。魔術は進化を止め、複雑である事を拒み、より簡易に、
 より開放的な道を選んだ。あの男の発明によって」
 それがオートルーリングの事を指しているのは、フェイルも直ぐに理解出来た。
 要は、負けた。
 発展競争において、ヴァールの一族はアウロス=エルガーデンの発明した
 オートルーリングに敗れ去った。
 そういう事だ。
「魔術をより早く、簡単に出力出来る技術。聞こえはいい。利便性を否定はしない。
 だが、それは堕落も意味する。今後は『誰にも使える簡単な魔術』ばかりが重宝されていくだろう。
 安易な方向へと向かった分野に未来はない」
 フェイルは目の前にグラスを睨むようにしながら、ヴァールの話をじっと聞いていた。
 オートルーリングという技術の発展は、戦場における魔術の重要性を押し上げるものだ。
 殆ど溜めを必要とせず、弓矢より遥かに高い殺傷力、広範囲にわたる威力を発揮するのだから、
 その利便性はヴァールも認めざるを得ない。
 だが、それが普及してしまえば、魔術士なら誰でも簡単に貴重な戦力になれてしまう。
 努力も然程必要なく。
 その状況が定着すれば、より高度な魔術を学ぼうとする人間も、より複雑な魔術を
 生み出そうとする人間は確実に減るだろう。
 現状に満足し、発展を必要としない分野になるだろう。
 そういう推測が成り立つ。 
 その成否は、フェイルには判断出来ない。
 一瞬、その脳裏にファルシオンの顔が浮かんだ。
 彼女なら何と言う?
 どんな感想を抱く?
「そんな事はない。オートルーリングによって魔術士の世界における立場が向上した事に比例して、
 魔術の重要性も上がる。そうなれば研究費も潤沢になり、より高度な魔術への挑戦も可能になる」
「……あの女ならそう言う、とでも言いたいのか?」
「よくわかったね」
 苛立たしげに、けれども何処か満足げにヴァールはフェイルを横目で睨む。
 その頬に赤みは差していない。
 酒に酔っている訳ではない。
 けれども、ヴァールは酔っていた。
「下らない理想論だ。人間は危機感があって初めて飛躍を望む。雨の降らない空を誰が見上げる?」
 己を語る事の許されるこの時間に。
 魔術を語る事を許されるこの時間に――――酔っていた。
「それはお前もわかっているだろう、フェイル=ノート」
「……僕が? 魔術士でもないのに?」
「魔術が台頭するまで、唯一遠距離用の武器として機能していた弓矢。
 その間に弓矢は発展を見せたのか?」
「……」
 見せていない――――と断言出来るほど、フェイルは大人にはなりきれなかった。
 だが、その途方もない歴史の中にあって、弓矢という武器が一定の完成形を持った事は確か。
 矢に毒を塗り、それをより撃ちやすい弓で撃つ。
 それが理想。
 フェイルの育ての親の弓職人も、そう言っていた。
 だからこそ、重心の位置が完璧に中央となる弓を目指した。
 しかし――――
「なのに、魔術士が世界中に普及した途端、弓矢は別の方向に発展する」
「……十字弓の事だね」
 十字弓。
 台座を取り付け、あらかじめ弦を引いた状態にして、引き金を引くことで矢を放つ武器の総称。
 通常の弓とは違い、弦を引き絞る力は必要なく、素人や子供でも扱える弓として開発が進められている。
 だが、その出力は弱く、また矢をセットするまでに時間が掛かるという欠点もある。
 それでも、従来の弓矢の欠点を補う一つの回答ではあった。
 そして同時に、魔術と正反対の性質を持つという意味で、弓矢の存在証明としても注目を集めていた。
 魔術と弓矢は共存し得るのでは、と。
 だが――――
「『あんな物は弓じゃない。十字弓が普及するようなら、弓矢の時代は終わりだ』。
 僕の"親"はそう言ってたよ」
 フェイルは一度として、十字弓を手に取ろうとはしなかった。
 手に取る理由がなかった。
「お前自身はそう思わないのか?」
「思うよ。だから僕は、弓を使っての接近戦を試みた。十字弓とは違う形で、
 従来の弓が生き残る方法を模索したんだ」
 弓と十字弓では、必要とする技術がまるで違う。
 製造技術も、使用する技術も。
 だからこそ、弓職人は『あれは弓じゃない』と言ったのだろうとフェイルは解釈していた。
 全く違う物を"弓"と呼んでまで生き長らえる事に、果たして意味があるのか。
 自分が今まで学んできた事、身につけてきた技術を全否定されてまで生き残る事に、
 矜持などない――――と。
「なら、私の憤りは理解出来るだろう。理解出来ないとは言わせない」
「……そうだね。その通りだ」
 似ている。
 確かに似ている、いやそっくりだ――――フェイルもまた、そう思わずにはいられなかった。
 生存競争に敗れ去った技術をなんとしてでも延命しようと足掻く、その諦めの悪さ。
 逆恨みせざるを得ないほど追い詰められた、その余裕のなさ。
 本当にそっくりだ、と。
 だが一つ、違う点がある。
「でも……君と僕は違う。大きく違う事が一つある」
 それを指摘すべく、フェイルは目に力を込めてヴァールの方へ顔を向けた。







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