「……ふぅ」
 勝者となったファルシオンが気絶するヴァールを見下ろすその光景に、
 フェイルも安堵の息を吐く。
 だが腰を落とす事もせず、直ぐヴァールに蹴られた矢を拾いに向かった。
 ヴァールは常に、この矢を過度に警戒していた。
 そう仕向けたのは、他ならぬフェイル。
『切り札』と言わんばかりに、この矢を最後の一本に残した。
 敢えてそうする仕草をヴァールに見せていた。
 ヴァールが矢筒を何度も確認していたからだ。
 そして、フェイルの職業をヴァールが知っている事も理由の一つ。
 ヴァールは、毒矢を恐れていた。
 薬草士は毒も扱う。
 ならその矢に毒が塗られている可能性は高い――――戦闘経験に長けた者であれば
 そう判断する。
 実際、ヴァールは常に警戒していたし、それを裏付ける宣告もしていた。
 最後の一矢は毒矢。
 そう確信させた事で、ヴァールに余分な思考と行動を強いる事に成功した。
 実際には、毒など塗っていないのだが。
 尤も、そんな策略を練っても、やられる時はやられる。
 事実、体当たりを試みた際、もしあの回転する剣が飛んでこなければ
 ファルシオンは赤い光に狙い撃ちされていただろう。
「フラン、助かっ……」
 矢を拾ったのち、フェイルはその剣を拾い、フランベルジュへ返そうと
 声をかけたところで、思わず立ち止まった。
 フランベルジュの剣ではない。
 状況的に、それ以外は考えられない筈なのだが――――
「え? どうしたの?」
「いや……フラン、戦闘中に僕の方へ剣を投げつけなかった?」
「何? 私が貴方を殺そうとしたって言いたいの?」
 結果、ジト目で訝しがられた。
「何かあったんですか?」
 ずっとヴァールから目を逸らさずにいたファルシオンも近付いて来た為、
 フェイルは先程自分を救ったその剣を掲げてみせた。
「どうやら、敵ばかりじゃないみたいだ」
「誰かが私達を援護した……?」
 流石に察しのいいファルシオンに、フェイルは大きく一つ頷く。
 ただ、剣の投擲が援護を前提とした行動である筈もない。
 もし何処ぞの剣士が援護をしようとするなら、自ら参戦するのが道理。
 仮に不意打ち目的で剣を投げたのなら、決着がついた今、堂々と名乗り出てくればいい。
 例えば、何らかの理由でハルが引き返してきた――――といった場合は、
 嬉々として自分の手柄を誇る事だろう。
 しかし、そういった気配は全くない。
 姿を隠して援護する事自体は、無数の柱がそびえるこのメトロノームにおいては
 どんな角度であろうと可能なのだが、動機が見えてこない。
「……敵ならともかく、敵の敵なら気にしても仕方ないんじゃない?
 味方とも限らないし」
「確かに、そうかもしれない」
 楽観視とも取られかねないフランベルジュの発言だったが、フェイルは即同意した。
 単にヴァールの敵が彼女を始末する好機を狙っただけかもしれない。
 短剣などではなく、明らかに投擲には向いていない剣という武器だった点は引っかかるが――――
「今はあれこれ考えるより行動だ。彼女……ヴァール=トイズトイズの魔具を外して束縛。
 直ぐにアルマさん達を追おう」
「束縛……ですか。ロープはどうします?」
「アルマさんの家にあるかもしれない。外壁は大分壊されたけど、家の中は探せると思う」
 生活必需品、とまでは言えないが、鍋を吊るしたり物資の牽引に使用したりと、ロープは
 用途が多種にわたる為、大抵の家庭に置いてある。
 幸い、アルマ邸も例外ではないらしく、直ぐに見つかった。
 そして、その作業の最中、もう一つ。
「これは……アルマさんの魔具ですね?」
「うん。緊急避難だったから、持って行けなかったんだ」
 この地下街に朝と夜を作り出す時に使っている、やたら長い杖。
 オートルーリング用の魔具だ。
 それ以外にもアルマは手動ルーリング用の指輪型魔具を身につけているので
 魔術自体は使える筈だが、この杖がなければオートルーリングは使用出来ない。
 或いは――――
「彼女は、この杖を狙っていた可能性もありますね」
「うん。理由は知らないけど、とにかくオートルーリングって技術に執着してるみたいだし」
 フェイルがロープを、ファルシオンが杖を手にアルマ邸から戻ってくる中――――
「案外、アンタの大好きなアウロス=エルガーデンに怨みでもあるんじゃないの?」
 気絶中のヴァールの傍で立っていたフランベルジュが、二人の会話に介入する。
 当然、ファルシオンは急激に機嫌を悪くした。
「何を馬鹿げた事を言っているんですか。魔術士の身で、彼に怨みを持つ者なんていません」
「アンタにとっては神様みたいな人なんだろうけど、この女にとっては違うかもしれないじゃない。
 オートルーリングへの憎しみなんじゃなくて、オートルーリングの生みの親への
 憎しみかもしれないでしょ?」
 やけに今日のフランベルジュは冴えている。
 フェイルがそう感じた刹那、ヴァールの右手がピクリと動いた。
「……殺せ」
 そして、意識が戻ると同時に、力なき声でそう呟く。
 既に目は覚めていたのだろう。
 自分の現在の立場を把握している事から、そう解釈出来る。
 フェイルの目が、瞬時に戦闘時の険しさに戻った。
「生憎、君には聞きたい事が山ほどある。殺すメリットはこっちにはない」
「ちょ、ちょっと」
 冷徹な宣告をするフェイルに対し、フランベルジュは驚いた顔で詰め寄ろうとする。
 だがファルシオンがその左手を掴み、制した。
「…………フェイル=ノートか……貴様は……私と同じだ」
 地面に横たわり、真上を眺めたまま、ヴァールは言葉を紡ぎ続ける。
 頭部へのダメージとはいえ、【氷塊】は決して高い威力の魔術ではなく、
 命に別状はないが、激痛と気分の悪さは如何ともし難い。
 まだその声は弱々しく、途切れ途切れの物言いにならざるを得ない。
 本来なら、言葉など発する気にはなれない筈だが、それでもヴァールは紡ぎ続けた。
「旧時代の……技術にすがる……愚者」
「!」
 そして、その発言にフェイルは取り憑かれた。
 無視出来る筈がない。
 今、まさにその手にしている弓こそが、彼女の言う『旧時代の技術』そのものなのだから。
「弓矢……そして手動によるルーリング……いずれも過去の技術……多くの人間がそう揶揄する」
「……」
「いずれは……弓も自動で矢を放つよう……改良されるかも……しれない」
 ヴァールの言葉一つ一つに、フェイルは飲み込まれていた。
 つい今倒したばかりの、この女性が――――自分と同じ事を考えていた。
 その事実そのものに、戦慄すら覚えていた。
「どうして、君は――――」

 君は、旧時代の技術を頑なに守ろうとしている?

 本来、聞き返すべきではない。
 今ここで問うべき事ではない。
 他に聞くべき話は沢山あり、時間もない。
 それでも思わず、フェイルは聞き返そうとしていた。
 虚ろな目で。
 今寝ているこの女性こそが、自分の唯一の理解者であり、自分の生きた道を正しいと
 言ってくれるたった一人の存在なのではないかと、そう思いそうになる。
「フェイルさん!」
 ――――その直前、フェイルは声を止めた。
 ファルシオンの叫び声よりも一瞬だけ、早く。
 自力で止められたのは救いだった。
「……うん。今はそんな事聞いてる時間はないよね。悪いけど、君を拘束させて貰う」
 フェイルは自身の思いを振り切るように、手にしていたロープを強く握りしめた。







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