デストリュクシオン――――そう呼ばれる大剣は、エチェベリアの武器市場には
 一切出回っていない。
 いや、エチェベリアだけでなく、世界の何処にもこの武器と同じ物は存在しない。
 バルムンクが特注で作らせた、世界で一振りだけの剣。
 それ故に、他の誰かが偶然同じ武器を持っていたという理屈は通らない。
「……間違いねーよ。バルムンクのオッサンの剣だ」
 それでもフェイルが思わず口走ろうとした事をキッパリと否定し、ハルは
 その剣の腹を最寄りの柱にコツンと押し当てた。
「それなりに年季の入った得物だけどよ、コイツが刃こぼれするなんて
 信じられねーよ。まして、あのオッサンの腕だ。まず考えられねー」
 ハルのその意見に、フェイルも全面的に同意せざるを得なかった。
 何故なら、刃こぼれがある時点で、バルムンクはある程度の自由が利く状態で
 何者かと戦ったと強く推察されるからだ。
 そして、この場に彼はいない。
 武器だけが置き去りにされている。
 それが何を意味するのか、想像は決して難しくない。
 バルムンクは――――負けた。
 そしてアルマ共々何処かへ連行された。
 熊に匹敵するほどの肉体を誇るバルムンクを担いで薄闇の中を移動するなど、
 個人では到底出来るものではない。
「少なくとも、計画的な『誘拐』なのは間違いなさそうだ」
 ハルの言葉に、フェイルも小さく頷いた。
 ただ、それ自体は特に驚くべき事ではない。
 問題は、バルムンクの剣に致命的とも言えるダメージを与えるだけの
 腕の持ち主がその中にいる、という点。
 当然、そのレベルの使い手はエチェベリア全土を見渡しても限られる。
「一体、誰の仕業なのか……」
 そう呟きつつ、フェイルにはその心当たりがあった。
 エチェベリア随一、いや――――世界でも最高峰の剣士に。
「トリシュ的には、それが出来る人に心当たりありますけど」
「奇遇だな。俺もだ」
 そして、トリシュとハルもまた、各々の中でその人物像を探り当てていた。
 尤も、回答が一致するとは限らないが。
「……」
 しかし、フェイルはその答え合わせが出来るような精神状態にはなかった。
 バルムンクが遅れを取った。
 つまり、アルマを守れなかった。
 アルマが今、どういう状況にあるのか――――それを考えると、正気を保つのが
 困難なほどに激しい後悔が押し寄せてくる。
 もし、アルマをバルムンクに任せず、自分の元にいるよう指示していれば。
 もし、ヴァールとの戦闘を優先せず、ハル達よりも前にアルマの後を追っていれば。
 そんな無意味な仮定ばかりが頭の中を汚していく。
 全く意味のない後悔だ。
 一時間前に戻ったとしても、先程と全く同じ選択をすると確信出来るくらいに
 誤りはなかったと認識しているのだから。
 けれど、結果が伴わなかった。
 フェイルはその事に、大きな落胆と慙愧の念を覚えていた。
「おい、フェイルよ。気持ちはわかるが、俺達は何もミスっちゃいねー。
 少なくともあの場にいた中で一番強え奴が護衛してたんだ。それに、
 襲撃された場所に居残るってのも選択肢としちゃあり得ねー」
「……わかってる」
 直ぐにでも動き始めなければならない事も。
 アルマが何者かに攫われた。
 その可能性が極めて高いのは明白だ。
 ただ、それはまだ希望的観測で、実際にはこの近くに彼女の死体が
 横たわっている可能性すらある。

『いざとなれば始末する事に躊躇はないと思っておけ』

 もし、あのデュランダルの言葉が真実で、アルマを狙ったのがマロウ=フローライト
 もしくは彼女の仲間だとしたら。
 フェイルは思わず、右目を塞ぎ梟の目で周囲を見渡す。
 昼間と同じ明度の景色に、アルマやバルムンクの姿はない。
 柱の陰に隠れている可能性もあるが。
「悲観的な事ばかり考えていると、ハゲますよ」
 夜目が利くのか、或いは雰囲気で察したのか、トリシュがそんなフェイルのネガティブな
 思考を彼女なりの言葉で叱咤し始めた。
「あの可愛いお嬢さんを殺害するのが目的なら、他に幾らでもやりようが
 あったように思うんです。トリシュ、頭がいいからわかるんです」
「……だとよ。俺も同意見だ」
 親指でトリシュを指しつつ、ハルが微笑む。
 それは決して状況を軽く見ている訳ではない。
 微笑ませているのは、他ならぬ自分――――フェイルはそう自覚し、思い切り目を瞑った。
「――――っ!」
 そして、傍にそびえる柱を右手に握っていた弓で強く叩く。
 返ってくる衝撃には耐えられず、右腕は痺れてしまった。
 それだけで切り替えられるほど、人間の精神は単純ではない。
 ただ、痺れた腕が元に戻る頃には、フェイルの表情は幾分柔らかくなっていた。
「……ゴメン。冷静さを欠いているみたい」
「それを自覚出来るって事は、大分マシになった証拠だ」
「うん。ありがとう、ハル。それにトリシュさん」
「んえ? 何がですか?」
 惚けている様子ではない。
 特にフェイルを落ち着かせようという意図はなかったようだ。
「……ま、いいか」
 それがきっかけになり、フェイルはようやく完全に落ち着いたのだから、皮肉なものだった。
「ハル。一〇分貸して。この辺りを探してみたいんだ。一応」
「おう。それくらいならいいぜ。トリシュ、誰かいないか探して来い! お前そういうの得意だったろ?」
「たかが一兵卒に命令されるのは不本意ですけど、確かに得意なので探してきますへやぁ!」
 意味不明な掛け声と共に、トリシュが駆け出す。

 ――――だが、結局アルマもバルムンクも見つからず、三人はファルシオン達と再度合流すべく
 来た道を引き返した。

 


「……そうでしたか。残念ですが、捕らえられたと見るべきでしょう」
「アルマさん……無事だといいけど」
 合流後、その一部始終をファルシオンとフランベルジュへ話し終えたフェイルは、
 二人の反応にそれぞれ違う意味での同意を示すべく、異なる深さで二度頷く。
 既にある程度の覚悟はしていたらしく、フェイルのように取り乱した様子はない。
 当然、情が薄いとか、アルマへの関心が低いとか、そういった次元の話でもない。
 全てを飲み込んだ上での反応だと、フェイルは理解していた。
「とにかく、アルマさんの安否を確認しなきゃいけない。誰が彼女を攫ったのか、
 その実行犯と黒幕の両方を確定させる必要がある」
「それにはまず、あの男……バルムンクを倒せそうな人物を特定するべきですね。
 恐らく何人もいないでしょうから、絞りやすい筈です」
「うん。僕もそう思う」
 フェイルは頷きつつ、ファルシオンとこうして意見交換しているだけで
 随分と気が楽になっている事を自覚した。
 焦りは消えない。
 でも、焦っても仕方がないと割り切れるまでの精神状態には戻っていた。
「その前によ、この女はどーすんだ? 正直、色々話聞いてみたいんだが」
 柱に括られ、無表情のままでいるヴァールを指差し、ハルがそう問いかけてくる。
「彼女、何か話してくれた?」
「いえ。力及ばず、です」
「っていうか、無理よアレ。なんか肝の据わり方が違うって感じ」
 情報を得る事は出来なかったらしく、ファルシオンとフランベルジュは力なく肩を落とす。
 ただそれは、フェイルも、或いは実際に会話を試みた二人も半ば想定していた事。
 捕らえられたからといって、ペラペラと話すような人物ではないのは明らかだ。
「……」
 ただ、この女性が今回のアルマ襲撃の実行犯の一人である以上、
 その存在を無視する訳にはいかない。
 ある意味、戦闘の時以上に難敵と化したヴァールと、フェイルは正面から向き合った。
 そして――――
「お酒、飲める?」
 ヴァールを除いたその場にいる全員が、思わず耳を疑うような言葉を発した。







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